第24話 追放参謀は"出る杭は打たれる"になりつつあるようです
要塞突破作戦の実施が決まった後も、しばらくの間は戦況的には何の変化もない日々が続いた。同盟軍側からすれば、反攻作戦の偽装のため陽動攻撃のひとつやふたつくらいはしておきたいところだったが、そうは問屋が下ろさない。なにしろ彼女らはほんの先日に大きな敗北を喫したばかりなのだ。出来ることといえばせいぜいありものの戦力をかき集め、損傷した兵器の修理を急ぐ程度だ。とてもではないが、陽動攻撃などには手が回らない。
一方、帝国軍は帝国軍でその活動はしごく不活発だった。先の会戦では勝利を得ることができた帝国軍ではあるが、もともとが無理を押しての攻勢だったために前線部隊に残った余力は多くない。特に武器弾薬の欠乏が深刻らしく、本国と前線を繋ぐ補給線の構築に苦心しているようだ。
そのような停滞した戦況の裏で、善哉は大いに働いた。なにしろ、戦争は前準備が八割だ。ましてや同盟軍は崖っぷちで、この作戦が失敗すれば決定的な敗戦は避けられない。限られたリソースでなんとかやりくりをし、攻勢の準備を整えていく。
しかし、善哉にとってその作業は決して苦しいだけのものではなかった。アケカの軍師、つまり主席参謀という立場は同盟軍全体に職権の及ぶ重職だ。地球軍に居た頃にはいくら手を伸ばしても届かなかった立場を手に入れた彼は、その責任の重さに内心おののきつつも確かな満足感をおぼえていた。
もっとも、だからと言って彼の仕事が何もかも順風満帆だった、というわけではない。同盟に属する貴族らは突如として抜擢された善哉を疎んだし、男性という性別ゆえに舐めもした。ヴルド人の軍組織ではもともと男性軍人などあり得ないものとされていたから、当然善哉の方に吹いた逆風は尋常なものではない。
「あの“常勝皇帝”には、まっとうな策など通用せぬ。そのことは、貴卿らもよく承知していることだろう。ならば、対抗する手段は奇策のみ。この人事も、その一環である」
そんな貴族どもの頭を押さえたのが、アケカのこの言葉だった。善哉の庇護者である彼女はいちおう同盟の盟主であり、少々の不満などは強権で強引に無視することができた。
「ゼンザイは、演習とは言えこのわたくし様に勝利するほどの用兵家なのよ? 彼の能力に対して疑問を投げかけるのは、わたくし様の能力に疑問を投げるのと同じこと。それをよく心得ておくことね」
さらには、驚いたことにあのリコリスまでもが援護射撃をしてくれたのである。同盟のナンバーワンとツーが後ろに就いたわけだから、流石の貴族どもも(公的な場所では)批判を控えざるを得なくなった。もちろんそれは有難いことであったが、善哉としては少々釈然としないものがあったのは事実だ。なにしろ、今の彼の立場は彼自身がかつて……いや今も憎んでいる“コネで立場を手に入れた卑怯者ども”とまったく同じものだ。このような状態に甘んじるのは、彼のプライドが許さない。
「見てろよ、あいつらめ。次は実力でその口を塞いでやる」
公的な場所での批判こそ減ったもののそれと反比例するように増えていく陰口を背に、善哉は内心そんな決意をした。作戦遂行のためには、コネを基にした強権を振るうのは致し方のない話だ。順当な手段を使っていたら、彼が軍議での発言権を得るころには同盟その物が滅んでしまっていることだろう。非常な状況をなんとかするためには、非常の手段を使うほかない。
しかし、だからこそ善哉は自らの実力を証明する必要があった。コネでエコヒイキされているのではなく、実力を見込まれて抜擢されたのだと、そう胸を張って言えるだけの実績を作らなくてはならない。
そのためにはまず、目先の要塞線突破作戦を成功させなくてはならない。善哉はいくつかのプランを比較・検討し、やがて一つの要塞に狙いを定めた。その要塞の名は、ノルトライン。かつてはクスノキ領と皇帝領の国境線に配置されていた、伝統ある要塞である。
