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第27話 追放参謀は長征にとりかかるようです

 様々な者たちの思惑が交差する中、クスノキ艦隊は一路ノルトライン要塞を目指して進んでいく。片道十二日、直線距離にして約数百光年の航海だった。もちろん、その旅路が平坦なものであるはずがない。既に同盟は自国領内においてすら制宙権を喪失しつつあり、帝国軍は容易に妨害攻撃を仕掛けることができた。

 出航から三日で、最初の攻撃が始まった。要塞線から長躯してきた機動打撃艦隊より、ストライカーが数百機も来寇したのである。小手調べのジャブにしては、随分重い一撃だった。


「広域防御陣形を組め!」


 敵機来寇の報を聞き、善哉は即座にそう命令を出した。広域防御陣というのは、星系をまたいだ広い範囲に防衛線を張る戦術のことだ。もちろんそのぶん戦力は分散されてしまうわけだが、それがわかっていてなお善哉はこの作戦を採用せざるを得ない理由があった。


「敵の目的は強行偵察だ。デコイ艦の擬装を見破られる距離まで敵機の接近を許せば、作戦上かなりの不利を強いられることは間違いない。敵機は一機たりとも見逃すな!」


 敵の目的は、間違いなくクスノキ艦隊に同行しているデコイ艦の数を調べることだ。その意図を誤解なく理解していた善哉は、敵機の徹底的な殲滅を命じた。まだ、航海は始まったばかりなのだ。このような序盤戦からこちらの手の内が露呈するなど冗談ではない。

 彼の命令に従い、クスノキ艦隊は即座に迎撃態勢を整える。敵の主力はストライカー部隊。そしてストライカーを駆逐するには同じストライカーで対抗するのがもっとも効率的だ。


「艦載機部隊、発艦開始!」


 戦艦、巡洋艦、そしてストライカー母艦。ありとあらゆる軍艦から、次々と人型機動兵器が射出されていく。ヴルド人の戦闘艦は、多くの場合専用の母艦でなくともストライカーの運用能力を持っていた。作戦に投入できる機数を少しでも増やすためだ。小回りが利きそれなりの攻撃力を持つこの兵器は、現代の合戦では欠かすことのできない必須の兵器なのである。

 出撃した機体の多くは、クスノキ家で正式採用されている量産機《甲鉄》だった。足軽めいた外見の、いささか安っぽい機体である。しかし、よくよく目を凝らしてみれば、編隊の中には数こそ少ないものの銀色のいかにも高級機という風情の機種も混ざっている。周囲の機体が単眼式メイン・カメラを装備する中、人間のような双眸を持つこの機体は良く目立った。

 この機体こそ、先日導入されたばかりのカワシマ社製新型機、《カタナ》……改め、《打刀》だ。愛称(ペットネーム)こそ同盟軍式に変更されているが、もちろん機体そのものには手が加えられていない。今回の作戦は、この《打刀》部隊の初陣でもあった。


「勇士諸君! これより始まる戦いは、我がクスノキ家のみならず同盟全体の興亡を左右する重大ないくさである‼ 我ら全員の子々孫々の平和と繁栄のため、身共に力を貸してほしい‼」


 その《甲鉄》と《打刀》の混成部隊の先頭に立ち、勇壮な檄を飛ばすのは誰あろうアケカだった。彼女は敵機接近の報告を聞くと同時に誰に言われるでもなく席を立ち、自らが陣頭指揮を取ることを告げた。もちろん、善哉や藤波はいい顔をしない。地球軍式に慣れている彼らからすれば、司令官が自ら前線に出るなどあり得ないことだ。

 一方、ミゾレやコトハなどのヴルド人勢は当然のごとくその提案を受け入れた。なにしろヴルド人にとって指揮官先頭は伝統であり、それをしない人物は将として不適格であると固く信じられているのである。

