第3章 第1話 敬意
「目安箱を設置したところたくさんの依頼が来ました!」
ゴールデンウィーク中に行われた異例の体育祭が終わって一週間。何やら余計なことをしていたとは勘づいていたが、いよいよ面倒にもほどがあることをしでかしていた千堂が大きな箱を持って部室に入ってきた。
「めや……目安箱……?」
「はい! 私体育祭で気づいたんです! 先輩がすごい嫌われているということに!」
「ほうほうそれでそれで?」
「私が全校生徒から好かれていることは実証済みですが、嫌いな人のいるところに相談なんかしたくないですよね? そこで誰でも気軽に相談できるようなシステムを実装しました。これなら先輩と直接話さなくても悩みを相談できるというわけです」
「よし、嫌われてる俺が人助けなんかしなくてもいいってわけだな?」
「なに言ってるんですか! これは先輩が性格最低だけどそこまで悪い人じゃない気がするという事実をアピールするチャンスです! 一つ一つ案件を解決し、先輩の評判を回復させていきましょう!」
元気いっぱい、とびきりの笑顔でそう語る千堂に、俺の隣でスマホをいじっていた雨音がため息をつく。
「これいつもこんな感じなの? 喧嘩売ってるようにしか聞こえなかったんだけど」
「正しいこと言ってるからタチ悪いよね~」
普段はヒーロー系のキャラを作っている教室時の千堂ばかり見ている雨音に、香苗さんがフォローにもならないフォローを入れる。まぁ嫌われてるのは事実だからどうでもいいが……。
「やるならせめて金になる依頼にしろ。体育祭の時摩耶に使った金俺が立て替えてるんだからな」
「もちろんお返ししますよ、美容院代とかも含めて。そのために四月のお小遣いは全額貯めておきました! お釣りはいりません、お納めください」
そう言って財布から出したのは、五千円札。……うん。
「お前金の価値がわかってないんだよ! こんなんで足りるか! 小遣いが足りないなら身体でも売ってこい!」
「さいっってい! 本当に最低ですからね!?」
「最低なのはお前だ! 職業に貴賎なし! 身体を売るのだって立派な職業だ!」
「未成年! 違法だから最低って言ってるんですよばーか!」
こいつ……体育祭が終わってから俺に対する敬意が感じられないぞ……。舐められるようなことしたか……?
「ずいぶん好かれてるみたいですね、モテモテー」
俺と千堂のやり取りを聞いていた雨音が状況と正反対な言葉をつぶやく。どう解釈すればこれを好かれてると捉えられるんだよ。
「とにかくだ! 金にならないボランティアをやるくらいならバイトでもしてろ。仕事ってのはとどのつまり人助けなんだからな」
「そうしたいのですがパパが厳しくて……」
「ちょっといい?」
千堂の言葉を遮るようにノックの音と共に部室に女子生徒が入ってきた。髪をくるりと巻いており、ピンク色のカーディガンを着たおしゃれに気を遣っている感じの女子だ。馴れ馴れしさ的に千堂か雨音の友だちだろうか。ギャルと捉えれば香苗さんの友だちとも考えられるが、この人の交友関係は全て把握している。見覚えがないのだからおそらく一年生だろう。
「お悩み相談ですか?」
「うん……射丹務に聞かれるのは嫌だけど手段は選んでられないからね」
関わったこともない女子からも嫌われてるなんてさすがは俺って感じだ。先輩以外に好かれたいとも思ってないから別にどうでもいいが。
「千堂、雨音。お前らの友だちだろ? 勝手にやってくれ」
「いえ、お初の方ですが……」
「金沢茜さんでしょ? 二年生の。先輩と同じクラスだったはずだけど」
「あんた私のこと知らないの……? 去年からずっと同じクラスだったでしょうが……!」
どうやら俺の知り合いだったらしい。確かに名前を聞けばそんな奴もいたなーという感じもするが、クラスに何の思い入れもないからな。やはり顔に見覚えはない。
「はぁ……。まぁ知らないならそっちの方が都合がいいかもね。知り合いに聞かれるのは恥ずかしいから。……私ね、実はアイドルやってるんだ」
「アイドル!? すごいですね!」
「って言っても地下アイドルのさらに下……まだ研修生ですらないって感じだけどね」
そう自嘲した金沢はパイプ椅子に腰かけ語り始める。聞くとも言っていない依頼内容を。
「正確に言えばメイド喫茶、『メイパラ』のアルバイト。この店が特殊でね、運営元が芸能事務所なんだ。メイドとして人気が出ればアイドルグループに入れてもらえるんだけど、私は今そこそこ人気が出てきたところ。もう少しがんばったらオーディション受けさせてくれるんだって」
