第2章 第1話 役作り
「依頼が、来ません!」
千堂が読書研究会に入ってから数日。実に実に平和だった。最初の内こそ人助けなんてめんどうなことをさせられるかと思ったが、依頼のいの字もない。千堂が口うるさい以外は何の変哲もない、退屈な素晴らしい日常だ。
「これはどういうことでしょうか。まさか先輩裏で何か手を回してます?」
「そんなめんどいことこそしないよ~。単純に二年以上に嫌われてるだけ~。元ヤンとニートくんだからね~」
「それに依頼がないのは平和の証拠。人の不幸を望むお前こそ悪だ。反省して退部しろ」
不満たらたらの千堂に対し、俺と香苗さんの二人で攻める。まぁ嫌われてるのは事実だからな。俺らに何か頼むくらいならそのまま問題を抱えていた方がマシだという人も多いだろう。だが千堂は納得がいっていないのか、むむむと口を尖らせている。
「こうなったら困っていることはないか各教室を回って訊いてみましょうか……」
「そのまま適当な男に捕まって帰ってくんな」
「それに時期が悪いよね~。そろそろ体育祭だし~」
体育祭……もうそんな時期か。確か一週間後に控えたゴールデンウィーク明け数日後。めんどくさいイベントが控えてるな……。
「体育祭だと何が悪いんですか?」
「万がね~、去年めんどうなことやらかしやがったんだよね~」
普段なら先輩の悪口を言われたらキレ散らかすが、これに関しては完全に同意。本当にめんどうなことをやらかしやがった。
「体育祭って平たく言えば運動ができる奴しか楽しめないイベントだろ? それをみんなが楽しめるようにって提言したんだよ。応援合戦のポイントを増やそうって。さらにクラス対抗にして応援合戦をより激しくしたんだ。まぁ先輩はただ一度応援団をやってみたいってだけだったんだけどな」
「とても素晴らしい提案じゃないですか!」
「どこがだ。おかげでちょっとサボっただけですごい悪人みたいな目で見られるようになったんだぞ。先輩の数少ない失敗の一つだ」
「サボる方が悪いです。香苗さんはそのころ何をしていたのですか?」
「そのころはまだゴリゴリに番張ってたからね~。体育祭ごと潰したいな~って思って万と抗争してた~」
「なるほど、香苗さんらしいですね」
普通に聞いたらずいぶんな話だが、幼馴染の二人にとってこれはらしいになるらしい。正義はどこにいった。ちなみに陽火先輩と香苗さんはめちゃくちゃに仲が悪い。各イベントごとに、いやイベントがなくても本当に抗争レベルで争っていた。
「ということで一年生は知らないと思うけど、上級生はみんな応援合戦の練習で忙しい。ちょっとした問題があったって今はそれに構ってる暇はないんだよ」
「なるほど応援合戦ですか……。先ほど部活対抗リレーの申込書は提出してきましたけど、応援もがんばらないとですね。明日さっそくクラスのみなさんに声をかけてみます!」
「勝手にやって……おいお前なんて言った?」
「部活対抗リレーの申込書を提出してきました。宣伝して知名度アップ作戦です!」
「だからお前なんでそういうめんどくさそうなこと黙ってやってるんだよ……!」
「言ったら絶対に嫌がるでしょう? 宣伝はなしにしても、先輩に香苗さん。三人で思い出を作りたいですっ」
ぁぁ……なんか懐かしいな、この感覚……。そう……この振る舞わされる感覚は……楽しそうなことばかり求める先輩と同じ……。
「とにかくだ。俺はめんどくさいことは絶対に……」
「失礼します!」
大きなノックの音と共に、立て付けのよくない部室の扉が勢いよく開かれる。
「一年B組相良郁美と言います! お願いがあって来ました!」
入ってきたのはポニーテールの女子生徒。声の大きさも相まって、ザ・運動部って感じだ。非常に苦手である。しかもこれで千堂がまたうるさくなるな……適当なこと言って追い出すとするか……。
「いらっしゃい、郁美ちゃん。遠慮せず座って」
「!?」
俺が口を開こうとしたその直後、さっきまであんなに騒いでいた千堂はふっと大人っぽく笑うと、落ち着いた声でそう促した。
「うれしいな、来てくれて」
「こちらこそ……雪華様にお誘いいただき光栄です!」
「雪華様!?」
隣同士に座った一年女子二人は、何か変な空気を醸し出しながら優しく笑い合っている。香苗さんなら何か知ってるかと思ったが、この人も珍しく口をあんぐりと開けて驚いていた。
「それで、お願いっていうのは?」
「はい。私体育祭実行委員会に入ってるんですけど……ちょっと内部分裂がありまして……。私も解決しようと何とかがんばったんですけど……」
「なるほど。この学校の生徒全員に関係がある体育祭関連で、解決すればより良い体育祭ができるというメリットがあって、必死にがんばったんだね」
……なんだこの千堂のわざとらしいまとめ方は。視線は相良に向いているが、確実に俺に向かって言っている。俺が協力する三つの条件は満たしていると。
「それで……何とかしてくれますか……?」
どうやら本当に困っているらしい。相良は今にも泣きだしてしまいそうな顔で千堂の顔を見つめている。そしてそんな彼女の顎に、千堂が指を乗せた。
「安心して、私が必ず助けてあげる」
「ぁ~~~~雪華しゃまぁ~~~~♡」
まるで少女漫画の一場面のような光景が目の前に広がっている。あのかわいさだけが取り柄の千堂がキザな男のような感じで……。
「会議場は視聴覚室です! 私は先に行っているので後からいらしてください!」
そして相良は集合場所だけ告げると、まるで嵐のように去っていった。……さて。色々言いたいことはあるが……。
「お前……どんな役作りしてんの……?」
「? 先輩の真似ですが」
「お前には俺がどんな風に見えてるんだよ……」
あんな創作の世界にしかいないヒーローみたいな真似なんか……。いやいや俺はそういうヒーローじゃなくてだな……。
「それに」
俺にしては珍しく返答に迷っていると、長机に身体を預けた千堂の指が俺の顎に触れた。
「先輩もこういうの好きでしょ?」
「っ……!」
顎をクイと上げられ、再び言葉に詰まってしまう。……確かに俺は女子に引っ張られることが多い。でもこんなことで好きになんか……!
「とりあえずいきましょう! 人助けです!」
「ちょっ……まっ……!」
顎クイされて力が抜けていた俺の手を取り走り出す千堂。悔しいが先手は取られてしまった。
でも単純な口喧嘩なら俺の方が上。そして依然として人助けをする気分じゃない。適当な理由をつけて断ってやろう。
「……それで、これどういう状況?」
一旦流されるままに入った視聴覚室。そこには三十人ほどの生徒が、半分に分かれて向かい合うように睨み合っていた。
「片方は体育祭の成功のためにがんばっている派閥。もう片方は……体育祭を中止にしようとしている派閥です」
「ぜんっっっっりょくで協力しよう!」
あらゆる理屈を抜きに協力するメリットができ、俺はそう叫んだのだった。




