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嫌われ者の俺がいじめを救い、学校のヒーローになるようです。  作者: 松竹梅竹松
第1章 いじめ

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第1章 第4話 もういない人

「いいか、人は外見百割だ! 内面なんざ外見が良くなきゃ見向きもされない。そして何より外見は自分で変えることができる。メイク、ファッション、トレーニングに整形。外見にはその人の努力が現れる。つまりかわいいは作れるし、お前はもっとかわいくなれる」



 千堂を助けることを覚悟した翌日の朝六時。俺と千堂は駅からも主要な施設からも離れた立地の最悪な美容院、『ビバリー』の前に来ていた。



「それにしてもすごいですね、私でも知ってるくらいの有名な美容院ですよ。そんなところの店長さんと知り合いだなんて……」

「俺じゃなくて去年までいた先輩のコネだけどな。お願いして開店前に開けてもらった」


「でもわざわざ学校を休んでまでこんな朝早くからじゃなくても……」

「言っただろ、ここからはスピード勝負だ。お前は演じなきゃいけないんだよ。百井の上位互換を」



 千堂に昨日教えておいた作戦を改めて伝え直す。



「まずお前がいじめられる原因になったのは、クラスのイケメンからの告白を断ったことだ」

「ええ、それは間違いないと思います。正直それのどこが百井さんたちの癇に障ったかはわかりませんが……」


「ようするにカースト争いだよ。似たような顔でもステータスの高い方が優れて見えるもんだ。正面からの勝負じゃ分が悪いから、クラス内カーストを使って自分が上の状況を作り出したかったんだろうな」

「そんなことで……いじめなんてするものでしょうか……」


「百井にとってはそんなことじゃないってことだ。事実として百井のツラはいい。今までの人生で美貌にかけては自負があったんだろうな。でも正直、似合ってない」

「教室で言っていたことですよね。髪色がコンビニのヘアスプレーみたいだとか、流行ってるメイクを真似てるだけとか」


「そこら辺は俺の適当な暴言だけどな。ただそこまで的外れじゃないと思う。学生の身分だ、使える店や金は限られてる」

「だから……本物の有名店ってことですね……」


「お前も百井も系統は同じだ。小柄で童顔。まぁ胸とか身体はお前が圧勝だが……」

「今さらですがセクハラですよ」


「ようするに本気の努力をすれば上位互換になれるってわけだ。百井と同じ髪型、髪色、ファッション、言動や立ち振る舞いも含めてあいつの真似をすればな」

「……大丈夫です。あの方の態度は、嫌というほど脳にこべりついています。再現してみせます」


「正直そこはある程度でいい。あえてきつくした目元とか雑な着崩し方とか、百井の理想はギャル系っぽいからな。お前も百井もそっち方面はあんまり似合ってない。あくまで重要なのは初対面の男にも物怖じしないあの胆力だぞ」

「わかってます」


「大事なのは演技だと見破られないことだ。逆高校デビュー。清楚系を目指していたが、辞めてやんちゃに戻った。そういう空気を出さなきゃいけない。だからこそ時間はかけられない。今日の昼休みに全部終わらせるぞ」

「……はい」



 店長さんとの約束の時間は六時十分。そろそろ来てもおかしくない頃だが……。



「あの……先輩」



 スマホを気にしていると、千堂が気まずそうに口を開いた。心なしか頬が少し赤い気もする。



「昨日は……申し訳ございませんでした……。勢いで失礼なことを言ってしまいました……。本当に殺されるかと思ったから……」

「気にするな。俺の方が千倍失礼だから」


「それはそうなのですが……でも謝らせてください。惚れさせるとか好きにさせるとか言って……」

「撤回したいならしていいぞ。部活動存続届も書かなくていい。正直な話、この案件は俺にとってメリットがあるんだ。お前の本気も見れたしな。本気じゃない奴を本気で助けるなんて馬鹿らしいからさ」


「いえ……それは取り下げません。それくらいしないと、たぶん私は自分のために本気は出せませんから。絶対にあなたを惚れさせるくらいの気持ちがないとダメなんです」

「そうか……がんばれ」



 そう語る千堂の顔は今までのようなただかわいいだけじゃない。どんな手を使ってでも勝ってみせるという人間にあって当然の底意地の悪さが覗いている。これがいい変化か悪い変化かは、これからの千堂次第だ。



