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第33話 追放参謀は一息つくようです

 ノルトライン要塞に対する揚陸作戦の第一段階は、成功裏に終わった。艦砲射撃の支援を受けつつ進撃した同盟戦車隊は、敵戦車部隊を封殺。その隙に、兵員輸送車から降車した陸戦隊員らが地下施設へのゲートを制圧する……。要塞攻略における教科書通りの流れだ。

 とはいっても、あくまで成功したのは第一段階。同盟軍はまだ、要塞の一角に橋頭保を築いたに過ぎないのだ。その地下にはファンタジー・ゲームのダンジョンめいた地下施設がアリの巣のように張り巡らされ、中枢部を守っている。これを突破しないことには、要塞を制圧することはできない。時間と物資ばかりを浪費したあげく、弱ったところを敵増援に叩かれ殲滅されるというのは、要塞攻略戦のよくある失敗パターンなのだった。


「急げ急げ、第七ゲートで敵が押し返し始めてるってよ! 今すぐ増援に来いって、ダイリキのお袋がキレてやがる」


「地表ブロックCに擬装ハッチだ! 一〇八中隊が奇襲を受けてる、一一〇は早く火消しに行け!」


「おい、ダンジョン・アタック第二陣の名簿に第三連隊が居ないぞ、どうなってやがる⁉」


「第三連隊なら、軍師殿からの特命で地上砲台の制圧に走り回ってたぞ。アタックは第三抜きでやれってさ」


「何考えてんだ軍師殿は⁉ 今の重心は地下施設でしょうが、地上設備なんか放置しておけばいいものを……」


 荒涼としたノルトラインの地表を、戦車や装甲車、それに装甲服で身を固めた陸戦隊員などが忙しげに右往左往している。。無線の方も発言の大洪水で、目当ての言葉を聞きだすだけでも難儀するような始末だった。

 もちろん、忙しいのは地上部隊だけではない。艦隊やストライカー隊もまた、己の仕事を果たしている。交戦開始からすでに数時間が立っており、さしものアンドウ提督も徐々に形勢が降りになりつつある。もちろん善哉には陽動部隊を見捨てる気などさらさらなかったから、救援部隊を編成して増援に出す必要があった。

 とはいえ、まさか全戦力を持ってアンドウ提督を救援しに行くわけにもいかない。艦隊の第一の仕事は、地上の橋頭保を護衛することなのだ。下手に過大な戦力を救援に寄越せば、それを好機と見た敵の逆襲を招きかねない。必要な増援の数を見極め、バランスの良い戦力配分をせねばならなかった。


「アンドウ提督は、この戦いにおける最大の功労者の一人です。彼女の労に報いるためにも、それなりの対応が必要でしょう」


 会議の席で、善哉は電子タバコをふかしつつそう言った。むろん、本隊から戦力を抽出しすぎるのは危険だ。しかし、善哉としては間違ってもアンドウ提督を失うようなことは避けたかった。彼女が有能な指揮官であることは戦歴からも今回の戦いぶりでも明らかであり、その手腕は今後の戦いにおいても絶対に必要とされるものだ。劣勢の戦いの中では、有能な見方ほど得難いものはないのである。

 会議室に居並ぶクスノキ家の家臣団たちは、いささかほっとした様子で善哉の言葉に同意した。一同は、彼が戦力をケチるようであれば、その尻を蹴飛ばしてでも増援を出させようと考えていたのである。


「つきましては、救援部隊の指揮はクスノキ様にお願いしたく存じます。お疲れのところ、たいへん申し訳ありませんが……」


 うかがうような目つきで、善哉はアケカの方を見る。彼女は先ほど《北溟》に戻って来たばかりで、まだパイロット・スーツも脱いでいなかった。当然ながらシャワーも浴びていないので、その麗しい朱色の髪は汗でぐっしょりと濡れている。


「上様はお疲れです。流石に、これ以上のご負担をおかけするというのはいかがなものかと」


 片方の眉を跳ね上げながら、ミゾレが反論した。彼女の言う事にも一理がある。見ての通り、アケカはほんの先ほどまで前線で自ら刀を振るっていたのだ。むろん時折《北溟》に戻ってくることもあったが、それはあくまで弾薬や刀剣、推進剤の補給の為だ。補給作業の間の僅かな時間だけでは、とても休息などできるものではない。


「いや、構わぬ。功臣に報いるは君の義務である。たしかに少しばかりくたびれたのは事実だが、だからと言って義務を疎かにするわけにはいかぬだろう」


 そう語るアケカの顔には流石に疲労の色がにじんでいたが、その目には強い意志の光が宿っていた。流石はアケカ、と善哉はほっと溜息をつく。彼はこの戦いが始まって以降、アケカに感服しきりだった。


「なに、体力には自陣があるのでは。ゼンザイどのも、ミゾレも、安心するがいい」


 豊満な胸をドンと叩いて宣言したあと、アケカはそのまま立ち上がって会議室を出て行ってしまった。善は急げ、それが彼女のモットーなのである。

 それから二十分後。アンドウ提督を救援すべく、増援部隊が進発した。大型装甲巡洋艦六隻、ストライカー二百機を主力とする部隊だ。敵の主力が装甲砲艦であることを思えば、本来であれば戦艦を出したい盤面であった。だが、戦艦を動かせば間違いなく敵の逆襲を誘発する。それを抑止するためには、動かせる艦の上限は大型装甲巡洋艦までだった。

 とはいえ、アンドウ提督が苦戦していることからもわかるように、大型装甲巡洋艦のみで装甲砲艦に勝利するのは難しい。このギャップを埋めるため、善哉は無理を押してアケカに出撃を頼んだのだった。


「さて、敵さんはどう出てくるか……」


 指揮艦橋に戻ってきた善哉は、艦隊から離れていく増援部隊を見送りつつそう呟いた。戦況は安定しているが、油断はできない。ここからいかに敵の反撃を封じつつこちらの攻撃を押し込むのかが、指揮官の腕の見せどころなのだ。


「上様がいささか心配ですね。あのお方は、少しばかり無理をし過ぎるきらいがあります。本来であれば、そういう部分は下の者が気を付けて上様に負担がかかり過ぎぬよう差配しているのですが……」


 隣のミゾレが、いささか恨みがましい目つきで彼を見ながら言った。どうやら、善哉の采配が不満らしい。しかし、その非難の視線はすべて彼の鉄面皮によってはじき返される。


「馬鹿野郎、人の心配をしてる場合か」


 善哉は電子タバコの先端で、ミゾレをピシリと指示した。


「たぶん、本当にヤバイのはおれたちの方だぜ?」


 彼の口調は、勝利を確信した指揮官のものではなかった。むしろ、大波を前にした小舟の船長のような風情がある。いったい、彼は何をそんなに警戒しているのだろうか? ミゾレは口をへの字に曲げて小首をかしげた。

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