「典型的な詐欺事務所だな。夢見がちな馬鹿女に餌をちらつかせて夜の相手をさせて飽きたら放逐。さっさと辞めた方が痛い!」
「なんてこと言うんですか!」
正直な感想を述べると千堂に頭を叩かれた。だが金沢は笑ってうなずく。
「実際そうだと思う。メイド喫茶を卒業していった先輩たちの名前なんてほとんど聞かないしね。でも中にはテレビにも出れるほどのグループに入った人もいる。ほんの一握りだけどね。それを知っちゃったら、詐欺だとわかってても辞められない。自分でも馬鹿だと思ってても、もしかしたら自分もその一握りになれるんじゃないかって……どうしようもない夢を見ちゃう。それくらい、アイドルになりたいんだ」
そう語る金沢の笑顔はやはり自嘲的だが、目には本気の意思が宿っている。だからこそだ。
「本気でアイドルになりたいんだったらそんな中途半端やってんなよ。もっとちゃんとしたところに入った方がいいだろ」
「それは無理。年齢的にも厳しいし、親に言ったんだ。メイパラで結果を出してアイドルになるって。うちの親、私がアイドルになりたいって夢に猛反対で……ここで逃げたら絶対に認めてもらえない。だからがんばるしかないんだけど……」
金沢が目を伏せる。言いたくないことなのだろう。ゆっくりでいい、なんて言わない。言えないのならこいつの本気はそれまでだったってことだ。
「……店長からセクハラを受けてるの」
たっぷりの躊躇の末に漏れ出た言葉は、女性の尊厳を傷つける事実だった。
「身体を触られたり……誘われたり。そうしないとデビューさせないとか言われてる……。でもアイドルはそうじゃない。アイドルはそんなことしちゃいけないんだよ。ファンに夢を見せるのがアイドルなんだから。だから……お願い。店長を止めるのを手伝って」
「もちろん!」
「お断りだ!」
軽々しく承諾しようとした千堂の言葉を遮り告げる。
「一つ、俺には関係ない。お前の童貞みたいな理想のアイドル論にも家庭の事情にも関わるつもりはない。二つ、俺にメリットがない。お前がアイドルになろうがなるまいが心底どうでもいい。三つ、本気を感じない。身体を売ってアイドルになれるんなら好きなだけ売るべきだ、とまで言うつもりはない。悪いのは店長やその事務所のシステムだ。それに迎合することが正しいだなんて思っちゃいない。でも本気なら、もっと他にやることがあるだろ。それすらわかってない奴に俺が力を貸してやる義理はない」
手早く三つの条件を伝え、さっさと帰るように手で払って見せる。だが金沢は立ち上がる様子を見せない。少し悔しそうに目線を逸らして俯いている。どうやら本当にやるべきことがわかっていないようだ。
「……やっぱあんた嫌いだわ。千堂さん、あなたなら協力してくれるよね?」
そして俺は無理だと悟ったのか千堂に助けを求める金沢。まぁ千堂なら馬鹿みたいに協力するだろう。後は二人で勝手にやってくれ。俺は知らん。
「いいえ。助けたいのは山々ですが、できません」
だが俺の予想……いや、この場にいる全員の予想を裏切り、千堂は助けを拒否した。
「先輩のこれはいつものツンデレじゃありません。本気で断ろうとしています。だとしたら私も助けることはできません」
「なんで? こいつが勝手に言ってるだけでしょ!? 体育祭の時みたいに助けてくれたって……」
「先輩は私の全てです。先輩が本気でやりたくないのなら、私もやりません。だってそれは先輩を裏切ることになるから」
あまりにも堂々と。そして強い意志を持って放たれた言葉に、誰も開いた口を閉じることはできなかった。そんな俺たちの様子に気づいているのかどうかわからないが、千堂は続ける。
「理由の二つ目までなら協力できます。私と百井さんもそのメイパラでアルバイトをしましょう。これで関係はできます。お金も稼げますしメリットになりますからね。ただ最後の三つ目、先輩が本気じゃないと判断した部分は私ではどうにもできません。自分で考えて見つけてください。それが私にできる最大限の協力です。それが一番先輩が喜ぶと思いますから」
体育祭を経て千堂は変わった。より一層元気になったし、友人もたくさんできたし、みんなから好かれるようになり、そして……。
「……あれ? 私何か変なこと言いました?」
俺を見るその瞳は、まるで鏡を見ているかのようだった。
「……え? あたしも巻き込まれた?」
あまりの事態に百井がその事実に気づいたのは、それから少し経ってからだった。




