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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第2章 異世界の街へ

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第15話 鹿

「ミア、前のダークディアは魔石はなかったんだよな?」

「そうだな」

「解体がてら、こいつについても確かめてくれるか? ソフィアは周囲の警戒を頼む」


 2人に後を任せて考えに集中する。

 出てきた鹿の種類は違ったが、その動きはほぼ同じだった。出現後しばらく俺を見つめ、不思議そうにしながら周囲を見回す。

 そして再び俺を見つめるとその瞳が黒から赤に変わり、攻撃態勢に入った。その攻撃対象は今回はミアだったが、前回は俺しかいなかったから俺に向かってきたのか?


「そもそもどうやって生き物を創造しているんだ? いや、他の場所で生息しているものを瞬間移動させたという可能性もあるのか。どちらも非現実的であるのは変わらないが」


 前回も考えたもののなぜ鹿が出現したのか答えは出なかった。今回思いついた転移させた説にしても、なんで魔石がなくなっているのかの理由に説明はつかない。

 とりあえずこの疑問に対する答えは保留しておくとして、不可解なのは鹿の挙動だ。


 普通にモンスターを呼び出すカードというだけであれば、出現した瞬間に俺たちを襲ってくるはずだ。

 しかし攻撃性が高いという今回のファイヤーディアについても、しばらくの間周囲を見回したりするだけで攻撃する様子は全くなかった。

 変わるのは赤い目に変わってから。この時間の猶予はなんなんだ?


「ピクト、やはり魔石はないようだ」


 ファイヤーディアの腹を掻っ捌いて、内臓を取り出し終えたミアがそう報告してくる。

 無限肉生産ができないだろうことは前回のダークディアでわかっていたのでがっかりはしない。


「これで呼び出した鹿に魔石がない確率はかなり高まったな」


 魔法で水を出しながらファイヤーディアの解体を手早く進めていくミアを眺めながら、首をひねる。


「そもそもこいつはモンスターなのか?」


 ソフィアに聞いた話では、魔石を持つ生き物のことを総称してモンスターというらしい。

 出てくる鹿の姿は、モンスターの姿と同じということだが、それが完全に一致しているとは言えない。そもそも魔石がないわけだしな。

 あー、ダメだ。こっち方向は考えてもすぐに解決は難しいとわかっているんだが、とりあえず方向性を見直そう。


 鹿の挙動を考えれば、最初の数秒の間は猶予期間のような気がする。そこで俺がなにもしなかったからこそ襲ってきたというわけだ。


「攻撃してこないうちに狩れ、とか? それはそれでどうなんだ?」


 そうであるのなら鹿本体を出す必要はなく、鹿肉だけポンと出すだけでも事足りるような気がする。

 こんな不可思議な現象に、理屈をこねようってほうが間違っているのかもしれないが、なんとなく別の利用用途がるような気が……

 そこまで考えた俺の頭に、さっきの光景が思い浮かぶ。俺のほうを向いていたファイヤーディアがいきなり向きを変えたその光景が。そのとき俺はなにをしていた?


「もしかして、俺が対象者を指定して襲わせることができる、とかか?」


 ファイヤーディアが向きを変えたのは、俺がミアに警戒するよう声をかけた直後だった。

 根拠とするにはいささか心もとないが、可能性としてはありえるかもしれない。

 それを確かめるためには、もう一度鹿を呼び出して、今度は目の黒いうちにミアの名前を呼んでみれば確かめられなくはないか?


「敵襲、ゴブリン3」

「血の臭いを嗅ぎつけたか」


 鋭いソフィアの声に顔を上げると、棍棒を持ったゴブリンがこちらに向けて駆けてくる光景が映った。

 立ち上がったミアはすでに剣を構えているので、ほどなくゴブリンたちはあの世行きだろう。

 いや、ちょっと待てよ。


「ミア、ちょっとゴブリン倒すの保留で」

「んっ、なぜだ?」

「ちょっと検証したいんだよ。『鹿』」


 不思議そうにしながらも、俺の言葉に従いミアがゴブリンたちをいなしている。

 ゴブリンたちの体には次々に切り傷が増えているが、ミアとソフィアに向けられる邪な瞳には諦めなど全く浮かんでいない。次々と近づいては2人に手を伸ばして捕まえようとする姿には執念を感じる。


 そういやこいつら女をさらうんだったな。

 そんなことを思い出している間にも魔法陣は完成し、現れた薄水色の鹿が俺をじっと見つめる。


「ゴブリンを倒せ」


 目を赤くし、体をブルリと震わせた鹿が俺と反対方向を向く。そしてその頭を下げてその角をゴブリンに向けてまっすぐに伸ばすとそのまま突進を始めた。

 立派な角に突かれゴブリンがポーンと吹き飛ばされる。

 おっ、これはいい傾向か?


