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嫌われ者の俺がいじめを救い、学校のヒーローになるようです。  作者: 松竹梅竹松
第2章 体育祭

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第2章 第4話 無能

〇雪華



 射丹務新斗先輩という人は最低な人間です。口も態度も性格も最悪。正義とは正反対の屑です。そして、私のヒーロー。



 あの人を全肯定なんてできるはずもないですが、それでも人を助ける能力については全幅の信頼があります。だから彼から学ぶんです。そして勝ってみせる。あの最低な性根を改心させるほどに魅了して、大好きにさせる。今日がその一歩です。



「失礼します」



 町内会長さんから応援合戦実行の認可をいただいたその日のまま、私は校長室に伺いました。アポイントも取らないでこんなことをするなんて私の主義に反しますが、これも先輩から教えてもらったギャップの内。申し訳ないという気持ちは一旦置いておきます。



「……君は?」



 そんな私を出迎えたのは初老の男性。パンフレットや入学式でも顔を見た大翼高校の校長先生です。



「はじめま……ごほん。一年の千堂雪華って言います。校長先生にお願いがあって来ました」



 先輩の演技はだいぶ掴んできたと自負がありますが、目上の人間に対してあんな態度を取るなんて簡単なことではありません。自然と口から敬語が出てしまいます。それでも精一杯態度は悪く、校長先生に詰め寄ります。



「お願い? 私にできることだったら何でも言ってごらん」



 私の不躾な態度にも校長先生は笑顔を見せてくれました。先輩とは大違い……こういう大人になりたいものです。



「単刀直入に言います。応援合戦をやらせてください」



 そうお願いしましたが、校長先生は優しい笑顔を崩しません。それはまるで何の検討もしていないという様子でした。



「そういう話は体育祭実行委員会の管轄の教師に言ってもらいたいんだが……」

「体育祭まで残り二週間と少し。時間がありません。中間管理職を挟んでいる余裕はないんです」


「それこそ遅いんじゃないかな。応援合戦の中止が決まったのは去年の体育祭が終わった数日後。去年の委員長や今年の委員長に立候補していた子にはすでに説明していたはずだが」

「昔の話はしていません。私は今の話をしています!」



 校長先生には初耳……他の先生には伝えていたのかもしれませんが、しっかりと反対運動をしていたなら噂程度には聞いていてもおかしくないはず。やはり先輩の言う通り、体育祭実行委員会の方は内輪で揉めて満足しているようです。なんにせよここは退くわけにはいきません!



「町内会長さんの認可はいただきました! これで騒音問題は解決です!」



 校長先生のテーブルにドンと手を置いて一筆いただいた紙を見せつけます。しかしそれでも笑みは崩れません。



「問題はご近所からのクレームだと伺いました。その原因は解決しました。これで尚拒むというのなら、納得いただける理由を提示していただけますね?」

「だから言っただろう、もう遅いと。既に当日のスケジュールは組んである。当日の教員の配置、保護者に提示したプログラム、然るべき機関への報告。子どもにはわかりづらいけど、教師は問題や怪我につながらないよう綿密に準備を重ねてきているんだ。それを当日二週間前に変えろというのも無理な話。これは決して意地悪で言ってるんじゃない。生徒の安全を守るためだ」


「生徒の安全? いじめを止められなかったくせによく言いますね……!」

「いじめがあるのも初耳だ。被害者は誰かわかるかい? すぐに解決に尽力しよう」


「それこそもう遅い。教師なんかよりよっぽど頼りになる、私のヒーローが助けてくれました。そして私は彼の後輩として今後いじめが起きないように、起きてもすぐに解決できるように動いています。わかりますか? あなたたち教員は束になっても敵わないんですよ、射丹務先輩というヒーローには!」

「射丹務……!?」



 思わず熱くなって先輩の名前を出してしまったことに気づいた時には、それこそ遅すぎました。校長先生の顔からは教育者としての優しい笑顔は消えていて、まるで……。そう、まるで以前の百井さんのように、悪意がこもった表情に変化していたのです。



「あれの後輩ということは君も読書研究会に?」

「ええ。でも今回の案件は私の独断です。先輩は動いてはくれませんでした」



 とりあえずフォローは入れておきましたが申し訳ないことをしてしまいました。でも今はそれよりも……。



「無理を言っているのはわかっています! それでも応援合戦をやらせてください! 絶対に問題を起こさないように委員会全員で警備に当たります! だからお願いします!」



 校長先生の表情が変わった今がチャンス。頭を下げて懸命に頼み込みます。先輩のように。全部うまくいく先輩の真似をして。



「……わかった。議題に上げて検討してみるようにするよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」



 やったやった! やりました! これで応援合戦ができて、委員会も仲良くなれるはず。何よりも相良さんを本当の意味で助けられました。先輩が言った解決方法よりもはるかにいい結果に導けました!



