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二十話 何かが漂着しました!!

「ふう……一休みするか。フーレ、お前も休むか?」


 採掘を中断して、俺はフーレに声を掛けた。


「私はまだいいかな」


 フーレは首を横に振って、ピッケルを岩壁に振り下ろした。


 なんとしても昇魔石を手に入れて、進化したい一心なのだろう。

 ここ数日、フーレは休まず採掘に熱中している。


 採掘好き仲間ができたのは嬉しいが、一方で体の心配もある。


「そっか。でも、昼飯は必ず食べに戻ってこいよ。じゃなきゃ、お前のお父さんが……」

「……分かってる。あと一時間掘ったら戻るね」

「必ずだぞ?」

「大丈夫だって。姫様のご飯は美味しいから、忘れないって」

「それもそうだな。じゃ、先行ってるな」


 俺はそう言い残して、スライムのシエルと共に洞窟の入り口まで戻った。


 フーレだけじゃなく、ケイブスパイダーのタランたち他の魔物が採掘する音も響く。


 休憩については、皆各自自由にとっていいことになっていた。


 俺がいない間も、魔力を探知できるゴーレムが洞窟を警備してるから問題ない。

 何かがいれば、ゴーレムが採掘を止めるよう、鈴を鳴らしてくれる。

 鈴は、マッパに頼んで作ってもらったものでミスリル製。よく響く。


 なので、俺はなんの気兼ねなく休憩できるのだ!


 入り口まで戻ると、そこには老齢のゴブリン……バリスと、半裸のマッパがいた。


 バリスは深い皿に大きな貝を傾け、粘液を注いでいる。

 だが、俺に気が付いたのか、こちらに顔を向けた。


「おお、ヒール殿! お疲れ様です!」

「バリスもお疲れ様! いったい何作ってるんだ?」

「ふふ、気になりますかな?」


 バリスは小さく笑い、深い皿に入った粘液を見せつけてきた。


 なんだろう……バリスって確か、祈祷師だよな。

 薬だとか、詳しそうなイメージはあるが……


「ま、まさか、毒とか?」

「さすがはヒール殿! 不正解です!」

「だよね……」

「これはサタン貝の粘液です。いわゆる貝紫ですよ。通常の貝では採れる量はわずかですが、サタン貝は通常よりも多く貝紫が採れましてな」


 貝紫……確か、衣服を紫色に染める染料だ。

 とても貴重な物で、俺の父や兄弟など、王族の衣服に使われる染料だった。


「へえ、すごいな。染めるのに使うのか?」


 バリスはうんと頷いた。


「皆の衣服が白ばかりで、少し面白みがないと思いましてな。 ……それより、そんなにワシはあやしく見えますかな……?」

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ」

「いえいえ、ちょっとした冗談ですよ。まあ、毒は多少は作れますがのう」


 ふふっと笑うバリスに、俺はほっとする。

 

 俺は見逃さなかったが、バリスの隙をついて、隣のマッパが皿の粘液を指で絡めとった。

 マッパはそれを興味深そうに見た後、一舐めしてみる。


「それにサタン貝の粘液は、加工次第では毒になります。あっ……」


 バリスが気が付いた時は遅かった。

 マッパはばたんと倒れる。


「へえ……ああ、魔法で治すから気にしないで」


 俺はマッパに回復魔法を掛けてやった。


 しかし、バリスが博識だというのは知っていたが、毒を作れるということは薬も作れるということだろうか。


 この機会だ。気になっていたことを訊ねよう。


「バリスは祈祷師だったよな。紋章は持っていたのか?」

「ワシですか? ワシの紋章は……【魔導王】ですよ」

「【魔導王】だって?!」


 思わず声を上げてしまった。


 【魔導王】……これを持つ者は、自分の魔力を増大させることができる。また、習得の困難な上位魔法を軽々と扱え、組み合わせることで強力な魔法を作れるという強力な紋章だった。

 

