表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当にあった(かもしれない、ある意味)怖い話 その16 女子高生  作者: こますけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

「本当にあったかもしれない」部分

 「おかしい」と気がついたのは改札を出て、大通りを過ぎたあたりだった。

 いつもならそのあたりで人通りはぱったりとなくなり、道を歩いているのは俺の他、似たようなサラリーマンがせいぜい2、3人というところになる。その寂しい道を、自分のによく似た他人のコツコツという足音に耳をすましつつ、束の間孤独にひたりながら、黙然と歩いて帰るのが、ひそかな俺の楽しみなのだ。

 だが、今日に限って、足音が妙に乱れたリズムを刻むし、背中がなんだか変にむずむずする。

 気になって、ちらりと後ろをふり返ってみると、制服姿の女子高生が――真っ黒な髪を肩までの長さのボブ――というよりはっきりおかっぱ――に揃え、ぱつんと切った前髪で眉毛をすっかり覆い隠し、目をかっと見開いて正面にいる俺をにらみ据えたまま、無表情でコツコツと歩く、何やら少々無気味な少女が、俺のすぐ後ろを歩いている。

 あ、あれ……女子高生?おかしいな、こんな時間に……。

 すっかり日は落ちているとはいえ、まだ時刻は午後8時を過ぎたばかりである。部活や何かの都合で遅くなった学生が歩いていても、おかしくはない。ましてや俺の家のすぐそばには創立百年だか百二十年だかとかいう女子校もある。文化祭や何かの発表会などのイベント直前には、午後9時10時まで居残って作業や練習に励んでいたとおぼしき学生の声が、表の道から響いてきたりもする。

 だが、そういった子達は、学校から駅へ向かう方向へ歩いて行く。逆に、俺と同じ方向へ歩いて行くとなると……。

 家へ帰る途中か?けど、この時間、女子高生なんてほとんど見かけないぞ。部活帰りや塾帰りの子はもっと遅い時間になるし、それに、今時セーラー服が制服の学校なんて、この辺にあったっけ……?

 もう一度ちらりとふり返ってみると、いつの間に、どこから湧いて出たのか、同じ制服、同じ髪型で同じように眉毛を隠し、無表情のまま目をかっと見開いて前方を見据えている少女がもう一人、先ほどの少女と肩を並べて、コツコツと歩いている。

 俺はぎょっとして、いきなり早くなった鼓動を静めつつ、少々足を速めた。

 いやいやいやいや、おかしいおかしい!さっきまで確かに一人だったのが、二人に増えるって!しかもなんで、俺のすぐ後ろを歩いてるのよ!

 背中が妙に熱を持ち、じっとりと汗ばんでくる。息が少し弾み、首がシャツの襟とこすれてかゆい。

 だがまあ、これだけ足を速めたら、もうついてきてないだろ。まさか、有名人でもあるまいし、俺の後を見知らぬ女子高生がついてくるはずないし。たまたま帰りの方向が一緒になっただけの小娘たちに、少々過剰反応したかな……

 無事に距離を取れたであろう安心感からか、もう一人がどこからどうやって湧き出したのか、などという疑問はすっかり忘れ去り、俺は、ネクタイと頬をゆるめつつ、背後にちらりと余裕の笑みを含んだ視線を向けた。

 と、どうだ。

 先ほどまでのペーストの違いから考えて、女子高生は遙か数十メートル後ろを歩いているはずだったのに、あにはやらんや、俺のすぐ後ろ、わずか2、3メートルほどのところを、先ほどと全く同じ無表情のまま、すたすたと歩いている。

 しかも、女子高生は四人に増えていた。

「はぁうっ!?」

 驚愕のあまり、思わず俺は声をあげていた。

 さらに足を速め、もはや小走りに近い速度で必死に道を急ぐ。

 間違いない、あのセーラー服集団、なぜだか分からないけど、俺の後をつけてきてやがる!

 いや、別に後をつけられたところで実害があるわけではないが、とにかく無気味だ。無気味すぎる!

