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第28話 要塞司令は頭を抱えているようです

 ノルトライン要塞の司令部は、テニスコート三枚分の広大な面積を誇っている。しかし、いざこの部屋に一歩踏み込んだものが最初に覚える感覚は、解放感ではなく手狭さだろう。巨大要塞をコントロールするために必要な人材と装備は、それだけ膨大なのである。

部屋に詰めた人員……オペレーター、情報分析官、連絡将校、参謀などは総勢百数十名あまり。それに加えて無数の大型ディスプレイやら情報端末やら机やら椅子やらが詰め込まれているのである。兵隊と電子機器の一塊が発する喧騒と臭気は、一種異様なまでの物々しさを醸し出していた。

そんな部屋の中央に設置された指揮卓型ホロ・ディスプレイの周辺に、渋面を浮かべた女たちが集まっていた。その全員が、佐官以上の高級将校だった。一番の上位者など、上級大将の階級章を付けている。


「これはいったいどういうことだ」


 困惑の表情を浮かべてそう呟くのは、その上級大将カリーナ・ゼン・ヘルツォーク閣下だった。先帝の御代からアーガレイン帝家に仕える彼女は、齢六七歳の老将だ。もっとも、その戦歴はそれほど目立つものではない。ほんの半年前までは、彼女は隠居生活を送っていたのだ。軍務を離れ気ままな隠居生活を送っていた彼女だったが、帝国軍の人材払拭の煽りを受け、再び軍服にそでを通すことと相成った。一時は帝都陥落寸前まで追い込まれていた帝国軍だから、彼女のような経歴の将兵はかなりの数がいたのである。

 とはいえ、ヘルツォーク上級大将の困惑の原因は決して彼女がロートルであるのが原因ではない。彼女の目の前にあるホロ・ディスプレイにはノルトライン要塞付近の三次元星図が浮かび上がり、その中には彼我の部隊の現在位置も表示されているのだが……そこで、敵部隊が不可解な動きをしているのである。

 そう、クスノキ艦隊の迂回運動だ。分離した囮部隊……アンドウ分艦隊がノルトライン要塞へと向かう星間航路の上を航行している一方、クスノキ艦隊のほうは未開の外宇宙の上に居るのである。ヘルツォーク上級大将は、このような場所を艦隊が航行している姿を見るのは初めての経験だった。未開宙域を航行できるのは、専用の探査船のみ。これが全銀河の常識なのである。


「ディスプレイやコンピューターの不具合か? まさか、あのクスノキ辺境伯の率いる艦隊が誤って未開宙域に突入してしまうはずもないし」


「それはあり得ません。何度も自己診断プログラムを走らせてみましたが、異常は検出されませんでした」


 冷や汗を浮かべつつ、技術士官がそう説明する。言われるまでもなく、彼女は最初から機材の不具合を疑っていた。軍隊が未開宙域に突入するというのは、それだけの異常事態なのだ。


「敵艦隊には、相当数の戦艦型デコイが紛れ込んでいると推察されます。敵方はおそらく、このデコイを用いて何らかの詐術を企んでいるはず。この運動も、その作戦の一環なのではないでしょうか」


 そう説明するのは、この要塞の責任者アイマン中将だった。本来の序列ではノルトライン要塞の防衛は彼女の指揮下で行われる手はずになっていたのだが、それは急遽中止された。アイマン中将の直属の上官である戦域司令官、ヘルツォーク上級大将が突如陣頭指揮を取ると言い出したからだった。

 時代遅れのロートルめ、出しゃばりやがって。頭越しに要塞の指揮権を奪われてしまったアイマン中将は怒り心頭だったが、だからといってヘルツォークの足をわざと引っ張るような真似をするほど彼女は幼稚な人間ではなかった。憤懣を心の中に押し込め、真面目に進言する。