 突然の乱入者にゴブリンたちが驚き固まる中、鹿が息を吸い込む。それを見たミアがバックステップで距離を取った次の瞬間、鹿はその口を開きそこから青白い息吹が2体のゴブリンたちに向けて放たれた。

 ゴブリンたちの体の表面が透明な膜で覆われていく。抵抗するゴブリンたちの動きに合わせてパキパキと音を立てるそれは、もしかして氷か?


「アイスディアか。私も実物を見るのは初めてだが、対処を間違えると面倒くさそうなモンスターだな」

「あっ、やっぱり氷なんだな、あれ」


 ソフィアを引き連れて俺のそばにやってきたミアが、動きの悪くなったゴブリンたちを蹂躙する鹿を眺めながらそう呟く。

 3対1なのだが、アイスディアはゴブリンたちをものともしていない。

 そのひづめで地面に倒れこんだ1体のゴブリンを踏みつぶしたため、もう2対1で数的不利も解消されつつある。若干の傷は負っているようだが、完勝といってもよいだろう。


「このカードは呼び出したあいつらに、俺が対象を指定して攻撃させることができるものみたいだな」

「呼び出す種類は選べそうなのか?」

「次に試してみるわ。いちおう何も考えないとランダム、いや一定の周期があるって可能性も残されているか。これも要検証だな」


 話している最中に思いついた事柄を頭の中のメモに入れながら、アイスディアとゴブリンの戦いを見守る。

 と言ってもすでに残されたゴブリンは1体のみであり、そいつも……あっ、潰されたわ。


 さすがモンスター同士の戦いというべきか、ミアが戦ったときとは違いゴブリンはぐしゃぐしゃになった姿で地面に倒れ伏している。

 ピクピクとわずかに動いていたそれが静かになり、アイスディアがその顔をこちらに向ける。

 あれっ、これマズい展開か?


 ミアも俺と同じことを思ったのか鋭いまなざしでアイスディアを見つめ返す。その手に握られた剣の切っ先は、アイスディアからわずかにもずれがない。

 ほんの数秒だろうか。きょろきょろと首を左右に振りながら沈黙の時間を過ごしたアイスディアは、俺たちとわずかにずれた方向へ走り出す。

 その先にあるのはただの森だが、うーん、目標物を倒し終えたら解放されるとかそういう感じか?


 俺たちの脇をアイスディアが駆け抜けていく。その後ろ姿を見送った俺は2人に視線を向けた。


「いちおう追ってみるか」

「そうだな。ソフィー行けそうか?」

「頑張る。無理そうならピクトに頼む」

「俺かよ。まあいいけど」


 ソフィア1人くらい背負って森を走るくらいなら、別に大変というほどのことじゃない。

 森の奥へ消えつつあるアイスディアの背中を追って、俺たちは森の奥へと駆けだした。





 アイスディアと追いかけっこすることおよそ1時間。

 日もだいぶ傾いてきており、そろそろ夜が訪れるだろうという時間帯にそれを終えた俺たちは、マイホームの中でくつろいでいた。

 傍らには多くの傷をその身に負ったアイスディアの死骸と、それに倒されたゴブリン6体の死骸が置かれている。


「対象を種族にすると近場の同一種族を狙うんだな。律儀というかなんというか」


 俺たちが追いかける先々で、アイスディアはゴブリンたちに喧嘩を売っては戦い続けていた。

 その数なんと3回。倒した合計は最初の3体を合わせて11体。

 さすがに連戦が続いたせいで最後はひん死になっていたのでミアが介錯したのだが、下手をするとまだ戦いに行きそうなすごみがあった。


「とりあえずこのカードの効果はわかったな。あとは出てくる種類の検証くらいか?」


 隣でなにやら思案にふけっていたミアにそう声をかけると、「そうだな」と小さく同意しながらミアはアイスディアに目をやった。


「私からも1つ検証したいことができた。その結果次第では、このカードは大化けする可能性がある」

「へぇ、どんなことだ?」

「ああ。アイスディアを追いかけていて思ったんだが……」


 ミアの話を聞き、俺たちは確かにと納得した。

 そしてその検証を帰りにでもしてみようと結論づけると、槍探しのアリバイのために3日ほどマイホームの中で休んだのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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