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嫌われ者の俺がいじめを救い、学校のヒーローになるようです。  作者: 松竹梅竹松
第3章 メイドアイドル

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第3章 第7話 理想

「先輩!」

「大丈夫!? 血すごいけど……」



 空気が大きく変わり、千堂と雨音が駆け寄ってくる。確かに全身痛いし顔には熱い液体が滴っている感覚がある。だが今、そんなことは心底どうでもいい。



「千堂……雨音……よく見ておけ。あれが俺の理想(アイドル)だ……!」



 雨音に皿を割らせ、音で父親の気を引いた先輩。怒りで暴力を振るうことすら辞さない父親の前に颯爽と躍り出る。



「……君は?」

「万陽火、ただのフリーターです」


「邪魔しないでもらいたい。これはうちの家庭の問題だ」

「別にお宅の教育について口を出すつもりはありませんよ、つまらないから。でもこの状況、少しまずいんじゃないかなって思って」



 先輩がわざとらしく腕を広げ、父親の視野を広げる。そこに映ったのは血を垂らしている俺、なぎ倒された机、怯えている客やメイド。全ては自身の反社会的な行動が引き起こした出来事だ。



「……この程度で大袈裟なんだ。昔はな……」

「とりあえず100万円お支払いください」

「……は?」



 突然途方もない金額を要求され、呆気にとられる父親。倫理や正義といった感情の話から突然現実に引き戻されたことで、父親は明らかに動揺を見せている。




「血液や備品の清掃で本日の営業はできないでしょう。当然今いらしているご主人様方からお代をいただくこともできません。さらにこんなことが起こる当店に再度お帰りになられるご主人様は少ないと考えられます。迷惑料慰謝料そして暴力の被害に遭ったご主人様の治療費。少し安すぎるとは思いますが妥当な金額ではないでしょうか」

「いや……それは違うだろう。私はただ娘の心配をしていただけで……!」

「いいですか? 当店は飲食店です。衛生や評判は何よりも大切なんです。あなたはそれを著しく陥れた。あなたの身勝手な正義のせいで店長は首を括ることになるかもしれないんです。その事実を受け止めてください」



 俺のように煽るわけでもなく、千堂のように感情だけで話すわけでもない。ただ淡々と理詰めで攻めていく先輩。……俺にこれはできない。どこまでいっても人の感情を逆撫ですることでしか他人を動かせない俺では、ここまで事実を突きつけることは不可能だ。絶対に途中で罵りたくなる。



「それでお支払いしていただけますか?」

「だから大袈裟だと……!」

「無理ですか……わかりました。では私が肩代わりしましょう」



 主導権を譲らず自分の理屈で話を続けようとした先輩だが、父親はまた嘲笑うような表情を見せた。



「若さを売って金銭感覚が麻痺しているようだ。雪華、こんな生き方は間違っている。100万円を稼ぐのに、普通の人間は何ヶ月もかける。だがこういう仕事をしているとそんな大金は簡単に稼げてしまうんだ。しかしそれは正しい仕事ではない。若い内に金を稼ぐことの苦労を知らないと将来必ず破滅する。若さしか取り柄がないことに気づいてからでは遅いんだ。しっかりとした教養を身に着けて……」

「何か勘違いしているようですが。私にそんな大金の持ち合わせはありませんよ。もっとも、あなたのせいで身体を売らないといけないことになりそうですが」



 先輩の言葉には俺のような無駄がない。的確に必要な言葉だけを紡いでいる。



「100万円は大金。それくらいわかっています。だからあなたは支払えないんでしょう? それでもこの損失は誰かが負担しなければならない。だから私が引き受けるんです。この事態を引き起こした張本人。雪華さんの、先輩だから」

「誰も支払えないとは……」

「なら支払っていただけますか? 雪華さんのお父様」



 責任の所在を明らかにしながら詰めていく先輩。そして父親のプライドは100万円より安かったようだ。結局支払うとは言えず、バツが悪そうにしている。そこを先輩は見逃さない。



「そもそもあなたが言っていた、優良な男性と結婚させるという理想。それこそが若さを売るという行為そのものでしょう。一体何がよくて何が悪いのかは教育方針によるのでこの場で論じませんが、ただ一つ確かなのは。雪華さんは本気で努力しています。その方向性を矯正するのは結構ですが、まずはそのことを褒めていただきたい。どんな方向性だろうが本気を出せるということは何よりの美徳ですからね。ですが今は双方冷静ではないので少し難しいでしょう。そこでどうでしょうか。しばらく雪華さんを私の家で預からせていただくというのは。安心してください、私はご息女に都合のいいことは申しません。メリットがないので」



 相手が隙を見せたタイミングで先輩は一気にまくしたてていく。先輩は俺のようには話せないとよく言っていたが、とんでもない。文字通り舌を巻く話術だ。



「そんなこと……」

「100万円」

「……わかった。認めよう」



 弱みを握られた父親は千堂に一瞥することもなく店を出ていく。誰が何と言おうが間違いない。先輩の完全勝利だ。



「ご主人様方、ご不快な想いをさせてしまい申し訳ございませんでした。また勝手ながら本日はこれでお暇をいただきたく存じます。お代は結構ですのでどうぞお気をつけていってらっしゃいませ」



 そしてメイドらしく丁寧な礼節で客も帰してみせた。俺と一所を除いて。



「さて店長。勝手ですけど本日を持って万陽火、千堂雪華、百井雨音の三名は退職させていただきます。また迷惑料については支払うつもりはないのでご了承いただきたく。店長が抱えている女性問題をオーナーやその上に伝えてもいいのなら話は変わってきますが」



 先輩は関わった人間全員を幸せにすることができる。先輩は謙遜していたが、やはり先輩はすさまじい。千堂を父親の手から救い、父親はやったことの責任から逃れられ、店長はセクハラ問題を報告されず、先輩も金銭トラブルを回避した。



 もちろん問題はまだ何も解決していない。千堂と父親の確執は解消されていないし、店側は多大な損失を負ったし、金沢のセクハラを止めてほしいという願いも先延ばしになっている。



 それでも今この場における最善策はこれだった。先輩が全て丸く収めてくれた。一所の企みも無駄に終わったと言っていいだろう。本当にすごい。俺には真似できないし、真似しようとも思えない。それでも俺の、理想。



「やはりあなたは違いますね。本当のヒーローだ。後輩とは大違いです」



 そして俺と同じことを思ったのがもう一人。一所がわざとらしく拍手をして先輩へと近づいていく。



「だから僕は言ったんです。あなたは学校に残るべきだと。ボクが学校に口を利きます。今からでも遅くない。復学してみませんか」

「生憎ボクは楽しくないことはしない主義なんだ。君がいると学校が楽しくなくなる。そして残念ながらボクじゃ君を倒せない。君を止められるのはボクの後輩だ」

「まったく。謙遜も過ぎるとできない人間を苦しめるだけですよ」



 「また会いましょう」。一所はそう言って笑うと店を出ていった。これで心置きなく……。



「こんな再開になっちゃってごめんね。でもこれで……」

「かわいすぎる……!」

「新斗!? また気絶しちゃったの!?」



 全身に感じる痛みのせいか、先輩の破壊力抜群のメイド服のせいか。俺の意識は遠のいていった。

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