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私が自由になるための

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/11

お金より時間が欲しい、という人がいる。

その言葉を聞くたびに、少しだけ首を傾げてしまう。


時間が欲しいのなら、お金を手に入れればいい。

そう思ってしまう自分は、たぶん優しくない。


お金があれば、やらなくていいことが増える。

行かなくていい場所、会わなくていい人、我慢しなくていい選択。

それらを一つずつ消していった先に、自然と空白の時間が生まれる。

それを人は自由と呼ぶのではないか、と考える。


僕たちは生活のために働いている、という顔をするけれど、

正直なところ、その生活は生き延びるためだけのものではない。

好きな音楽を聴くためで、

美味しいものを食べるためで、

何も考えずに夜更かしするためで、

意味もなく散歩するためのものだ。


それら全部のために、毎週五日を差し出す。

朝起きて、電車に揺られて、画面を見つめて、

帰ってきた頃には、もう何かを始める気力は残っていない。

残った時間は、回復のための時間でしかない。


時間が欲しい、と言う人の多くは、

実際には時間の使い方を失っているように見える。

空白が怖いのだと思う。

何もしなくていい状態に、耐えられない。


もし一生分のお金が、ある日突然手に入ったら。

働く理由が消えて、

平日の朝も、月曜日も、締切も、上司も、全部消えたら。

そのとき初めて、人は本当に時間と向き合うことになる。


何をしてもいい時間。

何もしなくてもいい時間。

それは自由であると同時に、残酷だ。


時間が欲しいと言いながら、

その時間に何をするかを、誰も教えてくれない。

だからみんな、お金より時間が欲しいと言いつつ、

今日も時間を売って生きている。


僕は思う。

お金は、時間を買うための道具だ。

そして時間は、何者にもならずにいられる、唯一の贅沢だ。


どちらが欲しいか、という問いは、たぶん間違っている。

本当はただ、

自分の人生を、他人の都合で切り刻まれたくないだけなのだ。


それを口にすると、少しだけ怖いから、

人は代わりに、時間が欲しい、と言う。

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