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二百八十七話 偽装恋愛でした!

 リシュが王都に来て翌日。


 俺はリシュと共に、ベッセル邸を目指して街を歩いていた。


「リシュ……いくらなんでも、これは」

「なに、ヒール? 恋人同士なら普通でしょ?」


 リシュは俺の腕をぎゅっと胸に抱きかかえながら言った。金色の長い髪を揺らしつつ顔を覗き込む彼女は、どこか恥じらうような表情をしている。幼馴染ということもあって直視できない雰囲気だ。


 リシュはずっと俺の腕を離そうとしない。先ほどから手を繋いだりと、外から見れば仲睦まじい恋人そのものだ。


 俺たちはベッセル邸に向かいつつ、恋人ごっこを演じていた。


 まだリシュが鎧姿だったからいいものの、もしドレスだったら俺も気が気でなかったかもしれない。


 しかし鎧姿で俺に寄り添う姿も、それはそれでかなり目立つ。一見真面目そうなリシュだからこそ余計に目を引く。


 とはいえ、目立たせるのは俺の狙いでもあった。俺とリシュの関係がただならぬものだと周囲に示せれば、エルセルドも疑いを抱かないだろう。狙い通りではあるのだが……


 大通りから貴族街に入ると、さすがに周囲の視線が強くなってきた。


 熱愛ぶりを見せる男女は王都でも珍しくない。


 しかし貴族街では話が違う。家柄を気にする貴族たちは「どこの子供同士が親しくしているか」という噂が大好物だ。その仲が婚姻で不本意に断たれれば、ちょっとした悲劇として数日だけ話題にされる。


 つまり──とにかく視線が痛いということだ。


 それでもエルセルドに俺とリシュの関係を信じ込ませるためには必要な演出だ。我慢するしかない。


 やがて俺たちは、以前姿を隠して訪れたベッセル邸の前にたどり着いた。


 すでにリエナとフーレが姿を隠して中で控えている。また、外から見る限り邸内に不審な動きはない。


 ……さて、エルセルドはどう出るか。


 門前には警備兵が立っていた。


 警備兵たちは俺とリシュに頭を下げる。


「ヒール殿下、リシュ様。ただいま主をお呼びしてまいります」


 そう言うと隣の鐘を五回鳴らす。格上の来客を知らせる合図だろう。俺たちが来ることは事前に想定されていたようだ。


 王族が訪れれば、貴族は直々に出迎えるのが礼儀。案の定、邸宅の扉が開くと、エルセルドと使用人たちが片膝をついて待っていた。


 俺とリシュがその前に進んでいくと、エルセルドは深く頭を下げて言う。


「お初にお目にかかります、ヒール殿下。ベッセル伯が長子、エルセルドでございます。恐れ多くも我が邸宅に足をお運びいただけるとは、我が家の栄誉の至りでございます」


 至極丁寧な挨拶だった。


 無能の王子が相手なら、皮肉の一つも混ぜてもおかしくない。しかも自分が婚約を申し込んだリシュまで隣にいる。だがエルセルドは全く感情を見せず挨拶をしてみせた


 それでもエルセルドは感情を見せず、恭しく応じた。


 向こうが名乗った以上、こちらも用件を告げねばならない。


 俺とリシュどちらが話すか迷ったが、ここは俺が口を開くのが自然だ。


「エルセルド殿、突然の来訪、失礼する。そして歓待に礼を言う。実は──あなたと直接話がしたい」

「承知いたしました、殿下。それでは邸内にて。お部屋にご案内いたします」


 エルセルドはそう言って自ら案内役を務め、大理石の大広間の隣にある両開き扉を開いた。


 そこは豪華な絵画や調度品に彩られた応接室。ベッセル伯家の権勢を誇示する造りだ。


 すでに忍び込んでいたため俺は驚かないが、初見の者は圧倒されるだろう。リシュは初めて入ったらしく少し呆然としていたが、すぐに俺の手を取って演技を続けた。


 エルセルドは表情を変えず、紳士らしい仕草で椅子を引き、俺とリシュを座らせる。


「こちらにどうぞ、殿下、リシュ様」


 魔力の動きも罠も感じられない。俺たちが腰を下ろすと、使用人が茶を注ぎ、退室する。


 エルセルドはその様子を確認してから、向かいの席に腰を下ろした。


「お待たせいたしました、殿下。それで、お話とは」

「……察しはついているだろうが、俺は」


 恥ずかしさを押し殺して言う。


「リシュを、愛している」

「左様でございましたか。殿下のお心も知らず、私はリシュ様に婚約を申し込んでしまいました。殿下のご心中を害す真似をしてしまい、申し訳ありません」


 あっさりとした答えだった。俺がノストル山の砦を落としたのはすべてリシュのため。そう推測していたのだろう。リシュが俺に寄り添う姿を見て確信したのかもしれない。


 さらにエルセルドはリシュに頭を下げる。


「リシュ様のお気持ちに反したお話をしてしまい、大変申し訳ございません」

「あ、いや……エルセルド様も我がレオードルの困窮を聞いてくださり、あのようなお話をいただいたと理解しています。その点については感謝しております」


 リシュが丁寧に答えると、エルセルドは小さく首を振った。


「いえ、この婚約は私がリシュ様に一目惚れして申し込んだもの。ご領地のご事情は、その後にお父上から伺った話でございました」

「そう……でしたか」


 リシュの声は硬い。命を狙った相手の言葉など響くはずもない。


 エルセルドは丁寧な口調を崩さぬまま、続けた。


「しかしそのお父君の問題を、ヒール殿下が解決してくださった。自ら民のためにならんと軍を率い、難攻不落の砦を落とすとは──」

「もちろん国民のためではある。しかしすべては……このリシュのためだ」


 リシュも演技なのか、目を潤ませて「ヒール……」と俺の手を握る。


 実際には国民のためでもあったが、今は恋愛を演出するためそう答えておく。


 リシュを愛する王子という設定……本当に恥ずかしい。


 エルセルドは何の感情を見せず首を振った。


「愛する女性のためであったとしても、ご立派な御業。殿下に感服いたしましたと同時に、忸怩たる思いです。王国の将としても、男としても何もできなかった己がただただ恥ずかしい」

