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第16話 追放参謀は侯爵様とやりあうようです

「男が立てた作戦だというから、まあ冗談半分に聞いてあげようと思ってたんだけど。でも、これは冗談にしたってちょっとやり過ぎよ」


 善哉がアケカに作戦案を持ち込んだ翌日。定例の軍議の席で、リコリス・ヴァンベルクはそう言った。議場のホロ・ディスプレイには、善哉の立てた作戦案についての説明が表示されている。

 彼はアケカを説得し、自身の作戦について軍議で提案する機会を作ってもらっていた。しかし、その反応ははっきり言って芳しいものではない。リコリスはこの調子だし、他の出席者も善哉に厳しい目を向けていた。庇護者であるはずのアケカですら彼をまともに擁護できない有様なのだから、ほとんど孤立無援状態だ。


「気宇壮大を通り越して誇大妄想みたいな作戦計画、そう評するしかないわね。寝言は寝てからいいなさいな」


 リコリスの声音は、怒っているというよりは呆れているような調子だった。彼女からみれば、善哉の作戦計画は無謀を通り越して自殺的な代物ですらあったのだ。マトモに取り合うつもりなど湧いてくるはずもなかった。


「どうやら、お嬢様はこの作戦がお気に召さないようですね」


 うすら笑いを浮かべつつ、善哉はそう言い返した。彼の隣には、仏頂面のアケカが控えている。表情からは読み取りづらいが、ひどくハラハラしているような様子だった。


「気に入らないとか、そういう問題じゃないわ。なんなの? 星間航路外の未開宙域を通って、敵要塞の背後を突くって。ふざけてるの? それとも妄想と現実の区別がつかなくなってるの? どっち?」


「現実を直視した結果がこの作戦ですよ。まともにやって勝てる相手ですか、帝国軍が」


 針のムシロのような状況にあってなお、彼の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。相対しているリコリスですら、大した面の皮の厚さだと密かに関心せざるを得ないほどのふてぶてしい態度だ。


「クスノキ艦隊の戦力では、要塞の正面突破は不可能です。ならば、裏口から攻めるほかないでしょう」


「だからって、星間航路を使わずに進軍するってのはどういう料簡よ」


 リコリスはピシャリと指摘した。進軍ルートに星間航路を使わない、というのは完全に常識の埒外にあるやり方だ。なにしろ、そんなことをすれば最悪の場合、目的地にたどり着く前に艦隊が遭難して全滅してしまいかねない。まともな用兵家であれば、そんな戦術は検討すらしないのがふつうである。


「道なき道を通らないことには、裏口にたどり着けないんだから仕方がないでしょう?」


「馬鹿らしい。それってつまり、不可能って事じゃないの」


「不可能ではありませんよ。……なにしろ、自分はこの戦術を実際に喰らったことがありますので」


 さらりと発されたその言葉に、リコリスは「は……?」と妙な声を上げた。


「それでは、こちらの資料をご覧ください」


 善哉は手元の端末を操作し、ホロ・ディスプレイに表示される画像を切り替えた。どこかの星系の概略図らしく、画面の中央には青白い輝きを放つA型主系列星と白色矮星の連星が鎮座している。


「これは、宇宙海賊の根城と化した地球領シリウス星系に地球軍が攻撃を仕掛けた、シリウス事件と呼ばれる戦いの戦況経過図です。……この戦いの主力を担当した第十三独立艦隊・C分艦隊司令部付きの作戦参謀として、自分もこの作戦に参加しておりました」


 善哉がそういうと、議場にかすかなざわめきが広がっていった。


「男が作戦参謀だと……⁉」


「地球軍は男にも門戸を開いていると聞いたが、まさかそこまでとは」

「彼はもしや、どこぞの名家の一人息子なのでは。いくら地球軍でも、男がそのような立場に就くにはそれなりの理由があろう」


 女性軍人しか存在しないヴルド人ならではの驚きだ。もちろん善哉はそれらのざわめきの一切に反応しなかった。いま肝心なのは、そこではないのだ。


「地球軍の部隊編成は、大型巡洋艦四隻を主軸に据えた大掛かりなものでした。対する海賊艦隊は民間船に違法改造を施した仮装巡洋艦が主力ですから、まともにぶつかり合えば一瞬で方がつくレベルの戦力差です」


