第32話 追放参謀は要塞に突入するようです
アケカに率いられたストライカー隊の直掩を受けつつ、艦隊は砲台への攻撃を続行した。しばしの砲戦の後、残る砲台二つは完全に沈黙する。むろん帝国側も無抵抗ではなく、ストライカーによる反撃を試みはした。しかし、もちろんそのような真似はアケカが許さない。彼女は自ら十機以上の敵を叩き落し、帝国側の意図を完全に挫いてしまった。その獅子奮迅の活躍に、同盟兵の士気は最高潮に達する。
「よし、このまま要塞地表に揚陸を仕掛ける! 艦隊、針路一七〇。全速前進!」
要塞攻略のためには、砲台をいくつか潰しただけではまだまだ不足だ。要塞内部に陸戦隊を送り込み、中枢を制圧する必要がある。クスノキ艦隊は回避機動をとりつつも、着実にノルトラインへと接近していった。
「ええい、ストライカー隊も要塞砲も何をやっておるのか!」
その様子を司令部で見ていたヘルツォーク上級大将は、自分の用兵の拙さを棚に上げて憤慨した。もちろん、その隣のアイマン中将は『どの口が』と心中で吐き捨てる。しかし何はともあれ、ノルトライン要塞が窮地に陥っているのは確かだった。
視点を要塞の裏側(本来であればこちらが表側だったわけだが)に移してみれば、こちらでもまたアンドウ提督とガリル提督の激戦が続いている。戦力的には多数の装甲砲艦を擁し、衛星砲台の支援も受けられるガリル提督の駐留艦隊の方が有利だ。しかし老練なアンドウ提督は、作戦目標を勝利ではなく敗北の回避に定めていた。巧みな用兵で相手の攻撃をしのぎつつ、あくまで時間稼ぎに徹している。
ガリル提督は猪突猛進を繰り返したが、アンドウ分艦隊はそれをひらりひらりと回避する。それに業を煮やしたガリル提督は、ますます頭に血が上って攻撃が荒くなる。どうみても悪循環だ。このままでは、いつまでたってもらちが明かないだろう。
「早く駐留艦隊を下げて敵本隊にぶつけろ!」
憤懣の籠った声でヘルツォーク上級大将がそう命じる。いかに猪武者のガリル提督も、自分より三つも階級が上の相手からの命令には従わざるを得ない。不承不承に艦を退こうとするが
「そうはいかんよ」
ニヤリと笑ったアンドウ提督が、駐留艦隊が反転しようとしたタイミングを見計らって一斉射撃を仕掛けた。それに慌てた各艦がおのおの回避運動をしたため、装甲砲艦と護衛の防空巡が衝突し大惨事が生じた。巡洋艦は一瞬にして船体がくの字に折れ、しかる後に爆散。装甲砲艦の側はまだ軽傷だったが、爆発の余波を受けてセンサー類や副砲、高角砲、対空機関砲などが大きな被害を被ってしまった。
「あの野郎! ぶっ殺してやる! 反撃だ!」
とうとうブチ切れたガリル提督が反撃を命じたものだから、もはや収集を付けるのは不可能になった。何をやっているんだ、あのバカは。この時ばかりは、ヘルツォークとアイマンの心が一つになった。
「集中砲撃を心掛けろ! 砲台一つ一つを着実に潰していくんだ」
そうしている間にも、クスノキ艦隊は進撃を続けている。衛星砲台を排除した彼女らの次の標的は、要塞地表に設けられた固定砲台だ。これは固定式だけに衛星砲台よりも堅牢だが、その分照準もつけやすい。善哉は発射する弾種をビームから徹甲弾に切り替えさせてから、猛射撃を命じた。
質量弾は弾速が遅く、宇宙戦では使いづらい。現在の相対距離を考えれば、着弾まで数分もかかるのだ。そのため、要塞との砲撃戦では最初は艦隊側が不利に立たされた。四六センチ砲ビームが先鋒の大型装甲巡洋艦に直撃し、艦が炎上しはじめる。しかし、同盟側の砲弾が弾着し始めると状況は一転した。
「第十六、十八、二十七主砲塔が大破! 砲撃不能です!」
要塞司令部のオペレーターが悲鳴じみた声を上げる。この時代の“徹甲弾”とは、衛星軌道上から惑星地下の軍施設を叩くために使用される地中貫通弾だ。堅牢な要塞砲とはいえ、直撃を受ければただでは済まない。外れた弾も、要塞を鎧う小惑星の岩壁を貫き内部施設にダメージを与えた。
数分の砲撃戦ののち、小惑星の地表で大爆発が生じた。要塞砲に砲弾(ビーム弾のカートリッジも含む)を供給する弾薬庫が誘爆したのだった。砲弾の輸送経路から要塞砲自体にもダメージが入ったらしく、その周囲の砲塔が一斉に砲撃を停止死してしまう。
