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二百八十六話 幼馴染の策でした!?

 俺は王都に到着したリシュに、拠点の一室でことの顛末を話すことにした。転移装置や透魔晶も交えて、エルセルドらベッセル家が黒幕であることを伝えた。


 簡単にだが、俺たちがシェオールで遺物から力を得たこと、レオードルの北の転移門からやってきたことも話している。


 リシュは終始落ち着いた様子で聞いてくれた。しかし聞き終えると、理解が追い付かないのか、困惑するような顔をしていた。


 やはりリシュに言うのは早かったか。信用してもらうどころか、逆に不信感を与えたかもしれない……


 そう考えたが、リシュはゆっくり口を開く。


「……なるほど、ね。こんなことを言ってはヒールを馬鹿にしていたみたいだけど、ヒールの変わりっぷりも頷けるよ」


 無能の王子と知られた俺が、いとも簡単にノストル山を落とした。そして財力も手にしている。その力の源泉がシェオールであるなら、納得がいくといったところだろう。


「事実だし気にしないでくれ。俺はシェオールのおかげで、こうして力をつけられた」

「ヒール自身の力もあるはずだよ。他のお付きの人たちを見れば、とても慕われているのが分かる。ヒールは昔から優しいから」


 リシュはそう答えた。


「信じてくれるんだな?」

「もちろん」

「そうか……ありがとう」


 俺は思わず息を吐いた。


「だけど、今まで黙っていてごめん」

「ううん、気にしないで。ヒールは私を助けてくれていたんだから。むしろ、こうして話してくれて嬉しかった。私を信用してくれてありがとう、ヒール」


 そう話すリシュの顔は、以前と少し違った。やはり色々と疑問や不安が解消されたのかもしれない。話してよかった。


 だがリシュは再び顔を曇らせる。


「でも、エルセルドのほうは、ちょっと何が何だか……」

「それは俺も同じだ。エルセルドの目的の全容はまだ分からない」

「とにかく、私たちのレオードルは計画に必要な土地だった、というわけだね。森ばかりのレオードルよりももっと魅力的な土地はある。何故うちを狙うのかと思ったけど、その湖が目的なら頷けるね」