「あー……」


 何とも言えない表情で、リコリスが声を漏らす。話の流れで、この戦いの結末を察してしまったのだろう。


「事前情報では、海賊艦隊は小惑星帯に潜み逃亡の隙を伺っているという話でした。そこで、地球艦隊は索敵のため艦隊を広く分散した状態で小惑星帯に突入したわけですが……」


 皮肉げな笑みを浮かべ、善哉はシリウス星系の外縁部に差し棒を向けた。


「海賊艦隊主力は、そこ(・・)にはいませんでした。シリウス星系に隣接した、しかし星間航路は接続されていない小さな遊星に隠れていたのです。地球艦隊が小惑星帯に突入したとの通報を受けた海賊艦隊は、遊星から出撃し我々の後背を突きました」


 差し棒の先にある宙域から突如現れた海賊艦隊が、小惑星帯の地球艦隊へと突撃した。見ていた諸侯らにざわめきが広がっていく。


「地球艦隊のクソボケ司令官は、事前情報を真に受けて後方には一切の警戒を向けていませんでした。おかげで、まあ、ひどいいくさになりましたよ。ハハハ」


 空虚な笑いを漏らしてから、善哉はコホンと咳払いをした。この過去は彼にとっていまだに納得できない過去ではあるが、今は感傷を露わにしている場合ではない。


「この話のキモは、海賊艦隊の移動経路です。この連中は、星間航路ではない場所、すなわち未開宙域を通行して我々に奇襲を仕掛けたのです。同様の手は、きっと帝国軍にも通用するでしょう」


「……その海賊どもは、いったいどうやって安全を確保していない宙域を進んだわけ? 一番大切なのは、そこでしょ」

 リコリスが善哉をピシリと指さして指摘した。星間航路の外が通行不能とされているのにはそれなりの理由がある。その常識から外れて行動をするには、それなりの工夫が必要なのは間違いない。


「やっていることは、新規航路の開拓と同じですよ。センサー性能を強化したピケット艦が、危険なデブリがないか探査しつつゆっくりと進んでいく。違いは、その後ろに艦隊が続いているか否かでしかない」


「いや、それ……普通に危ないでしょ。探知漏れがあったら、大惨事じゃない」


 すっかり呆れかえった様子で、リコリスは言った。まったくの無言だが、アケカですら同意見の様子である。もっとも、彼女は昨日の時点でこの話を聞いている。そのため、あえてリコリスに同調するような真似はしなかった。同じ話を何度も蒸し返すのは彼女の主義に反するのだ。


「ええ、危ないですよ。実際、このイレギュラーな超光速航行が原因で、三隻の海賊船が戦わずして沈んでいます」


 あたりまえのことを言うような口調で、善哉は頷く。


「……しかし、それでも海賊艦隊は十分な戦闘力を残していました。油断していたとはいえ、地球艦隊をほぼ壊滅に追い込める程度にはね」


「なに、アナタ。そんな危険な真似を、貴顕たるわたくし様たちにやらせようっての」


「なんだ、ヴァンベルク侯。貴様、我らクスノキ軍の練度と勇気が海賊以下だとでも言う気なのか」


 それまで黙っていたアケカが、やっとのことで口を開いた。彼女は腕を組みながら、ジロリとリコリスを睨みつける。アケカが今の今まで黙り込んでいたのは、リコリスがこの手のイチャモンを付けてくるのを待っていたせいだった。

