第29話 老練提督は要塞守備隊を翻弄するようです
銀河標準歴一七五年十二月二十四日の昼過ぎ。ノルトライン要塞の鎮座する雅陵星系アンドウ分艦隊が突入した。この艦隊の指揮を取るのは、クスノキ家の宿将アンドウ提督。安定感のある用兵を持ち味とする老練な指揮官である。
「まずは小手調べと行こう。前衛部隊、前進開始!」
アンドウ提督の命令に従い、駆逐艦や小型巡洋艦で編成された小規模部隊がまず先発する。一方、デコイ艦を含む艦隊主力は後方に控えたまま動かなかった。要塞の索敵ラインにあまり接近しすぎると、偽装が見破られてしまう。前哨戦を装いつつ、本隊の奇襲が成功するまで帝国軍を騙し続けるのがアンドウ提督の仕事だった。
「敵宙雷戦隊接近! 数は四から六と推定。距離三〇万」
「捨て駒を使ってこちらの火点を探り出すハラだな」
ノルトライン司令部にてこの報告を聞いたヘルツォーク上級大将が、腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべる。
「火点の相互支援は万全だ。位置が暴露したところで痛くも痒くもない。あの小賢しいハエどもを叩き落せ!」
「Aフィールドの全砲台、射撃用意」
渋いものを噛み締めるような表情で、アイマン中将が下令する。ノルトライン要塞の衛星軌道上に配置された巨大な金属球が、巨大な砲塔を蠢動させその砲口を同盟艦へと向けた。これは衛星砲台と呼ばれる一種の砲艦で、機動力こそ乏しいものの戦艦すら上回る攻撃力と防御力を持ち合わせている。搭載されている主砲も戦艦のものに準じる四六センチ口径の大型砲であり、小型艦が相手であれば容易にアウトレンジ攻撃を仕掛けることが可能だった。
さらに言えば、ヘルツォーク上級大将はアンドウ分艦隊の方を同盟の主力だと勘違いしていたため、その進攻方向に衛星砲台の七割を集中配置していた。その数、なんと十四基。下手な戦艦部隊でも尻尾を巻いて逃げざるを得ない火力だ。
「敵宙雷戦隊群A、距離二〇万」
「撃ち方はじめ!」
アイマン中将の鋭い命令から一拍遅れ、砲台群が一斉に主砲を発射した。漆黒の宇宙をオレンジ色の火線が切り裂き、同盟軍の小艦群に降り注ぐ。たちまち数隻の駆逐艦が被弾し、わずか一撃で爆発四散した。戦艦すら沈める要塞砲の火力の前には、駆逐艦の装甲など濡れた障子紙のようなものだ。
それに対し、同盟軍側はマトモに反撃する術を持たなかった。駆逐艦や小型巡洋艦の主砲では、この交戦距離はあまりにも遠すぎる。ビームを撃ち返したところで、弾着する頃にはすっかり粒子が減衰して威力を失っていることだろう。いや、そもそも火器管制システム自体がこの距離での砲戦に対応していないため、命中弾自体が出せないに違いない。一方的なアウトレンジ攻撃というわけだ。
もちろん要塞砲は大口径ゆえに連射速度は低いわけだが、その点は数の暴力が解決してくれる。この時ばかりはヘルツォーク上級大将の集中配置策が功を奏し、衛星砲台はその主砲を次々につるべ打ちにしていく。ヘビー級ボクサーの渾身の右ストレートのような砲撃が猛烈なラッシュを形成し、ライトフライ級に等しい小艦艇へと降り注いだのだ。同盟部隊の先鋒はあっという間に壊乱し、各艦は踵を返して撤退に転じる。逃げ去る同盟艦の後姿を見て、ヘルツォーク上級大将は大笑した。