 そうだ、警察!警察に電話して……。

 そう思いかけて、思わず首を振る。

 いや、だめだ。一体どう連絡するんだよ。女子高生に追いかけられています、しかも、知らないうちにだんだん人数が増えています、お願いですから助けてください?絶対本気にされない、いたずら電話って思われるに決まってる!「アハハ、それは大変だね、だめだよ、あまり若い女の子泣かしちゃ」とか言われて、そのまま切られるのがいいとこだ……。

 内ポケットから取り出しかけたスマホをから手を放すと、俺は決然と前を見据え、ひたすら先を急ぐことにした。

 とにかく、早く家に帰ろう!そのまま戸締まりしてじっとしてりゃ、そのうちいなくなるに決まってる!それでもまだうろうろしてるようなら、その時こそ警察に電話だ!

 家に帰れば、家に帰り着きさえすればなんとかなる、それだけを頼みの綱に、俺はズボンからシャツの裾がはみ出るのにも構わず、ひたすら足を速め続けた。

 だが、ああ、なんということだ。

 もう後五十メートルほど直進し、右へ折れれば家までたどり着く、というところまでやってきたところで、道のり半ばほどにある角を曲がって、セーラー服のおかっぱ女子高生が八人、整然と二列縦隊を作り、かっと見開いた目で俺を見つめながら、こちらへ直進してくるではないか!

「はあやうううわ、わあああ!」

 声にならない声を出しつつ、俺はすぐ手前の角を左折し、家とは逆方向へ進まざるを得なかった。

 曲がり角で一瞬振り向いて確認すると、後をついてきていた女子高生もいつの間にか八人に増えており、直進してきたもう一隊と合流すると、四列×四人のきれいな隊列となって、相変わらず一定の距離を保ちながら、ひたひたと俺の後をつけてくる。

 なんだよ!一体どうなっているんだ!

 恐怖のあまり、半ば怒り狂った、半ば悲鳴のような声を上げながら、なおも俺は速度を上げ、夜道を疾走しはじめた。

 日頃の運動不足がたたって、たちまち脇腹にきりきりと痛みが走り、足が鉛のように重くなってくる。

 が、あんなわけの分からない連中に捕まったら、という恐怖の方が先に立ち、必死で痛みをこらえ、ぜいぜいとあごを出しながら、それでもなお走り続ける。

 途中、少しでも家に近づく道へ入ろうとすると、見透かしたようにそこから数人の女子高生が現れ、こちらに迫ってくる。そのたび悲鳴を上げてたたらを踏み、体を返して違うルートへ入る……というのを繰り返しているうち、いつしか後ろから追いかけてくる女子高生の群れは30人を超え、俺は家からかなり離れた大きめの公園へと迷い込んでいた。

 追いつめられた!?いや、逆に考えろ!ここなら隠れ場所も多いし、ひょっとしたら……!

 最後の力を振り絞ってギアをトップに入れ、いきなり速度を上げると、俺はジョギング中の中年のオッサンを驚かすほどの勢いで公園内の舗装道を駆け抜け、街灯の途切れた隙間にあるベンチの下に、膝がこすれるのも構わずもぐり込んだ。

 犬猫のトイレにでもなっているのか、むっと小便臭い草むらに顔を横たえ、ともすれば荒くなる息を必死で殺していると、紺の膝下プリーツスカートに白靴下、黒のローファーを身にまとった脚が2、3人ずつ、一定の間隔を空けて通り過ぎていくのが、狭いすき間越しに見てとれる。

 どうやら女子高生たち、小部隊に別れて見失った俺を捜索しているらしい。

 まずいな。このままここでずっと隠れているわけにもいかないし、なんとか家に向かわないと……。

 息が整い、目の前を白靴下をはいた四本の脚が通過したところで、俺は思いきってベンチの向こう側に這いだし、そのままゴキブリのようにかさかさと、五メートルばかり離れた木立の中へと這い進んだ。

 太いケヤキの後ろに身を隠し、そのまましばらく、身じろぎもせずに様子をうかがう。

 よし。どうやら見つからなかったらしい。

 そのまま腰をかがめ、身を低くして公園の木立を横切り、外周を走る道路へと向かう。

 ようやく街灯の輝きが目に入るところまでやってくると、やはりというか案の定というか、四人組になった女子高生が、すぐ目の下を定期的に通り過ぎていく。この公園の木立は、一メートルほど土を盛りあげ、土手のようにした上に植えられており、かがんだ状態でその植樹区域にひそんでいると、道路をパトロールしている女子高生たちを二十センチほど上から見下ろす格好になるのである。

