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第35話 追放参謀は因縁の宿敵と再会したようです

「方位一八〇にて敵艦隊出現、距離八宙里!」

 《北溟》の艦橋に、鋭い報告の声が響く。それを聞いた善哉は無言で目をつぶり、電子タバコをゆっくりと吸引してから口を開いた。


「……やっと来たか。遅かったじゃないか」


 その声は、不意の奇襲を受けたとは思えないほど落ち着き払っていた。いや、本当にこれは不意の奇襲ではなかったのだ。彼はとっくの昔に、背後から敵が忍び寄ってきていることに気付いていたのである。


「先手を打って配置しておいた偵察機が役に立ちましたね。流石の御慧眼です」


 すこしばかり興奮した様子のミゾレが、ぐっと拳を握りながら善哉を賞賛する。彼はこうした事態を予測し、事前に後方宙域に偵察部隊を展開していたのだった。それも、しっかりとした擬装を施した上での話だ。

当然ながら、アティブ・ステルスはアテナだけの専売特許ではない。同様の装備は同盟側の艦艇やストライカーにも装備されている。姿を隠した偵察機は相手に気付かれることなくアテナ艦隊が接近してきたことを探知し、司令部へと通報している。おそらく、敵側は自らの奇襲が完璧に決まったと勘違いしていることだろう。


「策士策に溺れるってな。……とはいえ、足場固めをしないことには戦うに戦えん。主砲斉射でコバエどもを追い払え!」


 現在、クスノキ艦隊の周辺には要塞から出撃してきたストライカーやミサイル艇といった小型の敵が群がっていた。どうやら彼女らは足止めを企図しているらしく、さかんに一撃離脱攻撃を仕掛けてきている。

 こんな小物を相手にしていたら、敵の主力への対処が遅れてしまう。そう判断した善哉の命令により、クスノキ艦隊に属する戦艦と大型装甲巡が同時に主砲を斉射した。光の奔流がウンカの群れのような敵部隊に殺到し、いくつもの小爆発が漆黒の宇宙を彩る。


「いまだ、防空艦部隊突撃せよ!」


 砲撃で空いた穴に向け、駆逐艦や防空巡といった小型艦の集団が殺到する。ストライカーやミサイル艇などの相手は、大型艦よりもこうした小回りの利く艦種のほうが向いているのだ。彼女らは速射向きの小口径砲を撃ちまくり、次々と敵機を撃墜していく。

 もちろん、善哉はそんな状況を指をくわえて観戦していたわけではなかった。周囲の“お邪魔虫”が蹴散らされた隙を見計らい、戦艦をはじめとした主力艦隊の陣形を防御的な球形陣から機動性と攻撃力を両立した複縦陣へと切り替える。


「対応が早い!」


 それを見ていたソフィーは、それまでの瀟洒さを投げ捨て快哉を叫んでいた。この調子であれば、善哉の能力は鈍っていまい。それでこそわたしの愛しいひと。彼女は肉食獣めいた笑みを浮かべつつ、陶然とそう呟いた。


「ダンスのお誘いは戦艦砲でやりたいけれど、そんな酔狂をしていたら負けちゃいそうね。第一撃は、ストライカー隊に任せましょう。うふ、風情のない女でごめんなさいね? ……出撃済みのストライカー隊は、全機敵艦隊に突入せよ! 予備隊も今すぐ出しなさい、善哉は出し惜しみをして勝てる相手ではなくってよ!」


 アテナ艦隊の直掩に当たっていたストライカー群が、いくつもの矢じり型隊形を組み進発する。その矛先は、もちろんクスノキ艦隊に向けられていた。


「敵ストライカー群接近! こちらの直掩の倍近い数です!」


「もうすぐ砲戦距離だってのに、ストライカーを飛ばしてくるだと」


 オペレーターの悲痛な声を受け、善哉の眉が跳ね上がる。中型以上の軍艦同士の砲戦が予想される状況では、ストライカーやミサイル艇などの小型兵器はいったん退避させるのがセオリーだった。もちろん、誤射を避けるためだ。まして、今回は敵にも味方にも戦艦が居る。その主砲斉射に巻き込まれれば、ストライカーなどあっという間にダース単位で消し飛んでしまうだろう。


