第3章 第6話 親の心
今回の目的は千堂を助けること。そして千堂を助けることとは、彼女に自由を与えること。つまり自分の正義で千堂に部活やバイトを辞めさせようとする父親を打ち倒すことだ。
俺が原因で千堂が変わった、千堂との約束がある以上部活にいることは俺にメリットがある。そして千堂は、本気で自分の父親に抵抗しようとしている。ならば俺が助けない理由はない。そしてその方法は。
「どうしました? 部活は辞めてもいい、バイトも辞めさせるよう手続きをする。これ以上何がしたいんですか?」
父親の要望を叶えることだった。
「わかった……ならいいんだ」
完全にペースを崩された父親はさっきまでの勢いを失って千堂を連れて帰ろうとする。だが千堂はそれに応じようとしない。つまり俺の対応は全て終わっており、ここからは自由だというわけだ。
「それにしても、辞めさせてどうするんですか?」
店の奥に下がっていく千堂を追いかけようとする父親に問いかける。
「君には関係ないだろう」
「関係なきゃ聞いちゃいけないですか?」
「正しい教育をするんだ。勉強、礼儀作法、あらゆる家事。そして何より真面目で清らかな学生生活を送らせるんだ」
「その後は?」
「魅力的な男性と結婚させる。それが女の最高の幸せだ!」
「なるほどなるほど、高収入で名家のおっさんに嫁がせて飯炊き女にさせて御家の復興というわけですか、素晴らしいですね」
「悪意のある言い方をするな! 君のような子どもにはわからないだろうが女にとってこれ以上の人生はないんだ!」
「確かにわからないですねぇ、そんな奴隷契約が千堂のやりたいことだなんて到底思えない」
「今はわからないかもしれないが、歳を取ればわかるようになる。そして私に感謝するはずだ!」
「今だって大切な人生の一部だ。今を犠牲にして老後を取る必要性なんて一つもないんだよ」
千堂の方に向いていた父親の身体が、俺に近づいてくる。そうだ、俺だけを見ていればいい。これ以上千堂をそんな古臭い価値観で汚させてたまるか。
「そもそもご息女はあんたの想像するような上品な女じゃない。げんなりするほど元気いっぱいだし、余計なことばっかり持ってくるし、自分の考えは絶対に曲げないし、平気で人を最低だって罵るし、むかつけば暴力だって振るう。馬鹿で愚かで生意気で、多くの人から愛される素敵な人間だ!」
言い終わるや否や、父親が俺の胸倉を掴んでくる。年齢相応のたいしたことない力だ。にしても本当にそっくりだな、千堂とやることが。
「雪華はそんな子じゃなかった! 私の言うことを素直に聞くいい子だったのに……お前のせいで……!」
「その通り。あんたの愛する理想の娘は俺に毒された。あんたがどれだけ力で抑えつけようが無駄だ。もう元には戻らない。あいつは自分の正義のためなら自分の父親だって刺せるさ。あんたの十五年の努力は俺の一ヶ月に負けたんだよ! ざまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわああああああああっ!」
顔面に鈍い衝撃を受け、テーブルをなぎ倒しながら倒れてしまう。顔を触ってみると手に血が付いた。殴られて鼻血でも出たようだ。
「先輩!」
「気に入らないことがあったらすぐ暴力か。なるほど千堂が俺を叩いてくる理由がわかったよ」
近寄ってくる千堂を手で制して立ち上がる。痛い。涙が出てしまいそうだ。それでも退けない。理不尽な暴力には屈しない。一番強い暴力を振るえる人間がそこで見ているから。
「最近の子どもは甘やかされている。ゆとりだか何だか知らないが、言ってもわからない人間には身体で教えるしかないだろう」
「ゆとり世代はもう三十だよおっさん。時代は変わってるんだ。言って聞かせる能力のない無能が暴力を正当化できる時代は終わったんだよ」
「……はぁ」
俺を殴ったことで逆に冷静になったのか。千堂の父親は大きくため息をついた。
「ご両親の連絡先を教えなさい。君の存在がどれだけ娘の迷惑になっているか。親御さんにしっかりと説明しなければならない。まったく、どういう教育をしたらこんな減らず口しか叩かない子になるのか……」
「……俺の両親は小学生の頃に死んでますよ。俺がこうなったのは俺自身のせいだ」
別に隠すほどのことでもない。素直に伝えると、千堂の父親は笑った。
「ふん、だからか」
いや、嘲った。
「よくわかっただろう、雪華。まともな教育を受けないとこんな人間になる。目上の大人に敬語も使えず、言い負かせれば勝ったと思ってしまうような残念な人間にね。こうなったらおしまいだ。どうせロクな人生も遅れず、底辺のまま死んでいくことだろう。わかったならわがままを言わずに帰ってきなさい」
「……うん、よくわかった」
父親の言葉にうなずき、ゆっくりと近づいていく千堂。そして震えたその手が、父親の頬を打った。
「人の不幸を嗤う人間が親だなんて耐えられない。私の正義に反する。もうあなたを親だとは思わない。だから先輩に謝って早く消えてください」
千堂の表情は後ろからでは覗けない。だがその声は怒りのせいか緊張のせいか震えており、彼女の顔からは水滴が零れていた。
「またわがままを……!」
今までで一番大きく、父親が拳を振り上げる。千堂を押しのけて庇ったはいいが、再び俺の身体は床に倒れてしまう。強い衝撃と痛み。だが立ち止まっている余裕はない。
「わがままを言うな! お前は私の言うことだけを聞いていればいいんだ! それで幸せになれるんだ! どうしてわからないんだっ!」
「落ち着けクソ親父……!」
どれだけ立ちはだかっても俺を跳ね飛ばして千堂を殴ろうとする父親。もう言葉を紡ぐ余裕もなければ、父親は怒りで何も聞こえていない。
クソ、しくじった。親のことを言われて一瞬思考がフリーズした。やりすぎたことに気づけなかった。
こうなってしまったら俺は無力だ。俺の戦い方は詭弁と論点ずらし。それを有効活用するために悪態をついたりはするが、結局は話を聞いてくれないと話にならない。
どうすればいい。どうすれば俺の言葉は届く。話の通じない相手に。会話を拒否しようとする相手に、俺は……!
「っ……!」
何かが割れた音が狭い店内に響き渡る。俺の言葉が届いていなかった父親も、そのあまりの騒音に動きが止まった。
「やれやれ。こんな楽しくなさそうな場面で再会なんてしたくなかったんだけどね」
音がした方を見てみると、床に落ちて割れた食器の近くには雨音がいて。
「かわいい後輩たちのためだ。ボクが助けてあげよう」
その後ろから、あの日々と何も変わらない。楽しそうな笑顔の万陽火先輩が現れた。