「反逆者とはいえ、歴史あるクスノキ辺境伯家がそのような卑劣で情けない手を使うのか。まったく嘆かわしい、堕ちるところまで堕ちたという事か」


 老将は腕組みをしながらフンと鼻息を吐いた。彼女は正々堂々とした戦いを好む昔ながらの指揮官だ。デコイを用いた欺瞞作戦など、認められるものではなかった。


「同感です。しかし、叛乱軍はこれまでこうした策は用いてきませんでした。むろん、追い詰められて手段を択ばなくなっただけ、ということも考えられますが……クスノキ家が有能な食客を迎え入れたという噂もあります。油断はせぬ方が良いでしょう」


「ふん、何を怯えておる。このような小賢しい策は、正攻法の前に敗れ去るが定め。恐れることは何もあるまい」


 ヘルツォーク上級大将は不敵な笑みと共にそんなことをのたまった。アイマン中将の額に冷や汗が垂れる。警戒と怯えは別物だろう。そう思ったが、口にはできなかった。この老将軍は、頭が固い事で有名なのである。反論したところで認識を改めるとも思えず、むしろ却って頑なさが増すだけのように思われた。


「……いかにもその通りでございます、失礼いたしました」


「分かればよい。今回の作戦はわしが直々に指揮を取るから、正統派の用兵を間近で見て学ぶように。良いな?」

「…………は、有難き幸せ」


 シバいてやろうかこのクソババア。アイマン中将は心の中でそう叫びつつも、なんとか自制した。


「敵の二つの集団……仮に、直進している方をA集団、未開宙域を通って迂回している方をB集団と呼称しよう。このB集団の方は、明らかに囮だ。無視して良い」


 士官学校の教官のような口ぶりでそんなことを言いつつ、ヘルツォーク上級大将は差し棒でクスノキ艦隊を指し示した。


「対応を要するのはA集団のみ。駐留艦隊も衛星砲台も、従来通りの布陣のまま動かさぬ方が良いだろう。中途半端に戦力を分散すると、各個撃破を招きかねない」


「逆のパターン、つまりはB集団の方が本隊であるという可能性は無いのでしょうか?」


 頬をヒクつかせつつ、アイマン中将が指摘する。上級大将の作戦案はごく常識的なものであり、敵側も予想済みだろう。確かに未開宙域の航行は、地雷原でタップダンスを踊るような危険な行為だ。しかしだからこそ、敵方はそのリスクに見合った効果を期待しているはず。効果が薄いとわかっているにもかかわらず、これほど大規模な艦隊を未開宙域に突入させるものだろうか……?


「B集団が本隊という可能性は、まずありえない。敵将はあのクスノキ辺境伯アケカ殿なのだろう? そのような高貴な身分にあるものが、自ら未開宙域に突入するなどあり得ない」


 しかし、ヘルツォーク上級大将は部下の疑念を嘲笑まじりに一蹴した。その程度のこともわからないのか、と言わんばかりの態度だ。

 アケカが陣頭指揮を取っていることは、もちろん帝国軍側も承知していた。なにしろ、クスノキ艦隊に攻撃が来るたびに、彼女は専用機に乗って最前線で暴れまわったのだ。当然ながら、その辺りの報告はアイマンもヘルツォークも受けている。


「強敵を相手に正々堂々と渡り合い、一歩及ばず敗死するのは貴族の誉れだ。敵であれ敬意を表するに足る行為だろう。しかし、自ら未開宙域に突っ込んだあげく座礁して遭難死したのでは名誉もなにも無い。馬鹿が自業自得で死んだと後ろ指を指され、嘲笑されるばかりだろう。大貴族の当主たるものが、そのような真似をすることはあり得ない。貴族というのは、自身の死は恐れずとも自分の家が名誉を失うことはひどく恐れるものだからな」


 ヘルツォーク上級大将の説明は確かに筋が通っているように思われたが、それでもアイマン中将は納得し難かった。なにしろ、用兵術の常識で言えばB集団を主力とした方が明らかに効果的なのだ……。


「なるほど、素晴らしい見識でございます。このアイマン、感服いたしました」


 しかし、残念ながらアイマン中将はこの頑固な老将を説得する術を持たなかった。せめて、ヘルツォークの策が崩れた時に備え、出来る限り被害を少なくするための手を打っておこう。彼女は無表情の仮面の下でそんなことを考えながら、恭しく一礼した……。


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