 サンファレス王国でこれを持つ者は、七人ほどと言われている。

 俺の兄弟では一人だけ。

 確か、妹の第十三王女メリアだけだ。


 だけど、バリスはゴブリンだ……


「ご存知でしたか」

「知ってるなんてもんじゃない……紋章を判別する神官が、大騒ぎするような紋章だ。幼少から魔法大学に通うには、これがないと駄目だとも言われている」

「人間であれば、そうなのですな……だが、ワシは見ての通り、ゴブリン。元々魔力など持ち合わせておりません。故に、全く意味のない紋章だったのですよ」

「……」


 どう返答して良いか分からなかった。


 俺も洞窟に入るまでは全く意味がないとされた紋章、【洞窟王】をもって生まれた。

 しかし、バリスの場合はもっと悲惨だ。


 バリスは自嘲気味に続ける。


「なんという運命のいたずらかと、神々を呪いたくなりました。しかし、若いころのワシは、そんなものは努力で乗り切れると、魔法を使えるよう頑張ったものです……今思えば、なんとも滑稽でしたが」


 ふふっと笑うバリスは、どこか寂しげであった。


 俺はこの前、元々ゴブリンであったリエナが昇魔石を使い、今の人間のような姿になったのを思い出した。


 あの時、リエナの寿命のことがなかったら、バリスは昇魔石を使いたいと言ってたかもしれない……


「まあ、あの頃の猛勉強のおかげで、知識の求められる祈祷師になれたのです。全くの無駄ではございませんでしたよ」

「そっか。だけど、昇魔石が有れば……魔法を使えるようになるかもしれないぞ」

「ありがたいお話ですな。しかし、ワシはもう結構です。使いたくないと言えば嘘にはなりますが、十分生きましたから」

「……でも、大量に手に入ったら、どうかな?」

「その時は……是非、お言葉に甘えるとしましょう!」


 バリスは笑って答えてくれた。

 話半分という感じで、本当に期待はしてないようだった。


「そういえば、リエナの紋章は知ってるか?」

「姫は……【百姓】ですよ。農作業などしない王族の中で、唯一畑いじりをさせられておりました」

「へえ。だからか、畑を作るのが上手いもんな」


 俺は、畑で楽しそうに水やりをしてるリエナを見る。

 ふふんと鼻歌交じりで、なんとも可愛らしい。


 【百姓】は作物の成長を速めたり、より大きく成長させられるという。

 目に見える効果は、ほとんどないが。


「王族には必要ないと思われていた紋章ですが、今こうして役に立っております。神々は姫のためを思って、あの紋章をお与えになったのかもしれませんのう」

「そうかもな……」


 神々など信じてはいない。

 だが、【洞窟王】は、結果として俺を救った。 

 でも、それだとバリスは、あまりにも酷じゃないか?


 バリスは再び、貝から粘液を取り出し始めた。

 その時、


「大将っ!!! 大変だぁっ!!」


 血相を変えたエレヴァンが、埋立地の奥側から叫んだ。


「どうした、エレヴァン?!」


 俺も精一杯叫ぶも、聞こえてないようだ。

 しかし、エレヴァンが「とにかく来てくれ!!」と叫ぶので、俺はバリスと共に、埋立地に向かうのであった。

 シエルには、ぐうぐうと寝息を立てるマッパを任せて。


 埋立地の沖側の方には、警備隊のゴーレムやゴブリンが集まっていた。

 どうやら、何かが緩やかになっている堤防部分に流れ着いたらしい。


 俺も走ってそちらに向かうと、エレヴァンが手を振る。


「大将! 見てくれ!」

「何か漂着したのか? ……これは?!」


 堤防に流れ着いていたのは、茶緑色の肌の巨人。


 エレヴァンよりも大きな体躯の彼は、目をかっと見開いて息絶えていた。

 片腕はなくなっており、胸の革鎧には大きなひびが入っている。


「お、オークがどうしてこんなところに……」


 ゴブリンの一体が怯えるように言った。

 