「それではさっそく委員会のみなさんに報告してきます! 本当にありがとうございましたっ」

「……忠犬ハチ公の話は知っているかな?」



 急いで校長室を後にしようとする私の背中に校長先生が言葉を投げかけてきました。



「ご主人様の言いつけを死ぬまで守って駅で待ち続けたというあれですよね……?」

「そう。私はあの話が大好きでね。飼い主と飼い犬の強い絆が感じられる、とてもいい話だ」


「ええ、私もそう思います。でもそれが何か……?」

「いや、今度の全校集会で話そうと思ってね。飼い犬は飼い犬らしく何も考えもせずただ言いつけを守っていればいい。好き勝手に暴れてしまえば保健所に連行されて殺処分になってしまうから、とね」


「……さすがに集会の場でそういうオチはまずいかと……」

「だね、冗談だ。君は早くみんなの元に戻って伝えるといい。校長自らが応援合戦が行えるよう会議の場で尽力すると」



 そうでした、私は勝ち取ったのです。先輩の分まで、先輩ができなかったことを。



「というわけで応援合戦はできます! これで委員会全員が一致団結、同じ目標をもって活動できますねっ。去年と同じ、いえ去年よりも素晴らしい体育祭を実現しましょう!」



 校長室を出た後すぐ視聴覚室に戻り体育祭実行委員会の方々に勝利報告を告げました。しかし彼らの顔は晴れません。どこか怒りを覚えているという風にすら見えます。



「……どうしました? これで応援合戦ができますよ?」

「校長は検討する、会議で話すとしか言わなかったんだろ? 本当にできんの?」



 頭をガツン、と殴られたようでした。確かに応援合戦を実行するとは一言も……。



「……でも校長先生は優しそうな方でした。嘘をついているようには……」

「いやどうせ検討したけど無理だったって言うに決まってる。大人はいつだってそうだ」

「やっぱ許せねぇ! 文句言ってやろうぜ!」

「今まで応援合戦ができなくてもって思ってたけど、堂々と嘘をつくなんておかしい。こうなったら派閥なんて関係ない! 全員で抗議だ!」



 応援合戦推進派も中止派も、垣根を越えて全員が騒ぎ立てます。先輩が言っていた通りに。



「相良さん……私は……!」

「雪華様は悪くないよ……悪いのは学校側。こうなったら私たちも全力で抗いましょう!」



 これで内部分裂は解消。相良さんからの依頼は完遂。そして熱意だけあっても何もできず応援合戦は中止になって愚痴だけ言って終わる……無能だから。私たちが。



「どうして……どうしてこんなことに……」



 先輩に教わった通りにやっていたはず……いえ。初めはそれを意識してたけど、どこか途中で忘れてしまって……そうです。いじめのくだりで思わず熱くなってしまっていました。そこからは校長先生の言う通りに……拳の下ろし所を提示され、まんまとその通りになってしまった。



「でもどうする? どうやって抗議するか……」

「そうだ……ボイコットしよう! 授業サボってボイコット! よくね!?」

「確かに俺たち全員が集まれば三十人を超える! これだけの人数が集団でサボればいけるかもな!」



 いつまでも落ち込んでばかりはいられません。どうにかして本当の意味で相良さんを助けなければいけない。



「明日から授業をボイコットしましょう! 幸い町内会長さんの許可は取れています! 地域の方を通して圧力をかけるんです! ゴミ掃除をしながら地域の方に向けて学校がいかに悪いことをしているか伝えるんです! そうなれば学校側も放置はできません。いずれ向こうが折れてくれるはず。これで私たちの勝利です!」



 いま取れる最善策はこれのはず。しかし私がそう提案した途端、先ほどまでうるさかった部屋が一瞬で静かになってしまいました。



「いや……さすがにそこまでは……」

「どうしてです? 先ほどは妙案だと頷いていたではないですか」


「それはほら……推薦とかも関わってくるし……それにほら、もうゴールデンウィークだろ? 授業があるのは一週間もない。たった一週間休んだところで学校側が動くとは……」

「ゴールデンウィークだからこそです。人に見られる機会が多くなる。それに人数もより多く集められるはずです!」


「いやでもゴールデンウィークは旅行の予定が……」

「みなさん本気なのでしょう!? だったら旅行をキャンセルしましょう!」


「もちろん本気だよ! でも他にも方法はあるだろ? みんなの負担にならないもっといい方法がさ」

「……だから無能だって言われるんですよ」



 私の最後の言葉は誰にも届きませんでした。ボイコットとは別の手段を講じようと騒ぎだしたからです。



「どうせどれもやらないくせに……」



 かつての私と同じです。本気で何かしようと思ってる。ただし自分が傷つかない方法で。結局具体的な話になればデメリットばかりを気にして何もせず、ただ自分たちがかわいそうだと嘆くだけ。



 先輩の気持ちがようやくわかりました。そりゃあ手助けなんてしたくないですよね。自分は本気なのに、当の本人がこんなに甘えていたら。



「……先輩」



 先輩ならどうするだろう。先輩ならどう解決してくれるだろう。そう思ったら私の手は止まってくれませんでした。関わりたくないと言っていたのに先輩へと電話をかけていました。そして電話はすぐ繋がってくれました。



「先輩……!」

「ざんねーん、あんたの大好きな先輩はあたしと今デート中」



 しかし聞こえてきたのは先輩とは違う、女性の声。香苗さんとは違う……どなたでしょうか。というか……デート中!? この私を放っておいて……!?



「あなたは一体誰なんですか!? 先輩と代わってください!」



 しかし電話先の方はそれ以上何も言わず、電話は切れてしまいました。



「私は……どうしたらいいんですか……!?」



 しかしやはり私の声は、無能共の騒音にかき消されてしまったのでした。

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