二十四話 島の理想を語っちゃいました!!
俺たちはコボルトたちの拘束を解いてから、事情を聴くことにした。
「なるほど……つまり、この子の親はその海戦で」
コボルトのアッシュは、沈痛な面持ちで頷いた。
昨日、この島に流れてきた遺体や船の残骸。
それらはやはり、コボルトとオークの戦いによってもたらされたものだった。
「敵の船は立派な軍船百隻……対して、こちらは急ごしらえの三十隻。とても戦いにはならず、あの船以外の全てを失う始末……」
それを補足するように、アッシュの弟ハイネが続けた。
「女王陛下はもはやこれまでと、自身も魔法で戦われました。しかし、まだ生まれて間もない若の命だけはと、魔法の箱にいれて兄貴と俺に託されたのです」
「だが、その我らの船も沈んで……」
「箱が、この島に流れ着いたってわけか」
俺の言葉に、アッシュとハイネは頷いた。
一方のコボルトの赤ちゃんは、不思議そうに俺の顔を見るだけ。
とすると、この子にとってアッシュとハイネは実質的な保護者と言えるか……
この子の親が、あとを託したのだから。
「ともかく、仲間が見つかってよかったよ」
俺は両手の上に赤ちゃんを乗せて、アッシュとハイネに歩み寄ろうとした。
「ほら、お前の仲間だぞ……って」
だが、赤ちゃんは再び俺の胸元に、もぞもぞと戻ってしまう。
そして上目遣いで「きゅうん……」と切なく鳴いた。
「困ったな……」
俺はアッシュたちに事情を話す。
「……俺が箱を開けたんだが、それから俺がいないと落ち着かなくなったみたいでさ」
アッシュとハイネは、まさかと顔を合わせる。
「ま、まさか……あれは我が女王陛下が施した魔法……開くわけが」
「だが兄貴、勝手に開くなんてもっとあり得ねえ……なによりさっきから俺は、あの方からとてつもない魔力を感じてるんだ…… 女王陛下以上……いや、認めたくないが、その何倍、何十倍……ありゃ、人間の皮を被ってるが、人間じゃねえよ」
俺は立派な人間だ!
……と言いたくもなったが、確かに魔力だけ見れば、もはや俺は人ではないのだろう。
アッシュは額から汗を流し、俺に顔を向けた。
「あの箱は……我が女王ノイア様が魔法で施錠されたものです。我がティベリス族のコボルトの殆どが、魔力が低く魔法を扱えない中で、唯一上位魔法を扱えるのが、ティベリス王の血筋……その魔法を解いてしまうとは……」
アッシュは何か意見を求めるように、ハイネやコボルトに顔を向けた。
それに応じるように、コボルトたちは強く頷く。
すると、アッシュは俺に再び向かい、深く頭を下げた。
「ヒール殿……勝手なお願いであることは承知の上、お頼み申す。どうか、若を育ててはいただけないでしょうか?」
「俺が……?」
「はい…… 女王陛下は自分の代わりに、魔法に優れた者に我が子を育ててもらいたいと仰いました。それに値するかどうかは、魔法の箱を開けられるかで分かるであろうと……」
それを聞いていた、エレヴァンが皮肉っぽく言った。
「けっ……随分勝手な親だな。魔法が使えたって、見返りなしに子供を引き受ける奴なんて、そうそういないと思うぜ」
「それは仰る通りです。故に、我がティベリス族に伝わる財宝の数々を、お願いの代価にお渡しするはずだったのですが……」
悔しそうにするアッシュに、俺は財宝がどうなったかを察する。
「それも海の底というわけか……」
「お恥ずかしい話ではございますが…… もちろん、我らの持つ全てをご自由にしていただいて構いません! 船は当然のこととして、我らの身を奴隷としても、毛皮としていただいて構いません!!」
アッシュが再び頭を下げると、他のコボルトたちも同じように深々と地面に額を擦り付けた。
困ったな……
俺としては、別に構わない。
というよりは、ここまで懐かれたうえに、彼らの境遇を聞けば親となっても良いと思う。
だが、ゴブリンの中には、仇敵の王の子と一緒に暮らすことに嫌悪感を抱く者もいるだろう。
特にエレヴァンは、さっきの話からするに子供が殺されているので、恨みもありそうだ。
どうすべきか……
俺は即答できなかった。
しかし、俺の隣に歩み出て、口を開く者が。
「……ヒール様。我らは、ヒール様の決定にただ従うのみ」
そう言葉を掛けてくれたのは、リエナだった。
「……リエナ」
「確かに我らベルダン族と、ティベリス族は数世紀にわたり争った仇敵同士です。しかし、それは過去の話。今や我らベルダン族は、ヒール様にお仕えする身です。どうか、ヒール様がお決めになってください」
リエナはそう言って、俺に跪いた。
その声に、バリスを始めとしたゴブリンが俺に跪く。
エレヴァンもぐっと堪え、俺に跪いた。
「……俺たちはヒール様がいなきゃ、今生きてねえ。それにこの島は、ヒール様のものだ。なんでも従いやす」
「エレヴァン……」
俺に決めろか……
父……サンファレス国王であれば、余の言うことが全てだ、とこの状況を歓迎したかもしれない。
だが、俺は一人で何かを決めたくないんだ。
皆の意見を聞いて……いや、俺が採掘以外で頭を悩ませたくないだけかもしれないが……
ただこの際、この島の基本方針を伝えても良いだろう。
住民が増えた今、この島にはちょっとした決まりやら理念が必要だ。
「皆、聞いてくれ。 ……俺はこの島に住みたいという者を拒むつもりはないし、去る者を留めるつもりもない。それに、この広い海で困る者がいたら助けてやりたい……俺自身が追放の果てに、この島に助けられたからな……」
俺はさらに続ける。
「俺にとっても、すでに大陸の決まりやしがらみは過去のものだ。この島では、大陸の全てが過去になった」
そもそも、サンファレス王国では、魔物が人の街に住むことは禁じられている。
こうやってゴブリンたちと一緒に住むこと自体、許されないことなのだ。
だが、ここは王国ではない。
いや、厳密には、王国領かもだが……まあ、こんなとこ誰も来ないでしょ……
それに、ここには面倒な王子王女の血なまぐさい派閥争いもない。
島暮らしは、非常に快適だ。
だから、恨みも同じように流せとは言えないが……
「……俺は赤ちゃんを含め、コボルトたちをこの島に迎えたいと思う。あのぼろぼろの船を修理するにしたって、しばらくはこの島にいる必要があるだろう?」
俺の声に、アッシュたちは目に涙を浮かべる。
そして再び、頭を下げる。
「……ヒール殿、我らはなんと申し上げれば…… ただただ、感謝申し上げます!」
この日、島に新たな領民が加わった。