「よし、今だ! 強襲揚陸艦、突撃!」
善哉がそう命令すると、球形陣の中心からウミガメめいた形状の巨大艦が十隻ほど進み出た。その大きさは、旗艦である《北溟》すらも上回っている。惑星や要塞の上陸戦に用いられる強襲揚陸艦だ。
強襲揚陸艦はその素晴らしい装甲で敵の砲撃を弾き飛ばしつつ、強引に地表へ降着した。船体のあちこちに設けられた巨大ハッチが解放され、中からカニを思わせる形状の多脚兵器がワラワラと出てくる。
これは多脚戦車と呼ばれる陸戦兵器だった。その後ろには、砲塔の代わりにコンテナを背負った別種の多脚兵器の姿もある。こちらは戦車ではなく兵員輸送車であり、その背中のコンテナにはフル武装の陸戦隊員が満載されていた。
「反逆者の汚らわしい足で我が要塞が踏み荒らされるとは!」
メイン・スクリーンに表示されたその映像を見たアイマン中将は、怖気が走った様子で首を左右に振った。この腐れロートルが余計な口出しをせねば、このような事態にはならなかったものを。呆然とするヘルツォーク上級大将を憎々しげに一瞥してから、彼女は思考を切り替えた。地団駄を踏んでいたところで、状況は改善しないのである。
「我が方の戦車隊も出せ! 要塞内部に侵入される前に叩きだすんだ!」
岩肌に擬装された装甲シャッターが解放され、そこから帝国軍の多脚戦車がワラワラと現れた。その様子はまるでアリの巣から湧いて出る兵隊アリのようだ。
かくして、ノルトライン要塞の地表で戦車戦が始まった。この要塞は小惑星をくりぬいて作ったものだから、その表面は大半がデコボコした岩で覆われている。こうした環境は多脚戦車にとってはもっとも得意とするところで、岩山に隠れて敵戦車をやり過ごし、微小重力を生かした大ジャンプで相手の頭上を取り砲撃を加えるようなテクニカルな戦いが繰り広げられる。
もっとも、こうした戦法を十全に活用できるのはこの地をホームグラウンドとする帝国軍だけだった。同盟戦車のほうは、もっぱら防戦一方だ。彼女らは詳しい地理データすら持ち合わせない環境で戦っている。先手を取られるのは避けがたかった。
「地の利がない分、ややこちらが不利ですね。艦砲による支援射撃を具申いたします」
そんな献策をしてきたのはミゾレだった。実際、こうした盤面で有効なのは火力によるごり押しである。彼女の意見に理を感じた善哉は、周囲の状況をちらりと確認した。
現在、クスノキ艦隊は対地高度二千メートルの上空で旋回しつつ周辺の砲台に攻撃を加えている。揚陸艦の降着は成功したが、まだまだ予断を許さない状況だ。要塞は発射する弾種を質量弾に切り替え、揚陸艦への曲者砲撃を図っている。余計な被害が出る前に、砲台をすべて叩き潰す必要があるだろう。
「防空巡、および駆逐艦は任務を対地掃討に変更だ! それ以外のものは、砲台への射撃を続行しろ」
戦車隊の援護も、砲台の制圧も、どちらも手を抜くわけにはいかない。善哉は適材適所で任務を振り分けることにした。実際、小型巡や駆逐艦の備砲で砲台を攻撃しても、効果は限定的だ。しかし、標的が“柔らかい”兵器であれば話は別である。
「砲身が焼けるまで撃ちまくれ! 大砲の一発で味方兵一人が救えるなら御の字だぞ、弾をケチるんじゃない!」
駆逐艦の艦長の一人がそう叫ぶのとほぼ同時に、地上でうごめく帝国戦車の大群に向け砲弾とビームの雨が降り注ぎ始めた。小型艦が装備しているような大砲は口径こそ控えめなものの、その速射性は戦艦砲などとは比べ物にならない。それを生かした連続砲撃に晒され、地上は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。無骨な岩肌が、あっという間に小さなクレーターだらけの悲惨な姿へと変貌していく。
小口径砲と言っても、それは艦砲基準の話だ。直撃をくらえば、いかな戦車とはいえ一撃で破壊されてしまう。姿を晒せば即座に猛烈な砲弾の雨が降ってくるのだから、帝国戦車兵としては頭を引っ込めて嵐が過ぎ去るのを待つほかない。
「宇宙軍もやるじゃないか! いくぞ、今が攻めどきだッ!」
