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二十一話 子犬拾っちゃいました!

 俺は堤防に打ち上げられたコボルトから手を放し、首を振った。


 回復魔法を掛けたが、反応がないのだ。


「こいつも駄目だ……シエル、運んでくれるか?」


 スライムのシエルは俺の声に、足のないコボルトの遺体を運んでいく。

 

「これで二十四名……」


 シエルの向かう先に寝かせられている遺体を見て、俺はそう呟いた。

 この島に流れついたオークとコボルトは皆、外傷が見受けられ、死んでいた。


 彼らの近くにはバリスがいて、何やら呪文のようなものを唱えて、慰霊してくれている。


 リエナが複雑そうな顔で、俺に頷く。


「多いですね。しかも皆、体に傷が……この近くで何か戦いがあったのでしょうか」

「木材の破片を見るに、そうだろうな。船同士の戦いだろう。でも、どうして……」


 戦うには何かしらの理由が有るはず。

 だがこの付近は、船が滅多に通らない海域。

 わざわざ陸で生活するオークとコボルトが、こんなところで戦う理由が分からない。


 生きていれば事情も聞けただろうが……


「いずれにせよ、近くに武装した集団がいるってことだ。警戒を強くしなくちゃいけないな……」


 そう考えると、ゴーレムを作っておいて良かったかもしれないな。

 仮にその武装集団がこの島を襲ってきても、すぐに対処できる。

 それに、巨体のゴーレムである一号の威圧感が、攻撃させようという気力を削ぐかもしれない。


 リエナは俺に答える。


「はい! 今、エレヴァンが腕の立つ者を選抜して、警備隊を増やそうとしています」

「そっか……俺も採掘の合間は、沿岸を歩いてみるよ。もしかしたら、まだ生きている奴が流れてくるかもしれないし」

「その際は、私もお供します」

「ありがとう、リエナ。じゃあ、俺たちも皆を手伝うとするか」


 俺は海を見渡す。

 遺体はもう見えないし、だいたいの漂流物はここに流れ着いたようだ。


 すでにゴブリンやケイブスパイダーが、堤防に流れ着いた漂流物を一か所に運び始めていた。

 俺たちもそれを手伝い、何か使えそうな物がないか探し始める。


 使えそうな木材もあるが、ほとんどはゴミ同然の木片ばかり。

 石炭と合わせて、火を得る為には使えるだろうが……


 俺も見て回るが、やはりあるのは木材や木片ばっかだった。


 隣を歩くリエナが、辺りを見ながら言った。


「……あまり使えそうな物はないですね」

「だな。そもそも、重い物は早々に沈んでいるんだろうけど……」

「何か作物の種があればと思ったのですが、残念です」


 俺たちが諦めかけたそんな時、


「……キューン」


 突如、か細い声が聞こえた。


 俺とリエナは顔を合わせた。


「リエナ、今何か言ったか?」

「いえ、私は……ヒール様こそ、何か仰いませんでしたか?」

「いや、俺じゃない……」


 俺は周囲を見渡す。

 だが、近場には誰もいなかった。


「……くぅん」


 しかし、声は確実に聞こえる。

 よく耳を澄まして、音が聞こえる方を探った。


 すると……


「……木箱?」


 目を止めた場所には、豪華な金細工が施された宝石箱が、打ち上げられていた。

 箱の大きさは人の頭より少し大きいぐらいか。

 

 そこから声が響いたのだ。

 そして、箱が小刻みに震えている気がした。


「あれだ!」


 俺はリエナと共に、宝石箱に向かった。

 そして箱を開けようとする。

 だが、力を込めても、全くびくともしない。


 リエナは首を傾げる。


「ヒール様、開かないのですか?」

「あ、ああ……全く開きそうもない」

「将軍をお呼びしましょうか? またはマッパさんか……」

「いや、多分二人でも無理だろう……何か特殊な仕掛けがあるのかもしれない」

「すると……魔法でしょうか?」


 俺はリエナに頷いた。


「ああ。多分、施錠の無属性魔法ロックだな。これを解くには、確か……ピックという魔法が必要だ」


 俺は宝石箱に手をかざし、無属性魔法ピックを放った。

 

 すると、先程まで固く閉ざされていた宝石箱が嘘のようにあっさり開く。


 と同時に、何かが飛び出してきた。


「わんっ!!」

「……うわっ!!」


 俺はとっさに、その飛び込んできた者を抱きかかえる。

 

 白くもふもふとした毛に、うるうるとした瞳……白い子犬のような生き物が、俺を見上げていた。


 子犬は俺の胸をその小さな腕で撫でたり、小さな舌でぺろぺろと舐める。


「……きゅん、きゅん」


 寂しげな鳴き声と、何かを求めるような上目遣い。

 俺は思わず、子犬の頭を撫でてやるのであった。


 リエナも突然のことに驚いたが、落ち着きを取り戻しこう呟く。


「こ、子犬?」

「みたいだな……でも、どうして宝石箱に?」


 俺は宝石箱の中身を見た。

 この子犬が包まれていたであろう白い布。

 そしてまだ食べられていない果物が入っていた。


 それ以外には何も見当たらない。

 

 宝石箱に目を取られていたその時、子犬は涙を流して泣き出す。


「ああっ、ごめん! よしよし……」


 俺は必死に胸の中で子犬をあやす。


 すると、子犬は落ち着きを取り戻すのであった。

 だが、まだ不安のようで震えていた。


 リエナは俺にこう言う。


「ヒール様。もしよろしければ、私がその子をあやしましょうか?」

「ああ、頼めるか?」


 俺はリエナに子犬を渡した。

 すると、リエナは慣れた様子で、子犬をあやし始める。

 

「よしよし……もう大丈夫ですからねー」

「……ワンっ」


 子犬は穏やかな顔になり、やがてゆっくりと眠ってしまった。


「助かったよ、リエナ……犬や赤ちゃんを抱っこしたことなくてさ」

「初めてでしたら、むしろお見事だと思いますよ。しかし、この子……」

「ああ……」


 子犬だが、ただの子犬ではないだろう。

 コボルトの死体が漂着した状況から察するに、この子犬はコボルトの赤ちゃん。


「……しばらくは俺たちが面倒みるしかないよな。でも……」


 ここのゴブリンたちは皆、コボルトと敵対関係にあったベルダン族の者。

 敵の赤ちゃんを見て、なんと言うだろうか。


「大丈夫です。過去に何が有ったとしても、赤ちゃんにはなんの罪も有りません。ゴブリンたちには、よく言い聞かせます」

「そうか……頼むよ、リエナ」

「はい、お任せください! それに小さい子をあやすのは慣れてますから」


 リエナは微笑みながら、子犬のお腹を優しくなでる。

 

 うん、素晴らしい。

 まるで女神像のような、慈愛を感じる。

 もう立派なお母さんみたいだ。


 こうして、この島に新たな住民がまた増えた。


 そしてこの子犬は、やがて新たな来客をこの島に呼ぶことになるのであった。

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