 いきなり地球人とヴルド人のカルチャーギャップにぶつかった善哉だが、しばしの黙考の後に彼はアケカの出撃を容認した。なにしろ、この御大将サマは軍議に出席しても「よきにはからえ」に類する言葉しか口にしないのである。彼女はとにかく戦略・戦術面で出しゃばってくることはない。参謀部の出した結論を追認するのが自分の仕事だと心得ているようだった。

 アケカが自らの本分をわきまえた人間であることは、善哉も承知している。その彼女が自ら動き出したのだから、自分が止める必要はない。これが彼の判断だった。


「ゆくぞ諸君! 我に続け!」


「ウオオ、アケカ様バンザイ! クスノキ家バンザイ!」


「一生お供しますアケカ様ァ‼」


 指揮官先頭の効果は莫大だった。士気は燃え上がり、クスノキ艦隊のストライカー部隊は敵の大群へと猛然と襲い掛かる。数に関しては互角のいくさだったが、その結果はひどく一方的なものになった。数百もいたはずの敵機はあっという間に壊乱し、戦場は草刈り場の様相を呈したのである。

この結果を聞いた善哉は、なるほどこれがヴルド人の戦い方かと納得せざるを得なくなった。戦闘において、士気はある意味物量以上に重要な要素だ。これだけの士気向上効果があるのならば、指揮官先頭にもそれなりの意義がある。ましてアケカはあくまで象徴だから、前線に出て行ってしまってもそれほど痛くはない。

 ちなみに、この戦いで一番のキルスコアを上げたのは他ならぬアケカ自身だった。彼女は一度の出撃で十四機もの敵ストライカーを撃墜し、相手方の戦列が崩れた後は後方にも攻撃を仕掛けストライカー母艦一隻を撃沈している。まさに鬼神のごとき活躍だった。この戦闘力こそが、アケカのカリスマの源泉なのである。

 アケカの奮戦により第一撃を容易にはじき返したクスノキ艦隊であったが、敵の襲撃はこれで終わりではなかった。数時間後には先ほどよりやや小さな規模の第二波が襲来し、翌日には駆逐艦を主軸にした宙雷戦部隊が突撃してくる。クスノキ艦隊の進路には、常に有象無象の敵が立ちふさがり続けた。


「旧式、員数外、なんでもござれの大放出だ。どうやら、敵さんも我々が主攻であることに気付きつつあるようだな」


 昼夜を問わず(もちろん宇宙に昼夜の区別はないが、艦内時間は銀河標準時に準じて運用されている)襲い掛かってくる敵集団に、善哉はいささかゲンナリした調子でそうボヤいた。すでに、敵の動きは強行偵察の度合いを越している。むろんいまだに偵察機や偵察艦の接近は許していないのだが、反撃の強度からこちらの戦力を推察することは可能だろう。敵の反撃が本格的なものになりつつあるのは確実だ。

 そんな熾烈な波状攻撃に対し、アケカは常に兵たちの先頭に立ち続けた。就寝中であれ、入浴中であれ、敵接近警報が鳴ったとたんに彼女は文句の一つも言わずに出撃の用意をし始めるのだ。そのストイックで献身的な態度には、善哉のみならず藤波すらも『これが高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)か』と感服せざるを得ないほどだった。そしていざ戦場に出れば、バッタバッタと敵機を薙ぎ払っていくのだから頼りになる事この上ない。まさに彼女こそが、クスノキ艦隊の守護神なのだ。


「これでようやく第一関門突破だ」


 そして出航から十六日後。クスノキ艦隊旗艦《北溟》のブリッジで、善哉はいささかくたびれた様子でそう言った。現在、艦隊はノルトライン要塞から四つ手前の星系で停泊している。予定ではとうに要塞攻略戦を始めている頃合いなのだが、敵の妨害が予想外に激しかったため日程に遅れが出てしまっている。後方を守るヴァンベルク艦隊の負担を考えれば、決して良い傾向ではなかった。

 そのヴァンベルク艦隊との通信も、とうの昔に途絶している。いくら超光速通信とはいえ、やはり距離の制約はうける。通信距離を伸ばすには中継基地を立てるしかないが、もちろん急行軍のさ中にそんなことをしている余裕はなかった。

