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嫌われ者の俺がいじめを救い、学校のヒーローになるようです。  作者: 松竹梅竹松
第2章 体育祭

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第2章 第3話 戦い方

「先輩……それどういうことですか……?」



 体育祭実行委員会の内部分裂を止める。一年生相良からの依頼を受けた翌日の放課後。俺と千堂は学校を出て徒歩一分の民家の前に来ていた。



「どういうことって見りゃわかるだろ。チャラくしてきたんだよ」



 普段は髪をセットすることもしっかりと制服を着ることもない俺だが、今日は違う。わざわざ昨日ビバリーで茶髪に染め、制服もアイロンがけしたものを用意し、去年度買っていたそれなりの値段のアクセサリーを馬鹿みたいに纏ってきた。イメージは見た目に気を遣っているヤンチャな高校生ってところだ。



「だからどうして町内会長さんに応援合戦を認めてくださいってお願いをする時にそんな格好をしてるんですかと訊いてるんですけど……」



 そう、俺たちがいるのは町内会の会長をやっているジジイの自宅前。今からアポなし突撃するわけだが、どうやら千堂は俺の作戦が理解できていないようだ。



「何の事情も知らない奴が俺たちを見たらどう思う?」

「不真面目な生徒だと思います……二人とも髪を染めていて制服もちゃんと着れていない……」


「そう、馬鹿なカップルに見えるってわけだ」

「かっぷ……っ」


「とりあえずお前は不機嫌そうな顔して突っ立ってればいい。その代わりちゃんと見てろよ。これが役作りってやつだ」

「は……はい……っ」



 まったく似合ってないが顔の良さだけで王子様をやっていけてる千堂にそう声をかけ、インターホンを鳴らす。



「どちらさま……っ!?」



 定年を迎えて退職をしているであろう年齢のジジイが、家から出るなり俺たちの姿を見てぎょっとする。ファーストインプレッションは最悪ってところだな。



「あのー、俺ら大翼高校(おおよくこうこう)のものなんすけどー、ちょっとお話いいっすかー」

「しゃっ、しゃすっ。いたっ!?」



 突っ立ってればいいと言っておいたはずなのに、千堂は俺につられて少しヤンキーっぽい挨拶をしながら頭を下げやがった。ここで少しでもいい印象を持たれたくない。すぐさま千堂の頭を叩いてフォローする。



「き……君たちと話すことなんか……」

「俺の親がここの町内会に参加してるんすけどー、それでも追い返しますー? ひとっつも話を聞いてくれないクソジジイだったってチクっちゃうかもなー」

「……とりあえず入りなさい……」



 適当なでっちあげだが効果はあった。いかにも老人の家といった感じの和風の家にあげてもらい、居間に通してもらう。



「それで話っていうのは……」

「俺ら体育祭の実行委員会に入ってるんすけどー、応援合戦に文句をつけたのってじいさんで合ってる?」

「……体育祭があるのは土曜日だろう。せっかくの休日……うるさいのは勘弁してほしいとみんな言ってるんだ……。君たちには悪いけど近隣の人たちの迷惑になってるのは事実。何も体育祭自体を中止にしてくれって言ってるんじゃないんだからさ……」



 ほとんど勘で聞いてみたが、やはり町内会長がクレームを入れたようだ。そう、このジジイではなく町内会長という立場での発言ということ。よく言えば代表としての意見。悪く言えばみんなの意見だと逃げている。そして話し方的に後者のスタンスが強いことは間違いないだろう。



「うちの高校は創立七十二年。あんたと同い年くらいか? それだけ昔からあるんだ、近くに高校があるってわかった上で転居してきた人が大多数のはず。それなのにうるさいって文句つけるって……都合がよすぎると思いません?」

「いやそれは……」


「そっちがうるさいって言ってくるならこっちだって言わせてもらいますよ。授業中に聞こえてくる夫婦喧嘩の声。登校の時間なのにも関わらず平気で速度を上げながら運転している車。外から女子生徒を眺めるおっさんの目つき。俺たちだって迷惑してるんすよ。でも何も言わなかった。ご近所だからこそ、多少の迷惑は見逃してるんだ。なのにそっちがその気ならこっちだって受けて立ってやる」

「それは……その……」


「……って、いう意見もあります」



 そろそろ充分だろう。俺は腰から頭を下げ、誠心誠意。心の底からという風に声を振り絞る。



「お願いします! 応援合戦をやらせてください!」



 町内会長の顔は見えないが、空気だけで息を呑んでいることが伝わってくる。だから頭を下げながら続ける。



「みなさんに迷惑をかけてることはわかってます! それでもやりたいんです! ずっとこの一日のために練習してきたんです!」



 熱意というのは演技では出せないものだ。どれだけ取り繕おうが、発散されるエネルギーには必ずそれに比例した原動力が必要になる。ただし言葉はいくらでも嘘をつける。



「もちろんうるさいっていう意見は受け止めてます! だから規模を縮小して、なるべく迷惑にならないようにします! だからお願いします! 俺たちにもう一度チャンスをください!」



 俺に意地でも応援合戦をやりたいという想いはない。だからこの熱意は別のところから持ってきた。そう、先輩への想いを利用して。この嘘にリアリティを持たせる。



「……君たちの熱意はわかった。去年より静かにしてくれるなら、きっとみんなも納得してくれると思う。近隣住民には儂から話しておく。君たちは思いっきり青春を楽しみなさい」