「ハハハ、愉快痛快! これこそ戦争の醍醐味よ」
一方、アンドウ分艦隊の旗艦である大型装甲巡洋艦《橋立》の艦橋でその様子を見ていたアンドウ提督は、口元に微かな笑みを浮かべていた。敵の火力は確かに圧倒的だが、それはつまりそのぶん裏口の防備が手薄になっているということを意味している。
確かに前線は損害を受けているが、それも計算の範囲内。砲台の射程内に入っている艦の大半が、遠隔操縦器を取り付けた無人の旧式駆逐艦なのだ。いくら撃破されようが、痛くもかゆくもない。これもまた、善哉の策のひとつである。
「素晴らしい、陽動作戦は大成功だ。どうやら、敵はすっかりゼンザイ殿の術中にはまっていると見える。この機を逃す手はない、次鋒、攻撃開始!」
後詰の部隊が新たに前進をはじめる。部隊編成は先ほどと同様、多数の駆逐艦を少数の小型巡が率いているタイプ(いわゆる宙雷戦隊)のものだ。しかし第一陣に比べると投入された隻数は多く、その割に隊列はまばらで薄く広く布陣している。
「何度来ても同じことだ! 叩き潰せ!」
ヘルツォーク上級大将が吠え、砲台に更なる火力投射を命じる。しかし今回の攻撃は、第一波ほどの効果はあげられなかった。同盟艦隊側の隊列がまばらで、おまけに砲台側の有効射程ギリギリの範囲にとどまったままそれ以上の前進を停止してしまったからだ。そもそも、要塞砲は駆逐艦や小型巡などのちいさな目標を狙い撃つようにはできていない。なかなか命中弾が出ないのも致し方のない話だった。
「流石に、馬鹿の一つ覚えのように突撃はしてこないか。待っているばかりでは狩りにならん、猟犬が必要だ。駐留艦隊を出せ」
ノルトライン要塞にはそれなりに有力な艦隊が駐留している。ヘルツォークはこれを用いて同盟艦隊の主力を誘い出し、衛星砲台でトドメを刺すという作戦構想を頭の中で思い描いていた。
「お待ちください、閣下! これは敵の罠です」
しかし、これにはさすがのアイマン中将も待ったをかけた。駐留艦隊をここで投入したら、ますます後方の防備が薄くなってしまう。同盟側のB集団はまだ姿を現していないのだ。この連中が要塞の背後を突いてくる可能性は著しく高い。
「敵方の前衛は、明らかに陽動を企図した行動をしています。ここで切り札を切れば、それこそ敵の思うつぼ! ここはいったん防備を固め、敵の狙いを見極めるのが肝要かと」
「……貴様の懸念は理解できる」
眉間にしわを寄せたヘルツォークは、驚くほど低い声でそう呟いた。そしてアイマンの方へ歩み寄り、その耳元にボソリとささやきかける。
「敵が陽動を図っている? むろん、そんなことは理解しておる。しかし、このいくさは間違っても長期戦にするわけにはいかん。罠にかかったフリをしててでも、手早く敵の本隊を引きずり出さねばならん」
「……何か事情がおありで?」
頬を引きつらせつつ、アイマン中将は問い返した。
「アテナ艦隊だ。あの業突く張りの地球人ども」
そう返すヘルツォーク上級大将の声は嫌悪感にまみれていた。
「今日明日中に、あの連中が“援軍”にやってくるそうだ。しかし間違っても、アテナ艦隊に戦果をあげさせてはならん」
「……」
帝国がアテナ・インダストリと大口契約を結んだ件は、もちろんアイマンも承知していた。とはいえ、アテナはあくまで兵器メーカー。それが援軍などを寄越してくるとは、いったいどういうことだろうか……?
