表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
279/290

二百七十九話 兄弟たちでした!

 俺たちが椅子に座ると、向かいに座るバルパスは話を始めた。


「聞きてえことは山ほどあるが……その前にお前の質問に答える」


 バルパスが目を横に向けると、一階の隅で椅子に座る男がいた。フードを目深に被り、腕を組んで俯いている。オレンだ。


「オレンは、オレンを殺して化けた魔物として死刑になった。オレンもそれを受け入れた。表向きには刑も執行された……だが、親父殿がそれを止めたんだ」

「子に慈悲をかけたということでしょうか?」


 リエナが複雑そうな顔で言うと、バルパスは首を横に振った。


「あの男は、そんなことする男じゃない。利用価値があるから使っているだけだ。最近は人手不足なんでな」


 実利のためには法も協定も破る……父だけではなく、歴代サンファレス王はそうして国の版図を拡大し、この超大国を統治してきた。刑罰を歪めることに何ら不思議はない。


 オレンも魔法は使えなくなったとはいえ、王族の一人だ。人並み以上の知識と剣術は心得ている。剣のほうは、あの体で使うのは難しいと思うが、それでも役に立てることはあるはずだ。


「まあ、どのみちあいつは長くない。それに、常時、体に苦痛を感じて血を流している。やつの贖罪だと思って、大目に見てくれないか?」


 俺とオレンの間では決着がついている。父がオレンをどうするかは俺の知ったことではない。だから怒りのようなものは感じなかった。


「何も異議はありません。ですが……」

「可哀想とか言うんじゃねえだろうな? あいつは、情けをかけるようなやつじゃない。あいつがさっき魔物を助けたのも、正義感とか魔物のためじゃねえ」


 リエナはバルパスに訊ねる。


「では、何故?」

「何故、弱者を助けるか分からないからだろう。あいつは父から、常に強者であれと教え込まれた。そして、弱者は強者の道具でしかないと信じていた。あの島に行って、自分が弱者になるまではな」


 バルパスは俺に顔を向けて続ける。


「そんな自分に、お前たちは手を差し伸べた。島に迎えてもいいと。生きてきた中で一番優しくされたと思ったはずだ」


 優しくされる、か……オレンの周りには常に取り巻きがいたが、言われてみれば誰かに助けられていたのは見たことがなかった。周りが何かをしたとしても、それはオレンにとっては当然だったのだろう。


 バルパスは煙草の煙を吹かしながら言う。


「皮肉なものだが、自分がすべてを失って、初めて自分が愚かだったと理解したんだよ。だが、何故お前たちが手を差し伸べてくれたかは、まだ理解できてないんだ」


 なぜそうしたかというのは、俺も説明ができるものじゃない。自然とそうするべきだと、今までもできる限り他者に手を差し伸べてきた。


「それで、ヒール様と同じようなことをしたのですね。自分も誰かを守れば、ヒール様を理解できるかもしれないと」

「理解できる日が来るかは分からないがな……一応は、血を分けた者同士、最期まで見届けてやるつもりだ」


 バルパスは煙草に火を点けると、皮肉っぽく言った。


「まあ、あいつよりはるかに手を汚してる俺が、偉そうに言うことじゃないがね」


 バルパスは、姿と足音を消すことができる紋章【宵闇】の持ち主。父の指示で多くの者を暗殺してきた。王国の不利益になるという理由だけで、善人悪人問わず多くの命を奪ってきたはずだ。


 俺はそのバルパスが先ほど、人手不足と口にしたことが気になった。


「兄上は、最近人手不足と仰いましたね。王国は平和そのものに見える……何か大きな問題が?」

「それはちっとお前さんにも話せねえよ。国家機密ってやつだぜ?」


 バルパスの言う通り、サンファレスのことを俺に話す義理はない。どんな国も常に何かしら問題は抱えているだろうし、聞いてどうするのかということもある。


 ならば、次はアリュブール商会とベッセル伯の長男エルセルドに関して聞いてみるか。レオードル領を狙っているかもしれない彼らの情報が欲しい。そして、あのノストル山の転移装置のことも気になる。


 しかし、バルパスが彼らと繋がっていることも考えられる。その場合、安易な問答はできない。


 ……ここは話さないでおくのも選択肢か?


