【第84話】王の子息⑤ 心情
演習場から戻ってきた僕らは、謁見室にて再び王の御前に集まっていた。
この場にいるのはゼウラシア王とその2人の息子、ゼランド王子とウラル王子。王の書記官のネルフィア。レイズ様とグランツ様、ラピリア様。そして、僕、ウィックハルト、リュゼルとフレインという面子だ。
王子の側近たちは、演習場ですでに解任されてこの場にはいない。
少し場が落ち着いたところで、王が息子たちに声をかける。
「さて、何か言いたいことはあるか?」
それは主に、演習場からずっと下を向いて唇を噛んでいるウラルに向けた言葉であったろう。けれどウラルが何も言わないため、まずはゼランド王子に発言を促す。
「私は、、、、すごく楽しかった。実際の戦場とは人を見て、相手との読み合いや心理戦こそが最も肝要だとロア殿に教えていただきました」
そのように言いながらキラキラした目を僕に向けてくる。
大変心苦しい。
実はこの戦い、半分以上はレイズ様のお膳立てがあってのものだ。
もちろん事前に助言を受けたとかではない。レイズ様は対戦前の離席の先に「手早く済ませろ」と言って出ていった。
対戦相手がグランツ様とラピリア様である以上、正面切って戦えば、指揮官の実力を問わず、手早く済ませられる戦いなどない。
つまりこの時点で「奇襲を仕掛けろ」と言っているようなものだ。
みんなの手前、ウラルが王都に近い場所に陣を構える理由を色々述べたけれど、多分、どう転んでもウラル王子は東の高台に陣を敷くことになったと思う。レイズ様ならなんとでもできるだろうから。
ならば、もう僕がやることはそれっぽい理由をつけて背後から奇襲を仕掛けるだけ。さっき初対面の王子の性格など知ろうはずもない。第一印象だけでなんとなく話しただけだ。
けれど、ここでそれを明かしてしまってはまたウラル王子が面倒なことを言い立てそうなので、ここは黙って羨望の眼差しを受けておこうと思う。
それでもゼランド王子には少し自信になったみたいで、出会った時よりも表情が明るい。
それにしても、戦闘は心理戦か。なかなか的を射ている気がする。初っ端でその考えに行く着くあたり、この王子、むしろ将器があるんじゃないかな?
ゼウラシア王にも満足できる答えだったようで、次に弟を見る。
「では、ウラルはどうか」
びくりと肩を震わせるウラル。
室内をしばし緊張した空気が包む。
「、、、、、ですか?」
「なんだ? はっきり言いなさい」
「私には将としての才はありませんか?」
言葉を絞り出しながら、ウラルの頬を涙が伝う。
「レイズ? どうだ?」
「才はあるとも、ない、とも言えますな」
「そのような問答のような話を聞きたいのではない!」レイズ将軍を睨むウラルに、レイズ将軍は穏やかに答える。
「今のまま敗戦から何も学ばず、また褒めるだけの側近で固めるなら、ウラル様の将来は小物がいいところ。敗戦を受け入れ、何が悪かったのか学び、また、間違ったことを間違ったと言ってくれる者を側に置いて鍛錬すれば、名将となりましょうな」
「、、、、では、私でもまだ将になれる可能性はあるのか?」
「ウラル様はなぜそこまで将に固執される? 随分と焦っているようだが?」
「、、、、私が一角の将として武威を示して、兄上に忠誠を誓えば、兄上を侮る者も居なくなるではないか、、、、」
この言葉にはその場にいる全員が息を呑んだ。
まさか、そんなことを考えていたとは。。。。
「ウラル、、、私が不甲斐ないばかりに、、、」ゼランドが泣きそうな顔で弟を見る。
「なるほど。王よ、幼き王子をここまで追い詰めるとは、側近どもは解任だけでは少々刑が軽すぎるかもしれませんな」とレイズ様。
「うむ。私も少々腹を立てておる。ゼランド、ウラル、その方らの気持ちはわかった。ゼランドはウラルが心配しなくて良くなるよう、学べ。ウラルよ。お前はそこまで急がなくても良い。ちゃんとした側仕えを用意しなかった父のせいだ。すまぬ。お前はきっと名将になる。ゆっくりと成長すれば良い」
そのようにまとめて、2人に退出を促した。
2人が退出した後。
「さて、ロア、それからウィックハルト、フレイン、リュゼルよ、この度はご苦労だった」と王から労われる僕ら。
「結局、王子たちの取り巻きを排除したかった、ということで合ってますか?」僕が答え合わせを求めると、レイズ様が「そうだ」と言った。
王子の教育係兼側近というのは、有力貴族たちが売り込みをかけてくるらしい。その中でも家格や相手との力関係のバランスをとりつつ選ばれる。
今回は私費で大金を積み、評判の良い人材を集めたという有力貴族を中心に人材を配置したのだが、これが失敗だったと。
王もどうやら取り巻きが勝手なことをしているのは把握していたけれど、タチが悪いことに表向きはちゃんとした教育係であったこと。例えば盤上戦。ゼランドの取り巻きも巻き込んで、わざとゼランドが負けるように仕向けたりと、とにかくゼランドは無能で、ウラルは有能という印象を刷り込もうとした。
解任するのは簡単だが、理由がなければ送り出してきた貴族が黙っていない。東西に敵を抱える現在、内部にも火種を燻らせることを避けるため機を待っていたということだった。
「穏便に済ませようかと思っていたが、思ったよりも悪質であった。かの家は王家に弓を引きたいようだ。レイズ、どのような手段が有効か考えよ。ネルフィア、かの家の弱みを集めておけ」
「「畏まりました」」
、、、、、瓶詰めの時も思ったけれど、僕の国の王様は思ったよりもずっと強かだ。
こうして王子の諍いは、ほっこりする兄弟愛と、ドロドロした大人の世界の両面を垣間見ながら幕を閉じた。