「はいっ! ありがとうございますっ!」



 チョロすぎ。これで交渉材料を一つ手に入れることができた。



「先輩……私感動しました。先輩があそこまで体育祭に賭けていたなんて……私も応援します!」

「馬鹿か誰が体育祭なんか出るか」



 町内会長の家を出て、なぜか騙されている千堂に説明する。これから彼女が何をしなければいけないのかを。



「今俺がやったことは大きく分けて二つ。一つはギャップ。真面目な奴が正しいことをするより、ヤンチャな奴が正しいことをやった方が印象はよくなる。そしてその差は大きければ大きいほど効果的だ」

「なるほど……だから派手な格好をして悪態もついていたんですね……」


「もう一つは拳の下ろし所を与えてやること。わかりやすく言えばメリットを教えてやるってことだ。相手にも何かしらメンツがある。完璧に論破してやるのも気持ちいいけど、一度振り上げた拳は下ろしにくいもんだ。だからわかりやすい逃げ道を与えることで手早く楽に事を終わらせられる」

「それで規模を縮小すると……でもいいんですか? そんな勝手なこと言って」


「去年のことを鮮明に覚えてる奴なんていない。そう言えばそう映るんだよ。人の認識なんてそんなもんだ」

「なるほど……難しいですね。私にはまだできそうにありません」



 できそうにない……か。言いたくないが、そろそろ言わなきゃどうにもならないか。



「千堂。俺はここでこの案件から手を引く。後はお前がやれ」

「……は?」



 後輩としてただついてきていただけの千堂の表情が変化する。困惑……そして当事者としての本気の表情に。



「今回は少なからず学校側との交渉になる。俺はそれができないんだよ。一教師とかなら話は変わってくるが、学校という組織と関わることはできない。悪いがこれは絶対だ」

「なんで……なんでそんな急に。先輩がやるって言うから私も……」


「だから言っただろ、お前がやらないって言うなら俺もできないって。正直なところ裏からでも関わりたくない。ここが限界だ。だからお前ができそうな交渉手段を実践して教えた。ギャップと拳の下ろし所……この二つはお前が無意識だろうが普段からやってることだ。それを意識的に使えば何とかなる」

「でも……私一人で……学校となんて……」



 昨日は威勢のいいことを言っていたが、一人でやるとなると途端に弱腰になってしまう千堂。責めはしない。誰だって不安になるのは当然だ。だから……。



「お前が本気を出せないならやめた方がいい。町内会長からの許可。これだけで充分仕事は果たしたと思う。後は委員会にやってもらおう。あいつらが熱意もあるくせに何もできない無能なのは武器がなかったからだ。これで万事解決する」



 俺は千堂に拳の下ろし所を与える。千堂にだってメンツはある。相良の依頼を受けた以上何もやりませんでは通らない。ちゃんと手柄は用意した。正直退いてくれると助かるんだが……。



「……先輩はどう思いますか? このまま体育祭実行委員会に任せて……解決すると思いますか?」

「ああ。体育祭は実施。応援合戦はやらない。それで決着だ」


「あの方たちでは失敗すると思っているんですね……?」

「間違いないね。本番直前で内部分裂を起こして一年生が外部に助けを求めるほど腐っている組織が上手くいくはずがない。そもそも委員長は誰だ。現状どういう議題で揉めているのか。それすらもわからなかった。団結したのは俺を追い出す時だけ。ようするにあいつらは物事を解決しようとは思っていない。学校と正面から戦って勝ち取ろうという覚悟がない。最悪応援合戦ができなくても体育祭を続けたい、応援合戦ができないなら中止させたい。そう思って騒いでいたらやっている感が出てその熱量で満足しているだけだ。どうせ学校の言いなりになって普通の体育祭をやって、打ち上げの場でおかしい間違ってると愚痴を言い合って、自分たちは正しいことをしたんだ、本気でがんばったんだって慰め合って終わる」


「それがわかってて……どうして協力しようと思ったんですか」

「言っただろ、本気を感じたからだ」


「それは……実行委員会のみなさんではなく。相良さんに対してですよね」

「……わかってるじゃないか」



 正直千堂を見くびっていた。俺の真似をして特別感に酔っているだけだと思っていたが、そうではないようだ。だとしたら千堂の答えは決まってるな。



「助けてほしいと言ってきたのは相良さんです。あなたは体育祭実行委員会のことなんて何一つ考えていない。依頼人の相良さんを助けるために動いている」

「一年生で組織の問題に気づき、自分では解決できないと思ったら外部に助けを求め、見知らぬ俺に上級生が見ている前で状況の説明をした。並大抵の奴ができることじゃない。そういう奴にこそ報われてほしいと思う」


「相良さんの依頼は内部分裂を止めてほしいというものでした。だから町内会長の許可という餌を与えた。体育祭推進派の方たちもできることなら応援合戦をやりたいと思っているはずでしょうから、これで学校側に話をしにいくでしょう。結果はどうあれこれで団結。相良さんの依頼は完遂ということですよね」

「俺より長台詞を言うな。その通りだよ」


「でも相良さんが本当に願っているのは体育祭の成功のはずです。みんな仲良く体育祭を成功させたい。そう思っているのではないでしょうか。それくらい先輩にだってわかっているはずですよね!」

「……真意をお前の感情で読み取ろうとするな」


「先輩がこれ以上できないというのは、勝てないからというわけではないですよね」

「……ああ。そういう事情がある」


「なら……仕方ないですね。私たちは読書研究会という組織です。先輩ができないなら、私がやるしかありません」

「……迷惑かけるな」


「いえ。私たちまで内部分裂していたらしょうがないですもんね。その代わり、今度何か奢ってくださいよ」

「解決できたらな」

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