 道路を渡って数メートル向こうは民家だ。幸い門は開いてるし、あの塀伝いに庭を抜けていけば、我が家に近づけるはず……。

 俺は必死で、頭を絞った。

 目の前にある灌木を避けて、その向こうの低いフェンスを乗りこえ、道路に飛び降りて全力で塀の向こうへ。所要時間は多分、数秒から十数秒。ヤツらの一隊が向こうの角を曲がり、他の一隊がこちらの角に姿を現すまでの時間が、約20秒。よし、いける!

 前方の女子高生が角を曲がった瞬間、俺は立ち上がり、灌木のすき間を無理矢理通り抜けて、フェンスの上枠をつかんだ。そのままひらりと金網を乗りこえるはずだったのだが、日頃の運動不足で突き出た下腹と、先ほどの疾走で疲れていた脚の筋肉と、三十路に入って思った以上に衰えていた反射神経とが災いし、左のつま先が上枠に突っかかり、あっと思う間もなく、そのまま垂直落下。股間をしたたかに上枠に打ちつけ、とてつもない痛みにあやうく声を上げそうになるのをなんとかこらえ、もだえながら再び灌木のすき間に入り込む。

 それからしばらく、低くうめきながら背中を丸め、地面をのたうち回る羽目になった。 ようやく痛みが引いてきたところで、俺は目に浮かんでいだ涙をぬぐい、再び「公園脱出」にチャレンジした。

 灌木のすき間を走り抜け、フェンスに片手をついて、今度はおとなしく、やや内股気味でまず片足、そしてもう片足と、丁寧に金網をまたぎこすと、一目散に道路に飛び降り、無事向かいの家の塀の陰にこそこそと逃げ込んだのだった。


 そこからの道のりも、まあまあ散々だった。

 我が家の方向へと向かう主な道は女子高生たちがパトロールしている。なので、ルートは自然、他人の家の敷地を通り抜けたり、狭い路地や家のすき間を通り抜けたり、ということになる。が、ただ通り抜けるだけとはいえ、他人様の家の敷地に足を踏み入れれば明らかに不法侵入である。庭を抜き足差し足で歩いたり、塀を乗りこえたりしているところを見つかりでもすれば、ただではすまない。そちらの方の危険も避けるため、なるべく住民に見つからぬよう、壁際の、窓より低いところを腰をかがめて通るよう心がけ、どうしても庭を抜けなければならないときは、壁に肩をくっつけ、地面に這いつくばって、ゆっくりと這い進んだ。おかげでスーツもシャツも泥まみれ、靴下の中にまで枯れ葉かなにかが入ったのか、むずむずしてたまらない。

 ある家の敷地に侵入したときなど、庭に入るなり、昨今珍しく放し飼いにされていた大型犬に嗅ぎつけられた。足音高く俺の目の前にやってきたヤツは――犬小屋にかけられた名札によると、「チャッピー」という名前らしい。このかわいらしさのカケラもない、獰猛一辺倒のボクサー犬の、どこがチャッピーだ――剣呑な目つきでうーうー低くうなりながら牙をむき出し、今にも噛みつかんと俺を威嚇してくる。

 その「チャッピー」に向かい、

「よしよしチャッピー、俺は怪しくないよ、ものすごくや怪しく見えるともうけど、でも、全然怪しくないからね、だからチャッピー、落ち着いて、ね?」

などと必死で猫なで声――犬なだめ声?――を出しながら、ようやくの思いでそのAから脱出したのである。

 あの時ほど生きた心地がしなかったことはないし、自分を犬好きに育ててくれた両親に感謝したこともなかった。

 それからまた、路地や壁と壁の間を通り抜けるのも、それはそれで大変だった。

 ふたのない排水溝の縁にかろうじてつま先をのせ、下によどむ臭い液体に落下しないよう、そろりそろりとつま先で歩いたり――それだけ気をつけてもやっぱり足をすべらせ、おかげで右足首から下にはくさったヘドロがべったりと貼り付き、年季の入ったゴミ捨て場のような悪臭を放つ状態となった――塀の上を歩いていた野良猫の興味を引いてしまったのか、頭の上に飛び乗られ、散々頭皮を引っかかれたりもした。