 もちろん、これは善哉の仕込みだ。リコリスを説得しないことには、この作戦は実現しない。彼女が首を縦に振らざるを得ない状況を作り出すため、善哉はそれなりの作戦を用意してきていたのだった。


「べ、別に、そんなことを言いたいわけじゃあないけど……」


 さすがに言いよどむリコリスに、アケカは鋭い眼光を向ける。それで、リコリスは余計に怯んだ。この二人はライバル関係にあるが、それでも一応は同盟者でもあるのだ。公衆の面前で海賊以下などという罵倒を飛ばしたら、同盟が空中分解してしまいかねない。さすがのリコリスも、そこまでやる度胸はないのである。


「クスノキ軍は、やるぞ。このままでは同盟の敗北は避けられぬ。常道の手段では、敗北を遅らせることはできても回避することはできぬであろう。ならば、勝利の目が少しでもある手を打つべきであろう。多少の危険など、もはや気にしている場合ではない」


「……」


 そう言われると。リコリスも黙り込むしかなかった。彼女としても、現状が八方ふさがりであることは理解しているのだ。アケカの言葉通り、ここから反撃に転じるためには尋常ではない手段を使うほかない。


「この作戦の目的は、今後の反撃作戦のための自由度を確保すること。そして、同盟領内から皇帝艦隊を追いだすことにあります」


 悪くない反応だ。善哉はそう判断し、追い打ちをかけることにした。ホロ・ディスプレイ上でクスノキ艦隊が接触していた要塞マークに×印がつく。その先に広がっているのは、無防備な帝国領だ。


 帝国側も、決して余裕綽々で戦争をしているわけではない。予備戦力は乏しく、防衛も要塞頼りだった。その要塞が抜かれれば、戦争計画全体を見直さざるを得なくなってしまう。


「帝国の本土防衛線に穴が開けば、状況はずいぶんと変わります。皇帝陛下が同盟領内でモタモタしているうちに、我々はフリーハンドで同盟領を荒らしまわることが出来るようになるからです」


「皇帝陛下としては、それを指をくわえて眺めているわけにはいかない。本土救援のため、帝国領への撤退は避けられなくなる……なるほど。筋は通っているわね」


 唇をへの字にしながら、リコリスは唸った。


「とはいえ、それはあくまで作戦が上手く言った場合の話。もし失敗すれば、同盟の敗北は避けられない。まさに、乗るか反るかの大博打……」


「ヴァンベルク侯! そのような重要ないくさの作戦に、外星人……それも男の案を採用するなど論外ですぞ!」


 悩むリコリスに、諸侯らの一部が厳しい声を上げた。それを受け、別の貴族らも騒ぎ始める。


「その通り! そのような怪しげな男の言うことなど、傾聴には値しませぬ! まるで無視すればよろしい!」


「そもそも、この男じたいが随分と怪しい。帝国、あるいは他の外国(とつくに)の間諜なのではありませんかな?」


 貴族らは一斉に善哉へと不信の目を向けた。彼は鉄面皮を貫き、傲然とその視線を受け止める。この程度で怯む程度の精神の持ち主ならば、そもそも彼は軍を追いだされるようなことにはなっていないのである。


「……まあ、待ちなさい」


 そんな貴族らを窘めたのは、善哉でもアケカでもなくリコリスだった。彼女は思案顔のまま、並み居る貴族らを見回す。

「この作戦、実現性はさておき理論としてはなかなか面白いわ。少しばかり、かみ砕いて考える時間が欲しいわね。ひとまず軍議を中断して、一晩いろいろと考えてみたいのだけれど……良いかしら?」


 言葉の上ではあくまで提案だったが、その声音には一切の異論を認めない頑なさが含まれていた。同盟屈指の大貴族にそう言われては、そこら辺の木っ端としては黙り込むほかない。


「……それが良うございましょうな。今日のところは、いったん軍議は終了といたしましょうか」


 貴族の一人がそう言ったことで、結局今日の会議はそのまま終わってしまった。



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