ヴァンベルク艦隊から送られてきた最後の通信では「皇帝艦隊、斗南要塞に接近しつつあり」などという気がかりな情報がもたらされている。どうやら、皇帝は同盟軍の遠征を好機と見たようだった。ヴァンベルク艦隊に皇帝を正面から迎え撃つ戦力はない。彼女らを救うために可及的速やかにノルトライン要塞を制圧しなくてはならないのに、作戦は予定通りに進んでいないのだ。クスノキ艦隊の将兵は心中で焼けつくような焦燥感を味わっていた。

 もっとも、その焦燥の原因である敵からの妨害攻撃は二日ほど前から波が退くように収まっていた。おそらく、要塞の防御態勢を整えるために部隊を退かせたのだ。いよいよ決戦が迫っていることを実感し、さしもの善哉も少しばかり緊張してきた。


「これより、作戦は第二段階に移行する。手はずは覚えているな?」


「ハイ、もちろんです」


 自信ありげに頷いたのはミゾレだ。


「まず艦隊を戦艦部隊とデコイ部隊のふたつに分離します。デコイ部隊のほうは、そのまま直進してノルトライン要塞の控える雅陵星系へと突入。一方、戦艦部隊は星間航路から外れてノルトライン要塞を迂回。デコイ部隊が交戦を始める直前に、要塞の背後を突きます」


「よろしい」


 ニヤリと頷いてから、善哉はブリッジを一望した。そこにはアケカ、ユキ、ミゾレなどといったヴルド人勢はもちろん、藤波や金田などの地球人勢もいる。しかしこれだけのメンツが揃っていて、善哉よりも上位の者はアケカ一人きりだ。なにしろ今の彼はクスノキ艦隊主席参謀、つまりは部隊のナンバーツーという立場にある。その現実は、彼に妙な満足感を与えていた。

 おまけに、この組織はひどく居心地が良い。アケカは上司としては理想的な人間だし、部下は有能なものばかりだ。こんな場所で存分に腕を振るうのは、他では得られない喜びがあった。この素晴らしい職場を守るためにも、今回の戦いに敗れるわけにはいかない。彼は内心決意を新たにした。


「当然だが、星間航路の外で超光速航行を行うのは極めて危険な行為だ。最悪の場合、敵に最初の一太刀を浴びせる前に艦隊が全滅してしまうこともありうる」


 超光速航行の最中は、指先に乗るほどの小さなデブリですら巨大戦艦を撃沈しうる危険な存在と化す。いくら外宇宙が物質の希薄な空間とはいえ、浮遊物がまったくないというわけではないのだ。宇宙船乗りが星間航路の外に出ることを禁忌としているのには、それなりの理由がある。


「むろん、出来る限り危険性を排除するための手は打ってある。しかし、難破の可能性はゼロにはできないということは、肝に銘じておいてくれ」


 誰かが生唾を飲む音が聞こえた。善哉には、それを臆病者と罵ることができない。なにしろ、彼自身この作戦には不安と恐怖を覚えているのだ。しかし、敵を倒すためには他の選択肢はない。すでに腹は決まっていた。


「身共は、ゼンザイ殿がこの作戦を考案するにあたってどれほどの努力を払ったのかを知っておる。ならばこそ、ここまで手を尽くして失敗したのであれば、それは身共が天から見放されていたということになろう」


 そんな中、アケカは泰然自若とした態度を崩さなかった。


「既に賽は投げられた。後はただ天運に身をゆだねるのみ」


 そこまで言うと、彼女は口を一文字に結び黙り込んだ。これ以上、言うことはないと考えているのだろう。武家の頭領らしい、潔い態度だった。


「それでは、帝国軍連中に一発ぶちかましてやるとしますか」


 ニヤリと笑いつつ、善哉は電子タバコをふかした。アケカの言う通り、今さらあれこれ言っても仕方ない。やるべきことをやるだけだ……。彼の心の中からは、迷いがきれいさっぱり消え失せていた。

