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嫌われ者の俺がいじめを救い、学校のヒーローになるようです。  作者: 松竹梅竹松
第3章 メイドアイドル

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第3章 第5話 名家

〇新斗




 先輩の夢は時々見る。というか週一では確実に見るし、何なら寝ていなくても先輩の姿を現実に想像することができる。だから断言できる。メイド姿の先輩。あれは間違いなく、先輩だった。



「昨日千堂が言った言葉は響かなかったわけね」



 連日メイド喫茶に来た俺を出迎えた雨音が小言を言いながら注文した紅茶を運んでくる。千堂は相変わらず高圧的な態度で接客しており、相変わらず俺には絡もうとしない。



「別に。あいつと一緒にいるってのは元から約束してたことだ。それと先輩がいるってのは別問題だしな」

「ふーん、まぁあたしは何でもいいですよ。ただ一人で幸せになんかさせないってだけ。できないのなら、先輩も一緒に死んでくださいね」

「ずいぶん物騒な話をしてるね」



 俺と雨音の会話に割り込んできた客が目の前のぬいぐるみをどかして席に座る。



「メイド喫茶で相席なんか聞いたことないな」

「いいじゃないですか。僕とあなたの仲なんですし」



 平静を装って言葉を吐いたが、正直顔に出ていない自信はない。言葉でならいくらでも嘘をつけるが、表情だけはそうはいかない。俺は千堂や雨音のように外見に自信があるわけじゃないからな。



「一所賢人。よく俺の前に顔を出せたな」



 こいつの表情はいつだって変わらない。いつも爽やかで薄く笑っており、まるでどんな時でも楽しんでいるかのようだ。この表情で、俺の両親も殺したんだろうな。



「へぇ、知り合いなんだ。どんな関係なんですか?」

「ちょっとした幼馴染ってやつだよ、百井さん。僕も彼と同じものを」



 やはり雨音は使える。雨音は俺にとっての切札であり、一所が知らない唯一の手札だ。その価値を充分に理解していた雨音はとっさに俺からは何も聞いていないという演技をしてくれ、俺にだけ見える角度でボイスレコーダーを構えると、カウンターに行く途中で俺に渡してくれた。



「幼馴染なんてよく言ったもんだな。俺がお前を直接見たのは二回。この前一年の教室で暴れた時だけだ」

「僕は何度も見かけましたよ。小学生の時も、高校に入る前も。充分顔なじみと言えるでしょう」



 あぁ……そうだな。俺も何度も見つけた。週に一度は身体が勝手にお前の所に向かっていた。カバンに忍ばせたナイフを使おうと思ったことは数えきれない。



「で、何の用だよ」

「単刀直入に言います。千堂雪華さんから身を引いてください。あなたと一緒にいると、彼女が不幸になる」


「おいおい俺がつなぎとめてるみたいに言うなよ。俺はお前と付き合った方がいいとまで言ってあげたんだ。でもそれを断ったのは千堂本人だ。お前より俺の方がいいんだってさ。いや、お前が嫌いって言った方がいいか」

「…………」



 適当に煽ると一所は何も言わず爽やかな笑顔で受け流す。だが見逃さなかった。イラついたのか眉がピクピクとわずかに動いていたのを。こいつと会話するのはこれが初めて。ここまで煽り耐性がないのなら、いける。



「ブサイクがモテないのは仕方ないが、イケメンで嫌われてたらかける言葉が見つからないな。内側から滲み出る腐った心が明け透けになってるんだよ。だから……」

「やはり救えないな、あなたは」



 一所が小さくつぶやいたその直後だった。



「雪華! 何やってるんだ!」



 店内に怒号が響き渡る。声のする方を見ると、接客をしていた千堂の前に男が立っていた。五十代くらいの……どことなく千堂と似た顔つきの男が。



「パパ……どうしてここに……」



 思わず演技も忘れた千堂のつぶやきがしんと静まり返った店内に響いた。そしてその直後、乾いた破裂音が鳴る。千堂の父親が、彼女の頬を叩いたのだ。



「質問に質問で返すな! 答えなさい!」

「……パパには関係ない」

「またお前は!」



 叩かれた勢いで倒れた千堂の胸倉を掴み、再び殴る父親。それは教育というより、躾に近い様相だった。



「僕が呼んだんですよ」



 千堂の元に走ろうとしたタイミングで一所が口を開く。



「千堂家は元々一所家に並ぶほどの名家だったそうです。ただ時代の流れに乗れず没落。今では普通の会社員家族のようですが、プライドは捨てられていないようだ。千堂さんも礼儀作法は完璧でしょう?」

「んなことどうでもいいんだよ……!」



 問題は千堂のこと。そしてなぜ一所がこんなことをしでかしたのかだ。



「雪華! 最近のお前はおかしいぞ! 学校を辞めようとしたりこんな気持ち悪いバイトをしたり……! 全部読書研究会とかいう同好会のせいだ!」

「僕も同じ気持ちでね。彼女を助けたかったんだ。これで千堂さんは救われる」



 また……助ける。両親を殺した時も。先輩を退学にさせた時も。一所賢人は「助ける」と言ったそうだ。



 理屈が全くわからない。どこをどう捉えればこれが助かるに繋がるんだ。わからない。だがわからなければならない。そうしないと俺は、こいつを止められない。でも今は……!



「先輩……!」

「雨音、好きなように動け。信頼してるぞ」



 騒ぎを聞きつけ急いで戻ってきた雨音に今後の対応を任せると、俺は頬を抑えて倒れている千堂の前に立った。



「どうも、読書研究会部長の射丹務新斗です」



 俺が割って入ると、千堂の父親はわかりやすく睨んでみせた。やはり千堂に似ている。出会ったばかりの、自分の主張こそが正しいと信じてまっすぐにしか進めない千堂に。つまり、嫌いだ。



「君がか……。君の話は聞いているよ。女性の容姿を貶し、大勢の前で罵倒し、人を傷つけることに何の躊躇もない最低な人間だとね。どうせ君がこの店で働くよう指示したんだろう? そんな人間がいる同好会にこれ以上大切な娘を置いておけない。悪いが雪華は今日をもって退部させてもらう」

「どうぞ」



 俺が短くそう答えると、父親は呆気にとられたように黙ってしまった。わかりやすくて助かる。



「こちらとしては無理に残ってもらう必要は1ミリもありませんので。それにバイトを辞める手続きもこちらで行っておきます。どうぞお父様のお気に召すように娘さんを躾けなさってください。以上」



 こういう自分の正義に酔っている人間は扱いやすい。ペースを崩されれば途端に脆くなる。大方父親の威厳を小生意気な小僧に見せつけるつもりだったんだろうが、誰があんたの口車に乗るか。俺の土俵に下りてこい。



「千堂、いいか?」

「……はい、お願いします」



 振り返り訊ねると、千堂は立ち上がりながら頷いた。俺と千堂は一緒にいることを約束している。どれだけ嫌われてもお互いだけは信じていようと。だからこれは同好会を辞めさせる同意ではない。父親を倒してもいいかの確認だ。本気ならいくらでも助けられる。



 本気で千堂を助ける。出会った時と同じシチュエーションに、少し心が震えた。

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