「ちゃおちゃおー」



 改めて千堂の覚悟を確認していると、クソみたいな挨拶と共にギャルとしか呼べない女子が歩いてきた。



「は、はじめましてっ。千堂雪華と申します。今日は髪を切っていただけるとのことで……」

「ん? あー、それあーしじゃないね。新斗、説明してないの?」

「時間がなかったんだよ。千堂、こいつはメイクとファッション担当の赤抜摩耶(あかぬきまや)。俺の同級生だ」

「えぇっ!?」



 千堂が柄にもなく大きなリアクションを取ったのも無理はない。なんせ今日の摩耶は肌の露出が多いゴリゴリの私服だし、髪は高校生とは思えないくらいの明るい金髪だし、ピアスもバチバチ。高校生どころか大学生だったとしてもかなり奇抜な部類だろう。



「あの……これは校則的にいいんですか……?」

「それがねー、いいのよ。去年陽火(ようか)ちゃんが服装の規定ぶっ壊してくれたから」


「陽火ちゃん?」

「去年度までいた先輩。あの人去年だけで校則十個変えたんだよ」



 思えば俺が初めて先輩についていったのも摩耶がきっかけだったっけか。プライベートルームがほしくて適当に入った部活にいたのが万陽火(よろずようか)という狂人だった。



「当時校則は男女ともに黒限定。当然制服は既定のものだけだった。それに摘発されたのが新入生の摩耶。髪をちょっと染めたら黒にしてこいって家に帰らされたんだ。で、納得いかなかった摩耶が先輩に助けを求めた。それからはあっという間だった。憲法まで持ち出して学校に直談判。追い返されたら授業をボイコットしてデモ活動。多様性の時代だ、学校は世界から遅れてるってスピーチした。落とし所としてうちの生徒だとすぐにわかるよう校章のバッジを着けてさえいれば服装に定めを設けないって校則に変えさせたんだ。もっともこの折衷案に見せかけた校則は陽火先輩が元から決めていたものだったんだけどな。実際制服には不良活動を止める抑止力があるわけだから。陽火先輩は学校にも花を持たせた上で摩耶を助けたんだ。正直震えたね。この人に一生ついていこうって……」

「普段からうるさいけど陽火ちゃんのことになるとさらに饒舌だよね、キモ」



 せっかく先輩の偉業を気持ちよく語っていたのに一言で終わらせやがった……。いやまだまだ語り足りない。



「こんな立地の悪いビバリーを有名店にできたのも先輩の力があってこそ。人通りの少ない場所なのを利用して、人数制限を設けることで隠れた名店感を演出。まぁそもそも陽火先輩が国宝級にかわいいからカットモデルをやれば繁盛すること間違いなしなんだけどさ、やっぱりすごいと思ったのは客引きの方法だよ。本来なら避けるべきのグループをあえて狙って、一番顔の良い人にカットモデルを頼む。そもそもの顔が良ければ自然と出来はよく見える。グループだから口コミが広がるのは一人客とは桁違い。わかってる、グループが一人しか受けられない美容院の客引きにかかるわけないって話だろ? いくら先輩でもそりゃ苦戦したよ。でも中にはいるんだ、リーダーと取り巻きで構成されてるグループが。それならリーダーがカットしてるのを待ってくれるからな。先輩はそれを待った、何日でもかかり続けるまで続けた。本気なんだよ、気まぐれなくせにやると決めたらいつだって本気」

「あのー、新斗ー?」


「俺みたいな詭弁と暴力しか使えない偽物とは違う。関わったみんなを幸せにできるんだ、あの人は。俺だってそんな人になりたかった。理想論を叶えるためにひたすらに努力して、それを達成できる先輩みたいな人に。本物のヒーローそのものに。でもそんな嫉妬すら抱けなくなるほど陽火先輩は輝いていて……」

「さすがに長すぎ! 時間ないんじゃなかったの?」



 どれだけ先輩の魅力を語れたかはわからないが、摩耶に頭をはたかれてしまったので一度落ち着く。そうだよな……先輩のことを知らない千堂からしたら退屈だよな……さすがに反省。