「将軍といえど軍を動かす許可を出すのは陛下だ。恥じることではない。エルセルド殿が王に誠心誠意尽くしていると、俺も聞き及んでいる」


 俺の慰めに、エルセルドは深く頭を下げた。


「ありがたいお言葉でございます、殿下」


 全く感情を表に出さない……すべて計算ずくなのだろうが、なんとも不気味な男だ。


 俺は念を押すように訊ねる。


「……それでリシュとの婚約だが」

「もとより、私はリシュ様に相応しい男ではございませんでした。それでも、リシュ様に相応しい男になりたかった。ですが、私のような者は殿下の足元にも及びません。謹んで、リシュ様への婚姻の申し出を取り下げさせていただきます」


 エルセルドはリシュに顔を向け、頭を下げる。


「リシュ様、ご無理を申し上げたこと、ご容赦ください」


 深々と頭を下げるエルセルド。その言葉に、リシュは少しむっとした顔をした。


 自分を殺そうとしておいて……すべてが白々しく映るのだろう。


 だが同時に、「なぜそこまでして」と問いただしたくもなったはずだ。二人の夫人を殺してまで土地を奪った。その先に何を求めているのか。


 俺も気になるが、聞いたところで答えはしないだろう。


 俺は懐から金貨の入った袋を取り出す。


「リシュに色々と贈り物をしてくれたと聞いている。また、リシュとレオードルのことも気遣ってくれた。礼を言う、エルセルド」


 リシュへの贈り物への礼──つまり貸し借りはないという意思表示だ。


 王族からの贈り物を拒むのは、このサンファレスでは非礼。エルセルドはただ頭を下げる。


「感謝いたします、殿下」

「それではエルセルド殿、邪魔をした。お父上にはまた改めてこちらから」

「それには及びません、殿下。我が父は病の身にて、本領で静養しておりますゆえ」

「そうだったか……では今度、見舞いの品を送ろう」

「光栄の至りでございます」


 俺が立ち上がると、エルセルドは深く頭を下げた。そして自ら部屋の扉を開き、俺たちの退室を見送る。


 俺たちはそのまま邸宅を出た。外に出るまで、エルセルドはずっと邸宅の前で頭を下げていた。


 ……この後のエルセルドの言動は、リエナとフーレの報告待ちだな。


 邸宅を離れた後、リシュが深く息を吐いた。


「ふう……ようやく、断れた……」


 肩の荷が下りたような顔をするリシュ。そもそもエルセルドには本当に気がなかったのだろうか。


「しかし……何も知らなければ断る理由が見つからないくらい、紳士的に見える男だったな」


 金もあり、礼儀正しい。しかも王国の将軍。完璧な男にしか見えない。屋敷でも軍の仕事を黙々とこなしていた。裏を知らなければ、嫌悪する者はまずいないはずだ。


「そうかもね……でも、もともと、なんだか怖かったんだ。人間味がないというか」

「それはそうかもしれないな……貴族としても欲が見えなかった」


 領地を広げようとしていることから、もっと野心的な人物かと思っていた。邸宅の調度品など格を誇示してはいたが、それは貴族にとって必要なことで特別な贅沢をしている様子はなかった。


 これもすべて“大義”とやらのためなのだろうか。


 そんな中、リシュが再び俺の手を握る。


「というか……ごめん、ヒール。私のために、これからはヒールが狙われるかもしれないのに。一人で終わった気になっちゃった」

「気にしないでくれ。狙い通りだ」


 エルセルドがこのまま引き下がるはずもない。


 紳士的に振る舞ったのは、俺の亡き後に再びリシュへ接近するためかもしれない。


 エルセルドは俺を調べ、いずれは排除しようとしてくるだろう。


「それに……リシュが狙われるより、そのほうがずっといい」

「ヒール……私のために」


 リシュはさらに強く手を握った。


「いや、もちろんリシュのためだけど……それは」

「友人じゃなくて恋人だからでしょ!」


 リシュは俺の手を引く。


「さ、ヒール。この後は一緒に大通りの店で何か食べよ? 私たち恋人なんだから」

「え? いや、もう向こうは信じているだろうし、これ以上は別に」

「いいや、続けないと怪しまれるよ。ほら、行くよ!」


 そうして俺はしばらく王都の飲食店で、リシュとの“恋人ごっこ”を演じることになった。やけに体を寄せてきたり触れてきたりと、ごっこにしてはやけに熱が入っていたが……。


 とはいえ、見た者には俺たちが恋仲だと伝わったはずだ。エルセルドの従者や関係者が見ていれば、必ず本人に報告するだろう。


 これでエルセルドの標的は俺に向いた。あとは向こうの出方を待つだけだ。


 俺は拠点に戻り、リエナとフーレの報告を待つことにした。

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