「奴らは親切ヅラをして国家中枢に食い込み、権益をかすめ取っていく寄生虫なのだ。敬愛する皇帝陛下の国が、あのようなカネの亡者に蚕食されるなど我慢がならん。奴らが何かをしでかす前に、叛乱軍は我らだけで片付ける必要がある」
ヘルツォークの声音には異様なまでの熱がある。たしかに、得体の知れぬ連中が援軍にやってくるとなるとある意味敵の増援よりも恐ろしいかもしれない。しかし、だからと言って無用な危険を冒すのはいただけない。戦場に政治を持ち込むと、ロクなことにならないものだ。アイマンとしては、アテナの連中など気にせず同盟を討つことだけに集中してくれと言いたいところだった。
「しかし、閣下……」
「いまは無駄な議論で時間を費やしている場合ではない! これ以上余計なことを言うようであれば、抗命罪と見なすぞ……!」
鋼鉄のような硬い声でそう言われてしまえば、部下であるアイマン中将に抗うすべなどなかった。せめてもの抵抗として上官を睨みつけてから、彼女は口を開いた。
「了解いたしました。しかし、私があくまで艦隊の出撃に反対したことはお忘れなよう……ガリル提督に連絡! 前線に展開する敵部隊を殲滅せよ!」
アイマン中将としては不承不承の命令だったが、要塞の宇宙港で自らの出番を今か今かと待っていた駐留艦隊はその言葉を歓喜を持って受け止めた。
「おや、もう出撃かい。チンコ付きのアイマンにしちゃあ上出来だ!」
駐留艦隊司令、ガリル提督は野卑な笑いを口元にうかべつつそう嘯いた。ちなみに、彼女が口にした言葉は臆病で情けない女を男性に例えて揶揄する蔑称である。典型的な猛将であるガリル提督は、慎重派のアイマン中将を露骨に軽蔑しているのだった。
「いくよクソッタレ共! 要塞砲兵どもの獲物を横取りしちまえ!」
号令一下、ノルトライン要塞宇宙港から駐留艦隊が出撃していく。その中核となるのは、八隻の《エルザス級装甲砲艦》だ。この艦は主砲として四〇センチ連装砲四基八門を装備しており、戦艦以外の艦種であれば一方的に叩きのめすことができるだけの火力を持っている。
逆に言えば戦艦が出てくると厳しい戦いを強いられることになるのだが、それは要塞砲の支援下で戦えばなんとでもなる程度の問題だ。同盟艦隊、何するものぞ。ガリル提督と自信に満ちた声で艦隊の乗員らを鼓舞した。
「敵前衛の側面を取れ! 要塞砲と十字砲火だ!」
駐留艦隊がロケットのように加速し、まずは前線の右翼側から攻撃をしかけた。同盟の前衛艦隊は薄く広く布陣していたから、《エルザス級》が自慢の四〇センチ砲を撃ち散しながら突撃を仕掛けるとあっという間に総崩れになった。勇気ある駆逐艦長などが肉薄雷撃で反撃しようとするも、装甲砲艦隊の傍にはしっかりと護衛部隊がついている。防空中型巡洋艦の二〇センチ三連装砲のビーム掃射を受け、駆逐艦は一瞬で船体を穴だらけにされ火球と化した。
「逃げる雑魚は追わんでいい! 目指すは本命のみ!」
右翼に穴を開け終えた駐留艦隊はその場で九十度変針し、今度は戦線の中央に狙いを定めた。中央には同盟艦が固まっており、まさにより取り見取りの状況だった。しかもその大半が弱体な小型艦なのだから、ガリル提督には同盟艦隊がご馳走の群れに見えていた。
「猪武者が出てきたな。よし、本隊に陽動成功の暗号電文を送れ!」
駐留艦隊の動きを見て、アンドウ提督は会心の笑みを浮かべた。獲物は餌に食らいついた。後は釣り上げるだけだ。 ここまで盤面が整えば、もはや偽装を解除しても問題はあるまい。アンドウ提督はデコイ艦の放棄を決断した。
「これより、我が艦隊は要塞駐留艦隊の拘束任務に入る。デコイ艦の運用人員回収を急げ!」