 そんなことを考えていると、バルパスのほうから質問してきた。


「今度はこっちが聞く番だ。で、どういうつもりだ? 南の島からいきなり北のレオードル領でノストル山の賊を退治し、今度は王都にやってきた」

「深い意味はありません。旅の途中で立ち寄ったレオードル領が困っていたので、賊は退治しただけです」

「まあ、お前の性格なら放っておけないだろうな……お前たちなら、そんなに大変な相手でもなかっただろうし」


 島で俺たちの力を見たバルパスからすれば、ノストル山の賊なんて相手にならないと考えたのだろう。王家への反逆を企てるためレオードルに恩を売ったとか、下心で助けたとも思われてないようだ。


 また、ノストル山の転移装置については知らなかったのか、全く触れてこなかった。


 バルパスはそれを証明するようにノストル山の話は早々に切り上げ、再び訊ねる。


「旅と言ったが、レオードルに行く前にこの王都には立ち寄ったのか?」

「いえ、王都には行っていません。遠回りと思われるかもしれませんが、大陸東岸から直接レオードルに行きました」

「ふーん。しかし、またなんでレオードルなんかに……ああいや、そうか」


 バルパスは思い出すように言う。


「お前、あそこのリシュと昔仲が良かったもんな! 久々に見たらとても綺麗になっていたし……ああ、でも確かあの子には婚約の話が来てるとか。確かお相手はベッセル伯のところのエルセルドだったか」


 さすがというべきか。バルパスは昔の俺の交友関係まで把握していた。そして、まだ決まってもいない婚約の話も知っていた。その上、エルセルドのことも知っているらしい。


 そうすると、アリュブール商会のことも知っているだろうか?


 そう考えたが、バルパスはニヤニヤと俺を見る。


「残念だったな。あのエルセルドの色男っぷりには勝てねえよ」

「俺は別にリシュをどうしようなんて思っていません……」

「本当かねえ? まあ、顔はよくても性格までは分からんからな。お前の方が人がいいのは間違いないだろうし。まだ、可能性あるかもよ?」


 茶化してくるバルパス。腹立たしいが、エルセルドとは繋がりはなさそうだ。転移装置とアリュブール商会のことも知っている雰囲気ではない。


 このレオードルのことも重要でないのか、バルパスはすぐに次の質問を浴びせてくる。


「と、冗談はさておき……王都には何の用できた? 遊びか? 美人さんには困ってないようだが、店なら紹介できるぞ」


 その言葉に、リエナが「美人さんなんて」と頬を染める。


「ただ、父上と話したいと」

「……親父殿が恋しくなってとかじゃないよな?」

「まさか……もちろん大事な話です。急を要するわけではないですが」

「そうか。だが、残念なことに親父殿は今、王都にはいない」

「どこかに視察でも?」

「いいや。表向きには宮殿のどこかにいることになっている。お忍びだよ。俺もどこに行っているかは分からん。どっかの南の島に行く船に密航したり、ともかく神出鬼没だからな」


 「確かに」とリエナとフーレが呟く。


 父には、あの黒い瘴気のことを話しておきたかった。


 アランシアの惨状を見て、予言の日にある危機が迫っていると感じた。協力して立ち向かえないかと。頷いてくれなくても、危険だけは周知しておきたい。


「いつ帰ってくるかも不明でしょうか?」

「そうだな。一日で戻るときもあるし、何カ月もいないと思えば、急に後ろから、バルパスよ任務だ! ……とか言ってくることもある」

「なら、せめて行先だけでも……いや、行先を明かすような人でもないですね」


 俺が言うと、バルパスは頷いた。


「ああ。だから、王都で待つしかないだろう。もちろん、俺が会ったら、お前が会いたがっていたことは伝えておいてやる。ああ……用件は俺に伝えなくてもいい。これ以上、厄介ごとは抱えたくないんでね」


 バルパスはげんなりとした顔でため息を吐く。人手不足と言っていたし、何か面倒ごとを抱えているのかもしれない。父も、その件で動いている可能性がある。


「兄上もお忙しい。父上もきっとお忙しいのでしょう。そんな状況で、俺に会ってくれるでしょうか?」

「そこは安心しろ。ヒールがやってきたと言えば、必ずすぐに会うと言うはずだ。はるばる南から、しかもあれだけの戦力を持つシェオールの主が来たとなれば、ただ事じゃないって思うだろう」


