【第89話】ゼッタの大戦④ 見込み違い
ホックさんの襲来からさして日をおかず、第10騎士団の本隊も無事に王都を出立したとの連絡が入る。一部の部隊を除けば、遅れも思ったより少なく着陣できそうだとのことで少し安心。
正直言って、僕はこの段階で少しこの戦いを楽観視していた。
僕の知る未来よりも優位なルデクの状況、陣立ても決まって準備も万端。状況はかなり良い。そして、ついにその日はやってきた。
「2万近い兵が、ヒースの砦に集結しています!! さらに増援中!」
ゴルベルの最前線の砦に大きな動きがあったのは、今年一番の寒さを感じた早朝のことだった。
「来ましたな」ボルドラス様が重々しく言いながら、ぐるんと右腕を回す。
「いよいよねぇ」こちらは紅茶を飲みながら落ち着いた風のホックさん。この人結局一度も第二騎士団の元に戻ることなく、キツァルの砦でユイメイを追いかけたり、ルファを追いかけたりしていたけれど、大丈夫なんだろうか?
「この場で敵を引き受けて、南北から増援が挟撃。これが基本で良いのよね?」
「はい。変更の連絡は来ていないので、予定通りで問題ないと思います」
既にゴルベル包囲網は出来上がりつつある。おそらく3万程となるゴルベル軍に対して、ここにいる約7000の兵士に加え、エレンに詰めている3000の兵を呼び寄せて、砦を頼りに時間を稼ぐ。
そして第二騎士団および第10騎士団の増援を待って一気に勝負を決める。兵の総数はこちらの方が若干少ないけれど、地の利はこちらにある。
砦をしっかり守られて、左右から攻められればゴルベルも苦しい戦いとなるはずだ。
既に各所へゴルベル進軍の一報は放っている。あとは少しだけ砦を盾に戦えば良い。
「では、ルファ殿、戦巫女として仕事をお願いしてもよろしいですかな?」ボルドラス様の言葉にルファはこくりと頷いた。
すぐに中央棟前の広場に多くの兵が集められた。皆、来るべき戦いに向けて気力が漲っており、湧き立つ気炎が目に見えるようだ。
「聞けい!!!!」普段とは打って変わった激しい声でボルドラス様が叫ぶと、兵たちは一斉に沈黙した。
「知っての通り、ゴルベルの弱兵どもが懲りもせずに攻め寄せてくる! だが臆することはない! 既に想定済みの戦である!! また、此度は我らの元に、運命の女神ワルドワート様の寵愛を受ける戦巫女がおられる! 万に一つも負ける事はないと心得よ! 戦巫女様、我らに幸運のお言葉を!!」
ボルドラス様に促されたルファは一歩前に進み出ると、小さく息を吸い込んだ。
「ルファ=ローデルです! 皆様の頭上にワルドワート様のご加護があらんことを!!」
ルファがそのように言い終わると、地面が響くほどの歓声が砦に響き渡る。
外は十分に寒いのに、人々の熱気で少し汗ばむような気がした。
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陣立ての詳細を話し合っている僕らの元に、その情報はもたらされる。
「エレンの砦に敵兵が?」ボルドラス様が眉根を寄せる。
「はっ! その数1万!」
「1万だと!? 多いな」
エレンの砦からの急報だ。早朝に多数のゴルベル兵が現れたという。
「旗印は確認できていますか?」僕の質問に
「確認できたのは牡鹿のツノにアザミと、三つの剣の横並び、それから荊と麦」との返事。
「、、、、ファイス将軍と、レドゥル将軍、シーカー将軍の部隊ですね。じゃあ、ファイス将軍が大将格かな? あの将軍は蛇のようにしつこいから、ちょっと面倒ですね。本気でエレンを落とすつもりかもしれない。ホックさん、ここは第二騎士団はエレンに差し向けた方がいいかもしれません」
そのように言いながらホックさんを見れば、少し驚いた表情でこちらを見ていた。
「ロアちゃん、貴方、、、、、旗印だけで部隊を特定したの? それともたまたま知っていた旗印かしら?」
「いえ、ゴルベルや周辺の国の将軍だったら、大体旗印は把握していますよ?」
それが趣味ですので。
「嘘、、、、」まだ疑っているホックさんに、ウィックハルトが補足する。
「ロア殿はそういう方です。北の大陸はもちろん、南の大陸の将にすら明るいのですよ」と言う。確かにフェザリスの将軍のことは知っていたけれど、南の大陸の方はそこまでではない。有名な将軍くらいだよ?
僕の心の中の否定はともかく、ウィックハルトにそのように言われたホックさんは「そうよね、レイズが目をかけるくらいだもの。只者ではないわよねぇ」と、少しだけ納得したみたい。
「それではロア殿の進言の通り、第二騎士団はエレンに向かっていただくということでよろしいですか?」
「そうね。ボルドラスちゃんの方から使者を出してもらって良いかしら? 私は、もう少しここにいることにするわ」
「分かりました。おい。すぐに使者の準備を!」騎士団長同士で同意がなされ、兵士が慌てて駆けて行く。
しかしエレンか、、、、一見良手に見えるけれど、これは微妙な気がする。
ゴルベルの総兵は3万程度の筈。そこから1万をエレンに割くとなると、残りは2万。
確かにエレンからの救援はなくなり、かつ、第二騎士団の動きも封じられた。代わりにゼッタ平原はゴルベル2万に対して、第四騎士団と僕らの7千となった。しかし、時が経てば第10騎士団が集結して、2万近い兵が集まることになる。
ほぼ同数となれば、守る側が圧倒的に有利だ。攻め手が砦を攻略する可能性は著しく低下する。
さらに言えば、エレンも守り切れる可能性が高い。3千の第四騎士団が籠っている上、精鋭の騎馬軍団が援軍に入るのだ。早々に落とされるとは思えない。
ゴルベルに勝つチャンスがあるとすれば、キツァルの砦に7千しかいないうちに、3万の兵で押し切る。これだけだったはず。
「ヒースの砦にはどれだけの兵が?」
「2万程度から大きくは増えていないとの報告が入ってきている」
やっぱり、予想通りだ。
そのように思っていた僕は、続いて飛び込んできた伝令の言葉に耳を疑う。
「シュワバの砦から緊急の伝令です!」
「シュワバの砦?」
キツァルの砦の南にある、ルデク側の小さな砦だ。現在は第10騎士団の一部隊が詰めているはず。
「シュワバの砦に敵兵! およそ一万の兵が攻めてきています!!」
僕の知らぬ1万の敵勢が、突如として現れたことで、戦況はにわかに混沌の様相を呈してくるのだった。