「あ、あのっ、先輩にこんなに言ってもらえるくらい好きになってもらいたいんですけど、先輩のタイプとか知ってますか?」



 ここでぶっこんでくるか千堂。でも俺は基本的には秘密主義者。いくら摩耶でも俺の好みまでは知っているはずがない。



「なになにそういう関係? タイプって言ったらなー、陽火ちゃんっぽい人。ていうか陽火ちゃん。陽火ちゃん以外どうせ興味ないでしょ?」

「……なんで知ってるんだよ」


「言っとくけど陽火ちゃん本人以外全員が気づいてるからね」

「嘘だろ……」


「でもそれじゃわかんないよね。強いて言うなら引っ張ってくれる人かな。新斗ってこう見えて結構Mだから。強気にいけば結構落ちるよ」

「なるほど……参考になります」



 やはり俺のことを全然わかっていない。誰がMだ。俺はどっちかと言えばS。強気になればいけるなんて……あれ? 俺ってもしかしてMなのか……?



「でも新斗先輩、友だちいないんじゃなかったんですか? この方に名前を借りれば……あっ」



 千堂はそこまで言って失言だったと気づいて口を手で覆った。部活動存続届に名前を貸すっていうのは千堂が提示した俺へのメリットだったわけだからな。だがそれはありえない。



「あははっ、新斗は友だちなんかじゃないから! あくまでビジネスパートナー。陽火ちゃんへの恩がなきゃ話したくないもん。それに表立って読書研究会に関わるなんてありえないから! そんな馬鹿なことしてこの学校で生きてけるわけ……」

「おまたせー」



 どこで摩耶の口を止めようかと考えていると、ようやくビバリーの店長が出勤してきた。まだ二十代の若い女性。この人とのつながりも先輩がいたからこそだ。



「じゃ、店長。こいつのことお願いしますね。仕上がりは昨日送った写真の通りで」

「あの……先輩はどこへ?」

「帰って寝る。昼休み学校でな」



 有無を言わさずシャッターの開いた店に千堂を押し込み、俺は一度ため息をつく。ようやく小休憩ができた。



「おつかれ。今日徹夜っしょ?」



 俺のやり方を熟知している摩耶が、どうせこんなことだろうと思ったとエナジードリンクを渡してきた。



「ありがとう。それより百井たちの過去はどこまで探れた」

「とりあえず言われた通り卒業アルバムは手に入れといた。二日もあればこれくらいはよゆー」


「……千堂には一昨日の夜から動いてたこと内緒にしといてくれよ」

「わかってるって。無駄にかっこつけるなー」



 摩耶の本当の役割はメイクを教えることではない。異常なまでの交友関係の広さを活かした情報収集がこいつの真価だ。



 過去は作れるが、消すことはできない。千堂の努力だけじゃどうにもならない部分を、俺がこの情報で補う。



「でも百井さんだけはもーちょい待ってて。あの子だけ出身が市を三つも離れてる。この辺での知り合いはいなかった。中学時代何か大きな問題を起こしたから遠い高校に通ってるのかもね。まぁ今日の昼までにはある程度情報は仕入れられそうかな」

「助かる。これお礼な。千堂にメイク道具とか服とか見繕ってくれたら、余った額をそのまま収めてくれていい」

「まいどー」



 摩耶にそれなりに分厚い封筒を手渡し、これでようやく本当の仕事終わり。後は昼を待つだけだ」



「それにしてもさ、ちょっと似てるねあの子。陽火ちゃんに。だから気に入ったの?」

「……どこがだよ」



 まだ時刻は朝の六時半も回っていない。その静寂のおかげか、店内の会話が少し漏れて聞こえてくる。



「あの……お金は分割でお願いしたいです……」

「お代はもう射丹務くんにもらってるから気にしないでいいよ。それに陽火ちゃんのおかげでこの店が大きくなれたんだもん。結構サービスしといたから」


「そうなんですね……あの、陽火さんってどんな方なんですか?」

「? それはあなたの方が詳しいんじゃないかな」


「いえ、お会いしたことないので。もういない……卒業されたとは聞いていますが……」

「あれ? 陽火ちゃんってまだ高三だよね?」


「え? でも確かに去年度までいたって……」

「そういえば最近来ないな……陽火ちゃん、どうしちゃったんだろう……」

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