 作戦通り、クスノキ艦隊は二手に分かれた。片方は戦艦を重点配備した本隊、クスノキ艦隊。そしてもう片方はデコイ艦を主軸に据えた囮部隊だ。後者の方は、指揮官の名前を取ってアンドウ分艦隊と呼称するように決まっていた。

もちろん、この情報は帝国側もすぐさま把握するだろう。タキオン探信儀や量子ソナーなどの超光速索敵設備をもってすれば、数光年離れた場所にいる敵のリアルタイム情報をキャッチする程度は容易なことだ。しかし、そうした遠距離探知ではデコイと戦艦の区別は極めて困難だった。

さらに、クスノキ艦隊とアンドウ分艦隊は補助艦の類もまったく同数になるように割り振られている。これでは、敵要塞の司令部からは二つの分艦隊のうちのどちらが本命なのかは判断ができないはずだ。こうして敵の防衛作戦を狂わせ、隙を作りだすのが善哉の策だった。


「本艦はこれより、超光速航行に入る。針路十二度、仰角五度、全速前進」


「針路十二度、仰角五度、全速前進ヨーソロー」


 《北溟》艦長、アリガ大佐が号令をかける。クスノキ艦隊の誇る巨艦は艦尾から青い噴射炎を吐きつつ、ぐいぐいと加速していった。それに続くのは、《北溟》とともに戦艦部隊を編成する戦艦《彩玲》、《草葉》、《剣虎》の三隻。この中核戦力の周囲を固めるのは戦艦と見まがうばかりの大柄な船体を誇る《黒詞級大型装甲巡洋艦》十二隻で、さらにその外縁を無数の小型巡洋艦や駆逐艦などがガッチリと守っていた。

 大艦隊の堂々たる行進であった。しかし、その先導を務めるのはごく平凡な中型偵察巡洋艦。砲力も装甲も微妙なこの船たちはしかし、艦隊の命運を握っていると言っても過言でないほどの重要な役割を負っていた。その優れたセンサー能力を生かし、進路上の浮遊物を探知するという仕事である。

 この任務は、きわめて困難な代物であった。なにしろ、超光速航行をしつつ何十光分ぶんもの遠距離にある物体を見つけ出す必要があるのだ。豆粒ほどの小石ですら、見逃せば大惨事につながる。偵察巡のブリッジに詰めている対空監視オペレーターたちは、みな一様に顔中冷や汗まみれにしながら目を皿のようにしてセンサー画面にかじりついていた。

 これらの任務は、本来新航路の開拓のために探査船が実施する類の手法をまったく同質のものだ。このやり方で一時的に安全な航路を切り開き、敵要塞の後方に迂回する……これこそが、今次作戦の骨子なのである。


「くそうくそう、あの腐れ地球人参謀め。無茶苦茶なことをやらせやがって」


 オペレーターの一人が半泣きになりながらぼやいた。基本的に、探査船は基本的に単独で行動するのが普通だ。おまけに、船体じたいも小型である。これは、デブリに対する被弾面積を最小限に抑えるための工夫だった。翻って、クスノキ艦隊は大小合わせて百隻近い大所帯だ。おまけに、全長二〇〇メートルを超える大型の船も少なくない数が参加している。こんな大集団が星間航路の外を通過すれば、発生するリスクは探査船の比ではないのである。


「上様肝入りの任務だ。成功させれば大金星だぞ、胸を張れ!」


「うううーっ、それはわかってますけどぉ……ああ、胃が痛くなってきた」


 怨嗟の声が満ちる中、いよいよ艦隊は超光速航行に入った。メイン・エンジンの相転移タービンにリバース・ギアが噛まされ、逆転を始める。異相次元から放出されていたエネルギーが逆流し、黄金の輝きを持つ光のリングが艦尾直後の空間に形成される。この世ならざる空間が現世に漏出しはじめたサインだ。

 後光めいた金輪を背負い、艦隊は矢のように漆黒の宇宙を切り裂いていく。彼女らは果たして、無事ノルトライン要塞にたどり着くことが出来るのだろうか。それは神のみぞ知ることだった。

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