 リシュは考え込むような顔で続ける。


「でも、こんな回りくどいことをしてまで欲しがる湖って……魔力のたまり場みたいになっているのは分かったけど」

「リシュは何か、レオードルの伝承とかで湖に関連するようなことを知らないか?」

「ドラゴンが現れる湖とかは知っているけど、別にいつでも行ける場所にある。凍結した湖なんていくらでもあるし、それに言及した言い伝えはない。でも」

「でも?」

「レオードルの北に関する言い伝えは残っている。レオードルの北を絶対に抜け出てはいけないと」

「抜け出てはいけない、か。抜け出るとどうなるんだ?」

「特に何の言及もないね。レオードルの北は一年中ずっと雪に覆われているから、皆当然のようにその言い伝えを守ってきたし」


 単に北には雪に覆われた山や大地しかないということの示唆だろうか。


 だが他に理由があるとすれば……


 俺はエルセルドの部屋にあった地図を思い出す。王都を中心とした巨大な円。抜け出てはいけないとされるレオードルの北が、その円の外側を示している可能性はある。


 言い伝えは、その円の内側にいろ、ということを伝えたかったのかもしれない。


 例えば円は結界のようになっていて、それが円の内側の人々を守る。ベッセル家が所有したがっていた湖を始めとする四方の地点は、そのための装置だったとしたら……


 現状、黒い瘴気が世界を冒し始めている。ベッセル家はこれを把握しているのかもしれない。


 では、エルセルドの「大義のため」というのは、万民を救うためか? 大義という仰々しい言葉もそれなら頷ける。


 いや、そんな単純な話だろうか? そもそも人々を守りたいのなら、王や他の貴族に話しておけばいい。謀略を仕掛けるよりもはるかに楽だろう。


 そうしないのは、装置を独占することで危機の際に権力を握りたいか、あるいは協力できない別の理由があるか……


 リシュは恐る恐る俺に言う。


「ヒール……これはあくまでも、子供に聞かせる言い伝えみたいなものだからね。別に誰も北に行く理由がなかっただけだし」


 俺が考え込んだので、リシュは悪いと思ってしまったようだ。そんな深い意味のある言い伝えではないと言いたいのだろう。


「ごめん。ただ、今まで色々なことがあったから。生贄にするために人を集めていたり、希少なミスリルを集めるために国土を拡大していたり」

「そんなことを経験したら、確かに考えすぎちゃうかもね」


 アランシアやベーダーでの経験が色々な事態を想定させる。


 それだけあの円は、何か危険な匂いを感じさせる。


「ああ。あの円が人々を守るための結界なら別にいい。でも、もし生贄のための円とかだったら……そんなことを考えてしまうんだ」

「なるほどね。でも、どのみちもうエルセルドはレオードルを手にすることはできない」

「そうだな。計画はとん挫した。本人はまだそう思っていないだろうけど」

「ヒール。やられたままじゃこっちも気が済まない。私にもエルセルドを出し抜く協力をさせてほしい」

「そう言ってくれると助かる。でも、相手はあの転移装置や透魔晶を持っている」

「危険なのは分かっている。だけど、それはヒールたちも同じでしょ。昨日の地下の爆発だって、一つ間違えればヒールたちは死んでいた。ヒールたちばかりに頼ってはいられない」


 自分のせいで俺たちを巻き込んでいる。リシュはそう感じているのだろう。


 しかしもうリシュやレオードルだけの問題とは言えなくなってきた。国を揺るがす事態になる可能性もある。


「リシュ、ありがとう。だが、これは俺も他人事とは思えない問題なんだ。リシュが気負う必要はない」

「なら、なおさら協力しようよ。私も、役に立てることはあるはず」


 その言葉に俺は頷く。


「ありがとう、リシュ。そう言ってくれるとありがたい。 ……とはいえ、これからどう手を打とうか決めかねているんだ」


 エルセルドやベッセル家はやはりあれから動きは見せていない。アリュブール商会のほうも調べたが、ビストは少し不安そうな顔をしながらも平常通り過ごしている。またエルセルド側からの接触もない。


 エルセルドはより慎重に行動しようとしている。しばらくは手を出してこないはずだ。


 リシュはこう提案する。


「今までのヒールの話なら、エルセルドはまだレオードルを諦めていないはず。私が行けば、何か尻尾を出すかも」

「確かにそうだが……どうするつもりだ?」

「例えば婚約を断ったらどうかな? ノストル山の砦も落ちた今、レオードルの財政は改善されていく。ベッセル家からの支援はもう必要ない。断ってもおかしくないと思うけど」


 リシュの願望も入っているかもしれない。自分を狙おうとしていた者との婚約なんて、誰もがすぐに断りたい。


 とはいえ、この状況で「婚約を受けます」というのもおかしい。エルセルドもすぐにリシュが婚約を受け入れなかったのは、リシュがもともと婚約に乗り気でなかったからと見ているはずだ。


「……それに、本当は堂々とヒール王子と婚約したかったからとか、駄目かな」

「そうだな……うん?」


 俺が言うと、リシュは慌てて答える。


「あ、いや、私が頼んだから、ヒールがノストル山の砦を落としてくれた……とか、自然かなって」

「それ自体はおかしくはないけど……」


 すでに俺がノストル山の砦を落としたことは、エルセルドにも伝わっている。しかし何故俺が急に北で砦を落としたのかは、大いに疑問に思っているだろう。


 しかし、俺が好意を寄せているリシュのために砦を落としたという話を聞けば、その疑問は解消されるだろう。


 とはいえ、それでエルセルドが納得したところで何になるというのだろうか。


「俺はリシュのために砦を落とした。それを知ったエルセルドはどうなる? ……いや、なるほど」

「うん。ヒールには悪いけど、エルセルドは、ヒールをどうにかしようとするかもしれない」

「そういうことか……」


 エルセルドは、あくまでも表面的には穏便にレオードルを手に入れたい。そのためにはリシュとの婚姻を結び、その後でレオードル伯とリシュを葬らなければならない。


 つまり、エルセルドはまだリシュとの婚姻を諦めていない。何がなんでもリシュとの婚姻を結びたいと考えているはずだ。ノストル山にでっちあげの山賊を置いたのも、そのためだ。


 そこに俺という存在が現れた。


 俺がリシュのためにノストル山の賊を倒したと知れば、エルセルドはリシュが婚約を躊躇った理由が俺にあると察する。


 リシュはもともと俺に好意を寄せていて、悩みを話したら俺が解決してくれた。リシュはますます俺を慕うようになる。そしてレオードルへの援助も不要になったのでエルセルドとの婚約を断りたがっている──と、エルセルドは理解するはずだ。