宇宙要塞といってもいろいろなタイプがあるが、ノルトライン要塞は小惑星をくりぬいて作られたごくスタンダードなタイプの要塞である。最大直径は二百キロメートル程度で、岩盤由来の強靭な防御力と戦艦をアウトレンジ可能な重要塞砲を備えている。はっきりいって、かなり堅牢な防御拠点だった。
「なぜノルトラインなのだ。もっと突破しやすそうな要塞はいくらでもあるではないか」
攻撃目標を決める軍議の席で、善哉に反感を持つ貴族の一人がそう指摘した。実際、同盟軍の進軍路を阻む要塞線の中には、ノルトラインよりも小規模な要塞などいくつもある。わざわざ抵抗の厚い個所を狙わずとも、弱点を突けばよいのではないかという意見が出るのは当然のことだ。
「向こうの指揮官だって、馬鹿じゃない。弱点を弱点のまま放置するわけがないだろうが。実際、諜報部の調べではそれらの要塞にはノルトラインの一・五倍から二倍ほどの規模の駐留艦隊を配備している。要塞自体は容易い相手でも、この艦隊自体はなかなかの強敵だぜ」
しかし、善哉は涼しい顔でそう返す。たいていの宇宙要塞には、敵艦隊の迂回を阻止するための駐留艦隊が常駐しているのが常だった。この手の艦隊には機動性や航続距離などを犠牲にして性能や量産性を高めた強力な戦闘艦が配備されており、主力艦隊でも容易には撃破できない。
「それに、そうした弱体な要塞が配置されているのは要塞線の端っこだ。そんな辺境まで遠征していくのは、作戦テンポの面でも兵站の面でも、そして防諜の面でも不利だぞ。今の我々に、そんな余裕はないだろう」
進軍する距離が延びれば伸びるほど余計なコストがかかる、というのは古代から変わらぬ戦争の常識だ。今の同盟軍には、長征を行う能力などありはしないだろう。仮にたいへんな努力をして要塞線の側面に迂回できたとしても、そのころには艦隊はマトモな攻撃力を失っているに違いない。
「なるほど、確かに一理ある。とはいえ、手ごろな攻撃先はノルトライン以外にもいくつかあるはず。その中であえてこの要塞を選んだ理由を聞かせてもらいたい」
先ほどとは別の貴族から飛んできた質問に、善哉はいっさいの逡巡も無しにさらりと答えた。
「現実的な選択肢の中で、もっとも古くに建造された要塞がノルトラインだからだ」
彼は手元のコンソールを操作し、空中投影ディスプレイにいくつかの要塞のデータを表示させる。
「この要塞が建造されたのは、ノレド帝国の建国期。つまり一世紀ちかく昔の話だ。むろん事あるごとに近代化改修がなされているから、当時のままの設備で運用されているわけではないが……この頃はそれも滞っている。規模こそ大きなノルトラインだが、その設備ははっきり言って旧式なのさ」
いくつか表示された要塞の中で、善哉はノルトライン要塞をピックアップし詳細情報を表示させる。そこには、かの要塞の改修履歴がズラリと並んでいた。クスノキ家の間諜が代々にわたって調べ上げてきた、貴重なデータだ。
「とくに、索敵設備が古いままというのが素晴らしい。この作戦では、相手の目をいかに欺瞞するかという点が重要になる。ノルトライン以外の選択肢がないとは言わないが、総合的に見て一番やりやすい要塞がここなのさ」
善哉の説明は理路整然としていた。こうなると、彼に反発する貴族らも黙るほかない。もちろん無理筋のイチャモンを付けることくらいはできるだろうが、そんなことをすればアケカやリコリスの不興を買うだけだ。反論はあくまで、理のある範囲で行わねばならない。
結局、作戦は細部に至るまで善哉の意向が反映されたものとなった。これで失敗すればおれが腹を切るだけではすみそうにないな。善哉は内心そんなことを考えていたが、もちろんそれを表に出すことはない。指揮官はいついかなる時でも余裕綽々な態度を崩すべからず、というのが彼の信念だったのである。