 バルパスの言う通り、俺のことは気には留めてくれているはずだ。何せ予言のことは、父が俺に話したのだから。


「分かりました……それでは、しばらく王都で待ちます」

「おう。そうするといい。よければ、宿でも紹介しようか?」


 信用していないわけではないが、バルパスは裏仕事が専門だ。紹介した宿がバルパスの息がかかっていたら、盗聴される可能性もある。


「せっかくですが、自分たちで探してみようと思います。仲間に王都を案内したいですし」

「そうか。まあ、好きにすればいい。俺はだいたいこの酒場にいるから、何か用があれば来い。いなかったら、マスターに伝言を残してくれ」

「ありがとうございます、兄上」


 アリュブール商会やエルセルドについて聞こうか迷ったが、やはり黙っておくことにした。


 俺は席を立ち、バルパスにお辞儀した。


 そしてリエナたちと酒場を去ろうとした時、バルパスが声をかけてきた。


「おっと。そういや、宮殿にだけは行かないほうがいいぜ」

「父上と会えるまでは行く予定はありませんが、理由を伺っても?」

「兄上や姉上たちには、お前と島の話が漏れている。行ったら、まずお前を引き込もうとしてくるだろう」


 王族同士の派閥争い、か。シェオールに行く前、無能の俺は良くも悪くも蚊帳の外にいられた。


 しかし今行けば、争いに巻き込まれるというわけか。


「ご忠告、感謝します、兄上」

「ああ。何かあったら、ともかく俺のとこに来い。面倒ごとは勘弁だが、話は聞いてやる。ああ、もちろん俺はお前を引き込もうなんて考えちゃいないから安心しろ。 ……じゃあな」


 手を振るバルパス。真意は分からないが、シェオールのことを知っていることもあり、話しやすい相手であるのは確かだ。


 そんな中、一階のほうからカンカンという、酒場には少し似合わない音が響いた。


「ん? 誰か鐘でも鳴らしているのか? おい、飲みすぎだぞ!!」


 バルパスは一階を見下ろして言った。


 しかし一階の者たちは皆、ある男に顔を向けていた。


「あ、マッパだ」


 フーレの言う通り、一階には金槌を振るうマッパがいた。何か金属と木を使い、太い脚のようなものを作り上げていた。まるで本当に脚のように綺麗な形をしていた。


 周囲が何事だとざわつく中、マッパは出来上がった脚を運んでいく……オレンのほうへ。


 顔を上げるオレン。


「……何のつもりだ?」


 マッパはオレンの義足に目を向けた。先ほどのごろつきのせいで、義足は折れてしまっていた。


「いらない……僕にはこれで十分だ」


 オレンはそう言って俯く。


 しかし、マッパはそんなオレンの義足を取り外し、すぐに新しい義足に変えた。


 オレンは腕を組んだまま、その新たな義足を上げる。


「前よりも軽い……そして頑丈そうだ。いいのか?」


 マッパは満足そうな顔をして頷く。


「そうか……感謝する」


 オレンがそう言うと、マッパは少し悲しげな顔をしながらも、オレンの義足を叩いた。


「なんだあのおっさん……」

「かっこいい……」


 周囲がざわつく中、マッパは酒場の出口へと向かう。カウンターに金貨を置いて。


「ガキのくせに格好つけやがって……」


 バルパスはそう言うと、俺に言う。


「……まあ、おかげであいつを工房に背負ってく手間も省けた。これからこの酒場に来た時は食事や酒は俺につけろ。いいな?」

「ありがとうございます。ですが、マッパはよく食べますよ」

「酒じゃないなら、安いもんだ。それにあいつは怒らせないほうが良さそうだからな……」


 バルパスは苦笑いを浮かべる。マッパというよりは、マッチャの件で揉めるのが嫌なのだろう。


 その後、俺たちはマッパと合流し酒場を後にすることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術大学をクビになった支援魔術師←こちらの作品もよろしくお願いいたします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