 そのような苦難をいくつも重ね、普段ならば15分もあれば余裕でたどり着ける道のりを1時間以上かけて踏破し、後十数メートルで我が家だ、というところにまでようやくたどり着いたところで、俺は絶望した。

 通る先々で道をパトロールしていたはずの女子高生軍団がいつの間にか集結し、我が家の周囲をマイムマイムでも踊るかのように取り囲み、ひたひたと歩いていたのである。

 どうやら敵にはかなり優秀な司令官がいるらしい。公園から俺がうまいこと脱出したと分かるやいなや、部隊を再編成して道路のパトロールにあたり、それをも出し抜いたと知るやいなや、兵員全てに召集をかけ、最終目的地である我が家周辺に再集結させ、堅固な最終防衛線を形成したに違いない。

 それにしても、あの数はなんだ!さっきよりもっと増えてないか?

 皆が皆同じ姿なので判別しにくいけれど、中に一人だけ突出して背の高いのが混じっていたので、それを手がかりになんとか数を数えてみる。と、30人ほどしかいなかったのが今はさらに数が増え、優に50人を超えてきている。

 ちきしょう、ヤツら、みんな暇人かよ!それとも、部活やら塾やらが終わって、合流してきたのがいやがるのか?

 もっと早くに家までたどり着いておくんだったと歯がみして悔しがったが、今さらどうしようもない。こうなっては、下水道にでも潜らない限り、この防衛線をステルスで突破するのは無理だ(そして下水道からうちのトイレへ通じているはずのパイプを通り抜けることだけは――たとえ通り抜けられるだけの直径があっても――絶対に避けたい)。

 いったん道路の曲がり角まで退き、はしごかなんかを使って上へと向かい、そこから屋根伝いに我が家へ向かうことも考えた。が、昨今の厳しい建築基準のせいで、隣近所の屋根と屋根とは、優に二メートルは離れている。なんとか跳び越えられない距離ではないが、もし万が一足をすべらせたら……。

 フェンスの上に落下したときには、しばらくの間悶絶する程度でなんとかなった(いや、それでも十分すぎる苦痛だったが)。だが、屋根からの落下となれば、それでは済むまい。おそらく、よくて数ヶ月の入院コース、当たり所が悪ければ、一生涯不自由な体になったり、あえなくカラスのエサになったりということだって、十分考えられる。

 もはやこれまで。後は、強行突破あるのみだ。

 だが、やみくもに突撃をかけては、あえなくとっ捕まってしまうのが落ちだ。そして、ひとたびあの無気味な女子高生どもの手中に落ちれば、一体なにをされるか分かったもんじゃない。