「……いやな予感がするな。索敵班、敵艦の型はわかるか?」


 善哉はちらりと対空監視オペレーターに目をやった。


「不明です。光学観測、熱紋観測を行っていますが、わが軍のデータベースには一致するものがないようです」


 その報告に、彼の悪い予感はさらに増大した。パイプをひと吹かししてから、善哉は言葉をつづけた。


「この距離なら。なんとか目視確認できるだろ。敵旗艦級を最大望遠でメイン・スクリーンに表示してくれ」


「はっ!」


 即座にオペレーターは命令を実行した。艦橋の正面に据え付けられた大型スクリーンに、いささか解像度の悪い映像が表示される。それが戦艦らしいというのはなんとかわかるのだが、ボヤけているせいでどうにも判別が付きづらかった。だが、目をこらしてみるとなんとかその主砲が四連装式であることは見て取れた。


「コイツは……」


 善哉の顔に苦渋と憎悪、そして歓喜の入り混じった表情が浮かぶ。彼にはこの戦艦に見覚えがあった。


「……《ラ・ピュセル級高速戦艦》だッ! ハハッ、見たことのある手管だと思ったが……やはり貴様らか! アテナ艦隊ッ!」


「アテナ艦隊」


 善哉の言葉を、ミゾレがオウム返しした。その隣では、藤波がダース単位の苦虫をかみつぶしたような顔で首を左右に振っている。


「聞いたことがあります。地球企業の私兵集団ですね?」


「書類上は一応地球軍所属ッスけどね。ま、実態は私兵という認識で間違いないッス」


 そう説明してから、藤波は大きな大きなため息をついた。彼女としては、アテナ・インダストリの名前など二度と聞きたくもなかったのだ。それがまさか、こんな銀河の反対側で再びあの連中に関わることになるとは……


「なるほど、運命的ですね」


 一方、ミゾレのほうは珍しく微笑みを浮かべていた。彼女の笑顔を初めて見た善哉は、少しばかり驚いて彼女の目を見返す。


「因縁のある相手が、わざわざ自分からやってくるとは。此度のいくさで受けた御恩を返す良い機会です。我らクスノキ家家臣団が、復仇戦のお手伝いをいたしましょう。どうぞ存分にご命令を」

 ミゾレの言葉に、ヴルド人のブリッジ・クルーらが一斉に同意の声を上げた。彼女らも、如月運送一同がアテナ閥の策略によって地球軍を追いだされた経緯は知っている。そして、ヴルド人という種族は信頼できる戦友の為ならば自らの命を賭けることも厭わない人々だった。骨の髄まで戦士の種族なのである。


「ふん……」


 善哉は目を伏せ、電子タバコを吸った。そして大きく息を吐き、前を見据える。


「ここまで言われてイモを引いたら男がすたる。その厚意、有難く受け取らせてもらおう」


 そう言って彼は、こちらに接近する敵ストライカー群を指さした。


「敵の司令官は、おそらくアテナCEOの御令嬢ソフィー・ドゥ・フォンティーヌ。こいつは味方の命などなんとも思っていない危険な女だ。ヤツが余計なことをしでかす前に、少しでも敵の数を削れ! 射程に入り次第、全力で対空射撃を開始せよ!」


 誤射上等と見える敵軍の采配には見覚えがあった。善哉の脳裏に、一輪の白薔薇のような麗しき少女の顔が浮かぶ。あのド腐れめ、またおれの前に現れやがった。そんなことを内心で呟きつつ、彼は歯ぎしりした。善哉とソフィーは、士官学校の同期だった。

士官学校において、善哉は主席で卒業できるだけの成績を上げていた。しかし政治力を持ってその栄光を横からかっさらっていったのが、このソフィーなのである。シリウス事件が起きる遥か前から、彼と彼女の間には深い因縁があったのだ。自然と、善哉の手に力が籠る。


「ストライカー群オスカー、距離三〇万、方位〇度。仰角二〇度。主砲打ちぃ方はじめ!」


 砲術長金田の気迫のこもった声と共に、《北溟》の主砲が咆哮した。ほぼ同時に、他の戦艦も発砲を開始する。極太の光条がアテナ艦隊のストライカー部隊に殺到した。撃墜のものと思える閃光が数度瞬くのとほぼ同時に、ストライカーたちはパッと回避機動を取り始める。


