【第93話】ゼッタの大戦⑧ 1日目
キツァルの砦で城門があるのは、ゴルベルを睨む西側とルデク側の東側のみだ。南北はただ石壁が続いている。
攻め寄せるゴルベル軍は部隊を二手に分け、東西の城門を狙うようだ。
それぞれの城門の守備を担うのは第四騎士団。僕と麾下のフレイン隊は砦内において遊軍扱い。状況の悪い場所に向かい援護する。
外へ出ていた兵士が入城した後は、西側の城門の内側には瓦礫を積み、より突破され難いように工夫してある。
対して東側の城門はそのまま。外に出ていった双子やホックさん、それに援軍受け入れの可能性も考慮して瓦礫を積んではいない。
ゴルベル側もそれは読んでいるはずだけど、15000のうち、1万を瓦礫のある西側に、一部隊の5000のみを東側に回してきた。
ゴルベルの将の気持ちを考えれば、無難な選択肢だ。ここまで手を打ってきている以上、軍師、サクリは援軍を完全に封じたと思っているだろう。実際にその通りだ。けれど、実際に大将に据えられたゼーガベイン将軍はどうだろうか?
万が一、万が一援軍があった場合、東側は撤退が遅れる。下手すれば囲まれる可能性すらある。
この場を攻めるゴルベル軍2万がもしも敗れることがあれば、エレンやシュワバに攻め入っている各一万の兵も、危機に晒されることになる。
全てを失えばゴルベルは滅ぶ。
それを一番実感しているのはゼーガベイン将軍だろう。最悪、サクリの予測が外れていた場合、彼には被害を最小限に抑える責務がある。
先を見ることのできる優秀な将軍だからこそ、ここで冒険はできない。
必然的に、撤退し易い西側の攻撃が厚くなり、東の城門は薄くなったと想像できる。
ただ、ここで気になる事があった。ゴルベルから見れば最も危険な東の城門を担ったのは、かのローデライト=エストだったのだ。
様々な評価が飛び交うものの、総じて「戦は強い」と称されるローデライトが少数で東門に回る。これだけでも不気味だ。
実際にボルドラス様はローデライトを警戒して守備兵を半分に分けて、等しく守備に当たらせた。僕はひとまず敵の兵数が多い西の城壁へと部隊を動かす。
ウィックハルトの初撃からさして時を置かず、ゴルベル軍が砦に取り付き始める。
狙いは当然城門だ。
城門を破るための槌が用意され、それを城門に叩きつけようとする。当然こちらはそれを阻止するため城壁の上から弓を撃ち放つ。
対抗してゴルベルからも弓矢が放たれると、互いに数名がその場に崩れ落ちた。
さらに、僕ら守備側が城門付近に集中すれば、手薄な部分から城壁へと駆けあがろうと、多数の長梯子が架けられる。
守備側も抵抗を見せるものの、如何せん兵数の差があり、全ての長梯子を撤去するには至らない。一瞬でももたつけば、梯子から次々にゴルベルの兵が駆け上がってきた。
遊軍である僕らは、この梯子から登ってくる敵への対応に注力することに決めた。城壁の守備が破られれば僕らに勝ち目はない。
とはいえ、如何せん兵士が足りない。
西門から攻め寄せる兵士1万に対して、西門を守る僕らは、第四騎士団の2000とフレイン隊800を加えた3000弱に過ぎないのだ。
その2000の第四騎士団のうち、1000は西門の真上での交戦にかかりきりで、さらに500は地上で城門を守るために動いているので、長梯子の兵士に対抗するのは1300のみ。
それでも地形的な優位性は守備側にある。
僕らはどうにかこうにか城壁へ登ってきたゴルベル兵を、次々と追い落としてゆく。
この戦いの中で、際立った活躍を見せているのはディックである。
もとより膂力に関しては第10騎士団においても頭ひとつ抜けた存在だったディック。フレインより「お前は小手先の技術を覚えるよりは、その筋肉を活かせ」と言われて、武器を剣より棍棒に持ち替えていた。
城壁の上でディックが棍棒を振るうと、ゴルベルの兵が吹っ飛んでゆく。城壁の上から地面に叩きつけられ、その動きを止めた。
また、かかる長梯子へ向けて棍棒を振り抜けば、梯子は簡単に砕け、登ってきていた敵兵がまとめて落下してゆく。
そんなディックの暴風のような攻撃をかわして城壁を登り切った兵士の中でも、手練れとみなされればウィックハルトが一撃の元に射抜き、残りはフレイン隊が片付ける。
充分に戦えてはいる。けれど、やはり状況は厳しい。
被害は明らかにゴルベルの方が多いけれど、こちらも無傷というわけにはいかない。
少しずつ戦えぬ者が増えてゆく。
このまま削られ続ければ、ジリ貧に陥っていただろう。
しかしこちらにも切り札がないわけではなかった。
先に砦から出ていった、ユイメイの双子の部隊とホックさんが頃合いを見計らって動き始めたのだ。
双子もホックさんも率いる兵はそれぞれ1000。
ホックさんはリュゼル隊を率いているので当然だけど、双子も騎馬隊だ。それも通常の騎馬隊とは違う重装騎兵。通常の騎馬隊よりも機動力には劣るが、敵の弓くらいは放っておいても弾き返す防御力がある。
突撃力に定評のあるホックさんと、多少の攻撃なら物ともしない双子の騎馬隊。
両者の選択した戦い方は、一言で言えば嫌がらせだ。
一気に近づき将官を狙うふりをしながら、敵兵が対応しようとするとさっと離脱。それから敵兵に見える位置で挑発しながら、追いかけて来れば煙に巻き、無視すれば再び攻め込む。
城壁の上から見ても、うろちょろする騎馬隊に対する苛立ちが伝わってきた。
ゴルベル側も一度、ホックさんと双子の騎馬隊を一掃するために4000以上の兵を差し向けたけれど、散々連れ回された挙句にホックさん達に置いていかれる始末。
まるで先日のホックさんと双子の追いかけっこを見ているみたいだ。
ユイメイの双子はホックさんを師匠と呼んでいた。
ゆえにか、チクチクと実にいやらしい攻撃はホックさんのやりようとよく似ていた。
一進一退の攻防が長い時間続き、もはや時刻がわからなくなった頃、ようやく陽が沈み始める。
「ゴルベルの兵が退いてゆきますね」
ウィックハルトの言葉を聞くまでもなく、ゴルベル兵が撤退を始める。
「ようやく終わった、、、、」
日没とともに、初日の攻防戦が幕を閉じたのだった。