 なんとか捕まることなく、安全地帯に逃げ込む方法はないか。

 女子高生たちの手をかいくぐり、あのなつかしい我が家の扉をくぐる方法はないか。

 必死で頭を働かせるうち、たった一つ、これなら、という方法を思いついた。

 けど、これは諸刃の剣だ。うまくヤツらを撃退できる可能性大だが、その代わり、俺の社会的生命も危険にさらされることになる……。

 だが、どうやら他に方法はない。

 俺は覚悟を決め、深々とため息をつくと、決然とベルトを外し、ズボンを脱ぎはじめたのである。


 折しも、月が昇り、点々と立ち並ぶ街灯とともに、俺の家へと続く道を、明々と照らしはじめた。

 その光を受けて長く伸びるご近所の家の影を伝い、俺は道の真ん中まで這い進み、そこで、うっそりと立ち上がる。

 ぞろぞろと無言の行進を続けていた無数のおかっぱ女子高生の一人が突然立ち止まったかと思うと、ゆっくり、俺を指さした。

 途端に、他のヤツらもぴたりと足を止め、皆一斉に頬まで裂けるかのような笑みを浮かべると、両手を前に突き出し、ひたひたひたひたとこちらへ突進してくる。

 それを見届けたところで、俺はおもむろにワイシャツをたくし上げてトランクスに手をかけ、一気にずり下ろした。

 それがあまりに想定外だったのか、女子高生たちは笑顔をこわばらせたまま、一斉に立ち止まる。

 俺は、ゆっくりとトランクスから右足を、そして左足を引き抜くと、再びワイシャツに両手をかけて一気にボタンを引きちぎり、上半身から下半身までを丸出しにした。

 前方からの「ひっ!」と息を呑む声を心地よく耳にした後で、顔一杯に笑身を浮かべ……俺は、「うっひょおおおおおお……!」と雄叫びを上げながら、片手に持ったトランクスをビュンビュンと振り回しつつ、がに股でヤツらの群れに向かって爆走し始めた。

「ぎゃああああ!」

「うげええええ!」

「ぶぎょおおおお!」

 汚い悲鳴を口々に上げながら二、三歩後じさりしたかと思うと、女子高生たちはくるりと後ろを向いて、ばらばらと逃げはじめる。

 よし、うまくいった!

 今まで追いかけ回された恨みを晴らさんと、ここぞとばかり、

「ほーれほれほれほれほれ!」

などと叫びながら、調子に乗って女子高生を追いかけ回す。まさしく変態そのもの、家のすぐそばであんなことして、もし通報でもされてたら間違いなく身の破滅だったのだが、その時は逆襲できたうれしさに浮かれまくっていたせいで、そんなことは脳裏をよぎりもしない。ただただ嬉々として、股間の一物をぶらんぶらんさせつつ、俺はひたすら、ヤツらの後を追ったのである。

 と、それで無事に家までたどり着けたらよかったのだが、中には強者――好き者?――がいて、逃げるどころか、うっとりとした笑顔を浮かべ、両手を差し伸べたまま、逆にこちらへ――それも驚いたことに股間めがけて突進してくる。

 逃げる者はいいかげん逃げ散り、周囲はいつの間にか、こちらに手を差し伸べ、捕まえよう、なでさすろうとする者ばかり。そいつらがのばしてくる手をトランクスでひっぱたき、絡め取っては投げ捨て、俺は最後の数メートルを必死の思いで駆け抜けた。

 ようやくの思いでなつかしい我が家の扉をくぐり、なおすき間から伸びてくる手を叩いたり払ったりなめたりくすぐったりして、ようやくの思いで撃退。震える指先でがちゃがちゃと施錠し、チェーンをかけ、ついでに下足箱をよいしょと動かしてバリケードを築きなどしているところへ、背後から声がかかった。

「あら、お帰りなさい。遅かったけど、なにかあったの?」

 聞き慣れた妻の声にほっとしながら、俺は後ろもを振り向きもせず叫んだ。

「なにかあったじゃない!大変だったんだ!」

「大変?なにが?」

「いいから、なんかつっかい棒になるもの持ってきてくれ!それから、そうだ、包丁!ヤツらが入ってきたときのために、包丁だ!早く!」

 扉の覗き穴に片目を当て、外の様子をうかがってみたが、おかしなことにそこには誰一人として不審者は映らない。全員逃げ散ったか、とも思ったが、いや分からんぞ、油断させるために壁際に貼り付き、姿を見られないようにしているだけかもしれん、とすぐに思い直す。

「どうした?包丁だよ包丁!早く!」

「包丁って、そんなものどうするの?それにそんな格好で、一体なにがあったっていうのよ!?」

 あくまでおっとりしたその口調にいいかげんいらいらして、俺は、

「だから、一大事なんだよ!どこの誰だか知らないけれど、見知らぬ女子高生がたくさん……」

と言いつつ、ふり返り……言葉を失った。

 セーラー服に白靴下、肩の長さのおかっぱ。ぱつんと切った前髪で隠れされた眉の下、黒々としたアイラインで強調された目と、そして、真っ赤な唇。

 そこには、今の今まで俺を追いかけ回して女子高生が立ち、無表情のまま目を見開いて俺を凝視していたのである。

 その顔が不意に変化し、頬まで裂けるほどの笑みを浮かべるのを目にしたところで、俺はじゃあじゃあと小便を漏らしながら、ぐるりと白目をむき、気絶した。



前半部分投稿。後半部分は来週月曜投稿予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