二百八十九話 五つ目でした!?
王国の将軍であるエルセルドが俺を殺そうとした──この大事件は王都中に瞬く間に広まった。
拠点の廊下に帰還した俺は、王都中で配られていた号外を見つめる。
見出しはこうだ。
『王国将軍エルセルドが、ヒール殿下を襲う!!』
記事には、『熱愛中のヒール殿下とレオードル伯爵令嬢リシュに起きた事件』、『三角関係の行く末!』などと記されていた。
俺とリシュが演じた熱愛ぶりはすでに多くの者が目撃しており、リシュがエルセルドの婚約を断ったことも噂として広まっていたようだ。
そのため、この事件は色恋沙汰の果てに起きたものとして、王都の人々に強く記憶されることになった。
一方で、俺とリシュの偽りの関係も、王都中の知るところとなってしまった。恐らくは、王国全土にも広まるだろう。
リシュはその号外を見て顔を赤らめている。
──俺も恥ずかしい。しかし、これしかなかった。
ベッセル伯爵家はこれで没落を余儀なくされる。調査も始まるだろう。リシュやレオードル領どころではなくなる。
そしてエルセルド本人を捕らえることができた。これは最良の戦果と言っていい。
エルセルドと部下は今、マッパの作った拠点の取調室に入れられている。
俺は廊下から取調室の中が見える窓を覗き込む。この窓の裏は鏡のようになっていて、俺たちのことは見えないようになっている。
だが、窓がなくてもエルセルドたちは目隠しをされていて何も見えない。さらに手足は拘束され、猿轡を嵌められていた。
口の中なども念入りに調べられ、毒薬の類も回収されている。自決することは限りなく難しくなった。
俺は隣に立つリエナとリシュに言う。
「よし。そうしたら、俺が尋問をしてみる。抵抗はしてこないとは思うけど、二人とも警戒を頼む」
「はい!」
「わ、分かった」
取調室に入ると、すぐにエルセルドが口を開いた。
「──お見事です。ヒール殿下」
俺が捕らえたことは察していたのだろう。状況からしても、俺がやった可能性が高い。
とはいえ、こちらが肯定する必要も返事をする必要もない。今は一方的に質問できる立場にある。
先に一番知りたいことを問い詰めるとしよう。
「レオードル領を手にして、何がしたかった? すでに欲しい土地の三つは手中にあったようだが」
無言か、はぐらかすか、あるいはこちらを探ってくるか──
しかしエルセルドの答えは単純だった。
「我らの愛する祖国サンファレスを守らんがため。その一心にございます」
──なんとなく察しはつく。
エルセルドやベッセル伯は、俺たちと同じように黒い瘴気や予言を恐れていたとしたら……そのために行動していたのかもしれない。
それであれば、大義のためという仰々しい言葉にも説明がつく。
しかし、そのために罪のない自分の妻や家族を殺したことは許されない。
「そのために妻を殺し、領地を奪う──他にもっとやり方はあったんじゃないか?」
「例えば、王に直訴する、などでございましょうか」
俺の考えを読むようにエルセルドは答えた。
王や他の貴族を巻き込み、脅威に対処する──俺ならその道を選んだ。
エルセルドは首を横に振る。
「王のやり方では、何も守れないでしょう。だが、私たちは百に満たない命を差し出せば、数百万の命を救える」
「王はお前たちのやり方に納得しないと?」
「そうです。王は、この大陸全体の民の王であろうとなされている。我らよりももっと多くの者を救おうとされているのです。だが我らは、それは不可能だと考えています。それでは誰も救えない」
話が見えてきた気がする。
エルセルドの部屋にあった地図を思い出すと、王国の東西南北の地点を結ぶ円ができていた。
あれが結界か何かの範囲であれば、あの円の中にいる者は救われることになる。
しかし円の外の者はどうだろうか。円の中に避難を促しても応じるか分からないし、そもそも円の外の者たちをすべて救うのは難しい。食料も家も足りなくなるし、それらを巡って争いも起きるはずだ。