同盟戦車隊はその隙に行動を再開した。敵戦車が岩陰に釘付けになっている間に巧みに戦線を迂回、相手の側面を突きもう砲撃を加える。さらに、それらの前線部隊から送られてきた情報をもとに、艦隊は修正射撃を敢行した。帝国戦車の逃げ場所がどんどんと減っていく。
「いかん、戦車隊が⁉ ストライカー隊は何をしておる! 早く援護せんか!」
ヘルツォーク上級大将が口から泡を飛ばして叫んだが、待てど暮らせど地上部隊に支援が届くことはなかった。アケカ率いるストライカー隊が、敵の動きを完全に抑え込んでいたからだ。
「敵機は一機たりとも地上に近づけさせるな! ゼンザイ殿の邪魔をさせてはならん!」
アケカの檄に、同盟兵一同が「応ッ!」と返す。彼女らの士気は相変わらず最高潮を維持していた。その理由はもちろん、アケカの鬼神のごとき戦いぶりのおかげだ。彼女の乗機《天羽々斬》は全身がオイルでずぶ濡れになっており、これまでの戦いが尋常ではないものであったことを示している。もちろんこれは《天羽々斬》から漏れたものではなく、敵機から受けた“返り血”だった。アケカは既に、二十機以上の《ジェッタⅡ》を切り捨てているのだ。
総大将自らの鬼神のごとき戦いぶりと、それに呼応した同盟兵の奮戦により、帝国軍ストライカー隊はすっかり劣勢に追い込まれている。一般兵はすっかり逃げ腰になっておるし、士官は兵の逃亡を阻止するので精一杯。とてもではないが、地上を救援できるような状態ではない。
「くっ……クスノキ軍の幕僚陣は、先の戦いで壊滅したのではなかったのか⁉ アケカめ、よほど有能な軍師を見つけてきたと見える」
砂を噛むような表情でヘルツォークはそう呟いた。同盟軍の指揮は驚くほど適確だ。未開宙域を突破してくるような善哉未聞の奇策を打ち出したかと思えば、驚くほど手堅いやり方で相手の反撃を封じるようなこともやって見せる。ヘルツォークの長いくん歴の中で、ここまで厄介な相手と戦うのは初めての経験であった。
「……戦域司令閣下」
ひどく冷たい声音でそう言いながら、アイマン中将がヘルツォークを見やった。
「この劣勢の原因は、ひとえに陣頭指揮の有無にあります。敵将は陣頭に立ち、閣下は後方の司令部に籠っておられる。我が方の士気が上がらぬとも当然のことでしょう。閣下もご出撃なさりませ」
「エッ⁉」
思ってもみない具申を受けたヘルツォーク上級大将は、顔面蒼白になってアイマンを見返す。しかし、中将の目に冗談の色はない。
「どうぞ、ご決断を」
指揮官先頭はヴルド人の伝統である。むろん、ヘルツォークも専用の特機は持っている。しかし、彼女はもう愛機のコックピットに入らなくなって久しかった。いかに強靭なヴルド人でも、寄る年波には勝てない。だからこそヴルド人の軍人は若いうちに引退せざるを得なくなるし、実際ヘルツォーク自身も一度は軍務から離れていたのである。むろん、そんな彼女が現役復帰をさせられたのはあくまで人材不足が原因であり、彼女自身が望んだことではないのだが……。
「…………グッ、致し方あるまい」
絶望的な表情で、ヘルツォーク上級大将は頷いた。貴族の……総大将の義務として、彼女はアケカに挑まねばならないのだ。自分の立てた作戦が大外れした時点で、彼女の命運は尽きている。この期に及んでは、自らの武勇を持って敵を薙ぎ払う以外に部下からの忠誠を取り戻す方法はない。それがヴルド人の社会というものだった。
「《アンキラス》を用意せよ! わし自ら出撃する!」
やけくそじみた調子で叫びつつ司令部を後にするヘルツォークの背中を絶対零度の視線で突き刺してから、アイマンは小さくため息をついた。
「小型連絡艇をいくつか用意しろ。可及的速やかに、アテナ艦隊に救援を要請するんだ」
彼女がヘルツォークを追いだしたのは、何も意趣返しばかりではなかった。このままでは、ノルトライン要塞の陥落は避けられない。それを防ぐためには、増援が必要だった。どうやらヘルツォークはアテナ社を嫌っているようだが、アイマンとしては知ったことではない。
「勝利のためなら、藁にでも悪魔にでもすがってやるさ……」
怨念の籠った声で、アイマンはそう呟くのだった。