 この死体は、確かにオークのものだろう。


 人間よりもたくましい体。

 猪のように口から生える牙と、大きな鼻が目立つ。

 俺も本でしか見たことがないが、勇猛果敢で知られ、最近ではサンファレス王国の国境で勢力を伸ばしているのを聞いた。

 

 確か……リエナたちゴブリンの故郷は、オークに焼き払われたんだったな。

 怯えている者は、彼らの恐ろしさをよく知ってるからだろう。


「バカヤローっ! 死体相手に、怯えるんじゃない!!」

「へ、へい……」


 エレヴァンの声に、ゴブリンたちは落ち着きを取り戻した。

 すると、ゴブリンの一体が皆に呼びかける。


「へ……良いざまだ!! 皆で蹴りいれてやろうぜ!!」

「ああ、故郷を焼かれたお返しだ!」


 ゴブリンたちは一気に勢い付き、オークに向かった。


 エレヴァンもバリスも複雑な顔をするが、それを止めはしない。

 それだけ、オークに対する恨みが深いのだろう。


 だが、何者の死体であろうと、それを蹴るなんて俺は見てられない……


「待て! さすがに死体蹴りは!」

 

 俺のその命令に同調するように、後ろから凛とした張りのある声が響いた。


「待ちなさい! 誰の許しがあって、勝手なことをするのです?!」


 俺もゴブリンも、皆振り返る。

 そこにはリエナがいた。


 リエナがこうも顔を怒らせるのを見たことがないので、俺は少し驚いた。


「だいたい、もう死んだ者を蹴ったところでなんになると言うのです?! 情けないと思わないのですか?!」


 ゴブリンの一体が、それに反論する。


「し、しかし姫! こいつらは俺たちの一族の死体を……王の体を見せしめにしたじゃないですか!」

「……だからといって、私たちが同じことをしていいわけではありません。何よりも、この島に流れ着いた者の処遇は、主であるヒール様が決めることです」

「で、でも……」

「私たちはいったいどなたのおかげで、今日までこの島で生きてこられたと思っているのですか?! ヒール様がいなくては、今頃海の藻屑だったのですよ!」


 リエナの声に、ゴブリンたちは握っていた拳を緩めた。

 悔しそうな顔をするも、うんと頷き始めたのだ。


 リエナは俺に跪く。


「ヒール様、大変失礼いたしました……」

「いや……ありがとう、リエナ」


 俺は威厳がないからな…… 

 ゴブリンの実質的なリーダーであるリエナの声は、彼らにとって何より大きいはずだ。


「皆、俺もリエナの言葉に賛成だ。どう思う?」


 そう言うと、ゴブリンたちは皆賛同するように頷いてくれた。

 

「皆、ありがとう。バリス、彼らの慰霊を頼めるか?」


 バリスは力強く頷く。

 

「ヒール殿がお望みとあらば、誠心誠意、神々に彼らの安息を祈りましょうぞ」

「ありがとう、バリス。俺も一緒に……うん?」


 俺は沖に浮かぶ無数の物体に気が付く。


 その時、少し遠くからも声が上がった。


「こっちにも死体が流れ着いたぞ!!」


 そう叫んだゴブリンのいる堤防部分に、俺たちは向かう。


 そこには、犬や狼のような頭に、人間のような四肢を持つ生き物がいた。

 全身は白い毛で覆わており、こちらも着ている革の鎧に傷がついていた。

 胸には深い傷があって、既に死んでいる。


 エレヴァンは額の汗を拭う。


「……こいつらは、コボルトですぜ。俺らゴブリンの天敵でもあり、オークとも戦っておりやした」

「すると……この近くで戦いが?」


 俺は沖にもう一度目を移した。

 遠くでは確かに、何か煙のようなものも見える。


 このしばらく後も、死体や武具、船の残骸などが堤防に流れ着くのであった。

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