だからこそエルセルドたちは騒ぎを起こさないため、秘密裏に計画を進めていたのだろう。円の外の者たちが知れば、円の中に殺到してしまう。
一方で父は、あくまでも脅威に真っ向から立ち向かうつもりだった。
父は父で、武力で周辺国を併合してきた。一回の戦いで数百以上の命が失われることもあった。
それに比べれば、エルセルドたちは……確かに、最小の犠牲を模索していたと言えるだろう。
とはいえ、どうなるかは実際にことが起きてみなければ分からない。大掛かりな結界があったとして、本当に守れるのか。
──そもそも、本当に結界なのだろうか。
俺の頭によぎるのは、結界でない可能性だ。
「レオードルの北には、確かにお前たちの望むものがあった。四つ揃って、何を得られたんだ?」
「厳密に言えば、五つ揃わなければいけません」
「五つ……」
五つ目があるとすれば、それは──
「この王都にあるものか」
「さようでございます。それさえ手に入れられれば──我らの大義はなされる」
エルセルドの口ぶりからは、王都のそれはまだ手に入れられていないことが窺えた。
王都は言うまでもなく王の支配下にある。最終的な目的がどうであれ、王家を打倒することはエルセルドたちの狙いだったのかもしれない。
しかしこの王都に、レオードルの北にあった湖はない。
そして、エルセルドの「それ」という言葉も引っ掛かった。
「……見当もついてないようだな」
「少なくとも、普通では目にすることはできないものでしょう。私たちは、王がそれを持っていると考えております」
その可能性は確かにあり得る。
「だがそれが揃ったとき、何が起こるかは把握しているのか?」
「それは……ですが、必ず人々を救ってくれる術です」
「根拠は?」
「……我らはもともと、神官の家。長らく、そう言い伝えられてきたのです」
否定する気はない。言い伝えの通りに行動し転移装置や透魔晶などの道具を手に入れれば、その言い伝えが本当であるようにも思いたくなる。
とはいえ、やはり装置が本当に人々を守るものだとは限らない。
エルセルドは懇願するように言う。
「……ヒール殿下。殿下はレオードルを手にしている。そして今回の件で我らベッセル家の土地も得られるはず。そうでなくても殿下は、我らはおろか王をもはるかに凌ぐ強大な力をお持ちだ!」
語気を荒げるエルセルド。
「お願いです、殿下!! 我らの命などどうでもいい! ですが、殿下であれば……この国を救うことができる! どうか我らの力を継ぎ、大義を成し遂げてください!!」
エルセルドが懇願すると、隣の部下も同じように願った。
エルセルドの言葉に俺は沈黙してしまった。
虫のいい話だとか、馬鹿げたことだとか言うつもりはない。
エルセルドたちは統治者として、多くを救うために少数を犠牲にしようとしている。
もしシェオールの主である俺が危機に直面したとして、そんな決断ができるだろうか?
そんなことはできない。だが、そうすればより多くの者が死ぬことになる。
難しい問題だ……しかし、今は何も起きていない。他のやり方を模索する時間はある。
俺は首を横に振って答える。
「その期待には応えられない」
エルセルドはがくりと肩を落とした。
「しかし俺たちもこの国を亡ぼすかもしれない脅威に打ち勝ちたいのは同じだ。だから、俺は俺たちのやり方でやる」
エルセルドたちは、自分のやり方しかないと考えていた。父も同じように考えているだろう。
だが俺は、この二人にはない力を与えられた。【洞窟王】にしろ、シェオールの仲間にしろ、心強い味方がいる。
──他のやり方が必ずあるはずだ。
「エルセルド。お前の悪行を許すつもりはない。だが、まだ人を救いたい気持ちがあるのなら、お前の知る全てを話せ」
エルセルドはしばらく沈黙したが、やがて小さく頷く。
「……我が命運は尽きた。大人しく、私の全てをあなたに委ねましょう。あなたのお力なら……他の道もあるのかもしれない」
そうしてエルセルドは、俺に全てを話すのだった。