「おそらく、ストライカー隊の役割はあくまでこちらへの嫌がらせだ。本命はおそらく戦艦だから、あまり目を奪われすぎるなよ」


 アテナ艦隊は広く展開した艦載機を前に押し出す一方、本隊もまた全速力でこちらに向かっている。敵の本命はおそらく艦隊決戦だ。


「ただし、アテナ艦隊に配備されているストライカーはアテナ・インダストリ製の最新機種だ。こっちの《甲鉄》じゃいささか分が悪い。クスノキ様もまだお戻りになられていないことだし、力押しで対抗するのは少々危険だ。慎重に行動するよう、直掩に伝えろ」


 アケカは今、アンドウ分艦隊の救援のため要塞の裏側で戦っている。連絡機を寄越してこちらの状況は逐一アケカに伝えているが、敵の抵抗が収まっていない以上今すぐ撤収というわけにはいかないだろう。

ひとまずは手持ちの戦力でなんとかせねばならないが、救援部隊として艦やストライカーを抽出してしまったため本隊の戦力は随分と目減りしている。今の状態では防戦がせいぜいだな。善哉は内心そう考えていた。本格的な反撃は、アケカ隊やアンドウ分艦隊と合流してからになるだろう。


「敵は戦力を分散しているわ。今のうちに仕留めなさい!」


 もちろん、そんな事情はソフィーも承知している。彼女の檄を背中に受け、アテナのストライカー隊はぐいぐいと加速した。クスノキ艦隊は迎撃の火箭を張るが、アテナ機のパイロットは巧みな機体捌きでそれを回避していく。


「給料分は働けよ、貴様らッ!」


 隊長機がサーベルを振り回しつつそう叫んだ。彼女も、そしてその部下たちも皆ヴルド人だ。地球人とヴルド人ではパイロット適性が違いすぎる。そのため、アテナ艦隊ではストライカーの操縦士にはヴルド人傭兵を当てているのだった。

 昆虫めいた複眼を持つ重厚な機体が、クスノキ艦隊の両脇から襲撃を仕掛けた。この機体こそ、アテナ・インダストリの誇る最新鋭量産型重ストライカー、《タンペット》である。分厚い装甲で全身を鎧ったいかにも鈍重な機体に見えるが、その動きは意外と俊敏だ。


「上様の留守をお守りするのが我らの使命ぞ! 一機たりとも通してはならん!」


 それに相対するのが、クスノキ艦隊を守る直掩の《甲鉄》隊だ。艦からの対空ビームが宇宙を照らす中、両者は全力で激突した。


「所詮は旧式だ、蹴散らせ!」


 最初に仕掛けたのは《タンペット》の方だった。標準型のものより一回り大口径のブラスターライフルが吠え、《甲鉄》隊に殺到する。しかし、機体は古くともその中身は幾度もの実戦を乗り越えてきた古強者たちだ。軽々とした動きでその射撃を回避し、反撃に移る。


「相手は重装甲、高推力の典型的な強襲型だ。真正面から当たらず、連携で打ち破れ!」


 ライフルで応射しつつ、《甲鉄》は突撃を仕掛けた。もちろん《タンペット》は迎撃の火箭を飛ばすが、相手が相手だけに容易には捉えられない。数十秒の射撃戦ののち、両者の距離は白兵が届くまでに接近していた。


「まずは一機、貰っていくッ!」


 一気の《タンペット》に向け、《甲鉄》が銃剣付きのライフルを槍のように構えて突進した。相手は別の《甲鉄》に向けてライフルを乱射している。攻撃を仕掛けるには絶好のタイミングだった。


「傭兵舐めんな、バカヤロウッ!」


 しかし、それはアテナ兵の罠だった。《タンペット》の両肩に取り付けられたガンマウントが唸りを上げて駆動し、旋回式機関砲の砲口が《甲鉄》を指向する。次の瞬間、猛烈な勢いで撃ちだされた四〇ミリ弾が同盟機の黒鉄色をした装甲をえぐった。パイロットは悲鳴を上げる暇もなく絶命し、機体は爆発四散する。


「近接防御火器だと⁉」


「気を付けろ、これまでの帝国機とは勝手が違うぞ!」


 同盟兵の間に動揺が走る。さしものベテランも、初めて見る攻撃には対応できない。帝国製のストライカーとはまったく異なる設計思想で作られた《タンペット》は、老練の同盟兵からしても油断のならぬ強敵だったのだ。


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