第3章 第4話 嫉妬
「とてもよく似合ってるね。かわいいよ」
「……ありがとう」
突然メイド喫茶にやってきた、以前私に告白してきた一所賢人さん。彼はコーヒーを注文するとまっすぐに私を褒めてくれました。正直褒められて悪い気はしませんが、知り合いにメイド服姿を見られるのは恥ずかしいです。しかも一度振ってしまった方が相手なのですから。
「それで私を助けるって? 私何も困ってないんですけど」
とりあえずクラスメイト相手なので先輩をイメージした王子様モードでお相手します。他のお客様の手前ドSメイドモードも加えなければならないのがしんどいです。
「人が困ってないなんて状況、ありえないよ。人間は残念ながら欲にまみれている。今よりも先へ。もっともっと遠くへ。そうやって人類は進歩してきたんだから」
「だからなんで私なのって話なんですけど」
「好きな人を助けたい。そう思うのは間違ってるかな?」
「顔だけで告白してきた人に好きだなんて言われてもねぇ……」
「確かに合宿で告白したのは君の容姿が魅力的だったからだ。不誠実だと思わせてしまったのならごめん。でも人は内面も大事だけど、同じくらい外見も大事だと思うんだ。ただ単に顔が整っているかというよりも、衣服の着方、清潔感のある髪型、美しい所作。内面はいくらでも偽れるけど、外に現れる美意識は偽れないからね」
「……似ている」
その発言はビバリーの前で先輩が私に力説した内容とよく似ていました。もっともあの時の先輩は外見100%などと口走っていましたが。
それ以外にもどこか……この方には先輩と似たような感じを受けます。ねちっこくて陰湿で性悪で最低な先輩と、こんな爽やかな方が……。どうしてそう思ったのか根拠は言えませんが、同質でありながらコインの表と裏のような……そんな感じがします。まぁ何にせよ。
「私のヒーローはもういます。一所さんには悪いですが……」
「射丹務新斗に関わるのはもうやめた方がいい」
突然先輩の名前を出され、思わずドキリとしてしまいます。そして一所さんは語り始めました。
「教室でのやり取りを見てたよ。正直あの人に人を助ける力なんてないと思う。無意味に騒ぎ立てて大勢の人を巻き込んで、自分が論破して気持ちよくなりたいだけだ。彼に関わった人間はみんな醜く変わり果ててしまう。君だってそうだ。今も充分綺麗だけど、出会った時の方がずっと美しかった。彼から学ぶことなんて一つもない。だいたい早口で何言ってるかよく聞き取れないだろ? 君に醜くなってほしくないんだ」」
あなたが先輩の何を知っているんだ。そう言いたい私の気持ちは一所さんの勢いにかき消されてしまいました。まるでずっと昔から彼を知っているかのような口振りです。幼馴染だったりするのでしょうか。
「……余計なお世話です。私は醜くなんてなりません」
「やっぱり外見も大事だね。君の顔は嫉妬と焦りに満ちている」
「ほっといてください」
メイドとしてはありえない行為ですが、これ以上話したくなくてスタッフルームへと逃げます。そしてようやく気づきました。あえて悪態をつく演技。どこまでが演技で、どこまでが本心か。一所さんへの感情が自分でもわからなくなっていました。
「放せ! いたんだよ絶対に! 天使が! 先輩が! あれは夢なんかじゃない! 絶対に本人だった! 先輩! 先輩!」
スタッフルームに戻るとそこにあったのは、錯乱したかのように大声でまくし立てている先輩の姿でした。店長さんや百井さんに抑えられながらも焦点の合っていない目で万さんを探す先輩。そしてその奥には、物陰で床に体育座りしている万さんがいました。
「理想的なシチュエーションで再会したい気持ちはわかります。でも先輩の素直な気持ちはこれです。先輩のためにも顔を見せてあげてくれませんか?」
そばを通っても顔すら見てくれない先輩を素通りし、万さんにお願いします。ですが万さんもまた私の顔を見ることもせず、ぼそぼそと答えました。
「ボクは新斗が好き。付き合いたいし結婚もしたいって思ってる。でも新斗はボクに母親の姿を見てるんだと思うんだ」
そう語る万さんの瞳からは一滴の涙がこぼれています。
「両親を幼い頃に亡くした新斗。その代わりに与えられたお金を守るため、新斗は色んな大人と戦ってきた。誰も信用できなかったと思う。そんな新斗が初めて心を開いてくれたのがボク……だって新斗は言ってたよ。でもボクは母親にはなれない。ボクと一緒にいたら不幸になるんだよ。だからさ、ボクの代わりに新斗を支えてあげてほしいんだ」
母親の代わり。普段の先輩の態度からは寂しがっているなんて空気は感じませんが、今の先輩を見るとそう思ってしまうのも頷けます。頷けるだけですが。
「しっかりしてください!」
「痛い!?」
万さんの頭を叩くと、ようやく万さんは私の顔を見てくれました。
「それ全部あなたの妄想ですよね? 先輩に直接聞いたんですか?」
「いや……背景的にそう思うだろうって予測で……」
「でしょう? 少なくとも私の目からは恋愛感情があるように見えます。恋人として一緒にいたいと思ってるんですよ、先輩は」
「いや……でも……」
「本当にそっくり……。いいですか、私は先輩を惚れさせます。あなたはライバルです。もっとしっかりしてください! そうじゃないと本気が出せませんから!」
「……君、やっぱりかわいくないね」
ようやく少し笑ってくれた万さんに軽く蹴りを入れ、今度は先輩の方へと向かいます。
「先輩、帰りますよ。お仕事の迷惑になってます」
「先輩がいたんだよ! どこか……近くに……!」
「いたとしても私の方が大事でしょ!? ちゃんと私を見なさい! 私と一緒にいてくれるって言ったじゃないですか!」
思いっきり先輩の頬を叩くと、先輩もまたようやく私を見てくれました。
「お前……前から思ってたけど意外と暴力的だよな……」
「言っても聞かないんだから多少の暴力は仕方ないでしょう」
いまだ呆然としている先輩の腕を引っ張り上げ、無理矢理立たせます。
「あんまり私を舐めないでくださいね」
嫉妬はする。焦りもする。仕方ありません。それが素直な感情なのですから。
でも負けない。その上で勝ってみせます。そして全員を幸せにしてみせます。それが私の正義なのだから。