 そうなればエルセルドは、俺を排除しよう、あるいは社会的に失墜させようと躍起になる。


 似たようなことは、もともと黒幕を探るときから考えていたことだ。俺に黒幕の注意を向けたかった。


 作戦としては……ありだな。俺が外を出歩くだけで、エルセルドは尻尾を出してくれるかもしれない。犯罪の証拠をつかみやすくなる。


「リシュ……正直、とてもいい案だと思う」

「そうでしょ!」

「でもさ……リシュはそれでいいのか?」

「な、なにが? あっ、私とヒールのことが世間に知られるってこと? 本当に婚約するわけじゃないし、何か問題ある?」


 リシュは平然とした顔でそう答えた。


「そう、だよな」


 好意を寄せていた者とは違う相手と婚姻することはなんら珍しくない。結局婚姻は、家同士の取り決めだ。


 俺とリシュが両想いだった、ということが世間に流れたとしても、リシュの婚姻には影響しない。


「分かった……なら、それで行こう」

「うん! それじゃあ明日にでも、ベッセル家の邸宅を訪れてみるよ。きっとエルセルドももう私が王都に来たことは知っているだろうし」

「そうだな。じゃあ、俺は姿を隠して」

「それだけど、一緒に行ったほうがいいんじゃないかなって。私とヒールが仲良さそうにしているのを見たほうが、エルセルドも信じるかなって」

「確かにそうだな……」

「会いに行く時だけじゃなくて、他の場所でも仲良さそうにしていれば、私がヒールに好意を寄せているってことが伝わるでしょ?」

「それは、そうだけど」


 演技とはいえ、どこか恥ずかしい。もちろん恥ずかしいとか言っていられる問題ではないのだが。


「駄目、かな……?」


 リシュは少し残念そうな顔で言った。なんというか、断りにくい雰囲気だ。


 そんな中、部屋の入り口から声が響く。


「その策、とてもよい策かと!」

「リエナ」


 振り向くと、そこにはリエナがいた。


「十五号さんとベッセル邸の監視と調査を交代していただきました。やはり、リシュさん到達の件は、衛兵隊からエルセルドに報告されました。ただ、それを受けたエルセルドはそうかと答えるだけで」

「結局何もしなかったと?」

「はい。エルセルド、邸宅の者を含め動きはありませんでした」

「そうか。だいぶ慎重になっているな」

「はい。ですからここは、こちらが動いてもよいかと……リシュさんの策で」


 俺は頷く。


「……時間を与えれば、本領にいる他のベッセル家の者や家臣が動く可能性もある」


 こちらの人員が揃うまで、向こうが新たな手を打つ可能性もある。 


 また、エルセルドは、リシュが王都に来たのに自分に会いに来ないのを不自然に思うかもしれない。 


「……分かった。仕掛けよう。リシュもそれでいいか?」

「うん!」


 リシュはそう頷いてくれた。


 リエナがそんなリシュの隣に立って言う。


「しかし……リシュさんもなかなか策士ですね」

「え? あ、これはその……」


 顔を赤らめるリシュ。確かにこの策は俺も思い浮かばなかった。褒められて恥ずかしいのだろうか。


「確かに策士だな。リシュも大人になったな」


 俺がそう言うと、リシュは顔を赤くして顔を背けた。どこか罪悪感を感じているようなそんな顔だった。


 リエナはそんなリシュににっこりとほほ笑む。


「大丈夫ですよ、リシュさん。ヒール様はお優しいですから。それに私たちの思いは同じ。ただ、今度シェオールで色々とお話したいなと」

「や、やっぱりリエナさんも」

「はい。他にもいらっしゃいます」


 シェオールの仲間のことだろうか。


 俺は頷く。


「そうだ。ここに転移装置ができれば、リシュも簡単にシェオールに来れるようになるな。今度シェオールを案内するよ」

「あ、ありがとう。私も行きたいな。でも、まずはエルセルドの件をなんとかしないとだね」

「ああ……不気味な相手だが、なんとかエルセルドたちの尾を掴もう。二人とも、よろしく頼む」


 俺の言葉にリシュとリエナは頷いた。


 そうして俺は、リシュと共にエルセルドを訪問することになった。

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