【第83話】王の子息④ 目的
時は少し遡り、出陣前。
私の見つめるなか、作戦会議の場で「50騎くらい置いていこうと思うんだ」というロア。
「どういう意味だ?」フレインの言葉に「向こうの本陣の背後をつく」と簡単に返す。
ロアの説明はこうだ。
まず王都から出陣したロア隊は、離れた場所に50騎を別働隊として残し、さらに本隊も遅れて到着する。それから相手に隙を見せながら着陣すれば、ウラルは喜んで攻め入ってくるだろうから、手薄となった本陣を残してきた50騎で叩く。
「しかしその作戦は、相手が王都側に陣を敷かないと意味がないのではないか?」とリュゼルが懸念を示す。ゼランドもその通りだと思った。けれど、ロアは「いや、ウラル王子は多分東側に本陣を置くよ?」と言いきった。
なぜかといえば、演習場には暗黙のルールというものがあるらしい。王都を背にする東側は基本的に格上の部隊が陣を敷くと。
ウラルは王子だし、ロアを下に見ている。ウラルがそのルールを知らなくても、取り巻きが助言するだろうから、まず東側に展開するだろうと。
「尤も、同格の大将同士なら話し合いなんかで決めるらしいけどね」とロアが添える。
「しかし、相手はグランツ隊とラピリア隊です。こちらの兵が少なければ、すぐに気づかれそうですが?」今度はウィックハルトが問うた。
「もちろん気づくと思うけれど、ウラル王子に進言するかは別の話だよね。今回、レイズ様はどちらの軍にも助言しないと宣言した。あの2人の性格を考えれば、レイズ様が何も言わないなら、自分達から口を出さないと思うんだ。ウラル王子が教えを乞えば話は別だけど」
「ロアは、ウラル王子は両将に助言を請わないと考えているんだな?」
「まあね。今回ウラル王子がこだわっているのは、自分の戦術が、指揮が僕よりも上だと見せつける事だ。自分の考えの通りに、第10騎士団の中でも屈指の武将が動けば負けることはない。そんな風に思っているんじゃない?」
「十分にあり得るとは思うが。もし、ウラル王子がグランツ様やラピリア様に教えを乞うたら?」フレインが再度聞くが、ロアはあっさりと「ま、その時はその時で別にいいんだ。50騎は陽動で動いてくれればいい。あとは適当に時間を稼いで、ウラル王子が焦れて本陣から顔を出したら、ウィックハルト、ちょっと撃ち抜いてくれる?」と伝える。
「承りました」
のほほんとした顔なのに、作戦立案に迷いがない。さっき出会ったばかりのウラルの性格を見抜いて、早々に的確な指示を出してゆく。ゼランドは少し呆気に取られながら、ロアが指示する様を眺めていた。
「ま、多分、そうはならないと思うけどね。それから別働隊はフレイン、、、、いや、フレインを副官にして、ゼランド王子にお願いできないかな?」
そう言って視線を向けたロアに、ゼランドは少し迷って、それからあの女の子、ルファが微笑んでいるのを見てから、少しお腹に力を入れて「やります」と答えた。
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「グランツ隊、ラピリア隊が動き始めたようです」
「ほ、、、本当に動いたのか、、、、?」フレインの愛馬の背に共に乗せられたゼランドは、身を固くしながら生唾を飲んだ。
「ご覧ください、向こうに土煙が見えるでしょう。そしてその先にロア隊がおります。合図を見落とさぬように」
「う、、、、うむ」
しばらくしてロア隊の方で大旗が高々と掲げられると、ゆっくりと振られ始める。
まず1回左右に大きく2度、、、、「いいですか? 1回は敵が動き始めたの合図、です。まだ大人しくしていてください」ゼランドの脳裏にロアの言葉が蘇る。
少しして2回目、ここで旗が止まったら敵の動きが想定外、作戦変更の合図。
そしてさらに3回目。
「さ、3回振られた、旗は3回振られたな!?」ゼランドは自分の背にいるフレインを振り向く。「はい。では、進軍の合図を」フレインに促されて、ゼランド王子は周囲を見渡す。
ここにはロアから預けられた別働隊の50騎が、ゼランドの指示を待っていた。
本当にこんな簡単に上手くいくのだろうか?
半信半疑のまま、ゼランドは「と! 突撃!!」と声を張った!
決着は一瞬。
ゼランドたちが攻め寄せてみれば、ウラルの本陣背後は驚くほどガラ空きで、誰一人として後方を気にしているものはいない。
ゼランドの部隊は一気に高台を駆け上がると、即座にウラルの本陣の制圧に成功した。
ゼランドは何か怪しげな魔術師にでも騙されたような心地で、ウラルの本陣だった場所で勝鬨を上げるのだった。
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「卑怯だぞ!! 卑怯だ!!」
決着がついたので僕らも東の高台に集まってみれば、ウラル以下、ウラルの側近も全て捕縛されて転がされていた。その格好のまま、ウラルが僕に向かって卑怯だと叫んでいる。
、、、、、ちょっとリュゼル、やりすぎじゃない? 僕、別に縛り上げろなんて指示はしていないよ? 一応、そちら、王子だけど?
リュゼルに視線を向けると、リュゼルはレイズ様へと目線を動かす。レイズ様の指示ということか。
「貴様! 堂々と勝負したら勝てぬからと、卑怯な手を使い、なおウラル様にこのような恥ずかしめを!」ウラルの側近も縛られたまま意気軒昂。元気そうで何よりだ。
そうこうしている内に、少し離れた場所で見学していたゼウラシア王がやってきた。
ここぞとばかりに卑怯な手で負けたのだと訴えるウラル王子。
けれど、ゼウラシア王は非常に厳しい表情でウラル王子を見つめ、
「ウラルよ。これが実戦さながらの演習である、そのように取り決めたのはお前だろう? 卑怯とは何か?」
思わぬ厳しい言葉に、ウラル王子が言い淀む。
「しかし、、、演習場以外の場所から奇襲をかけるなど、、、、」
「バカものが! 実際の戦場ならばすでにお前の首は無くなっていると分からんのか!? 勝つための策に対して、お前は殺される直前に卑怯だと泣き喚くのか!」
おおう、温厚な人かと思ったけれど、結構言うなぁ王様。ウラル王子。もう涙目だよ?
「王よ、そのあたりで」レイズ様が間に入る。あからさまにホッとするウラル王子と取り巻きたち。だけど話はまだ終わってはいなかった。
「しかし、この程度の戦ぶりとは、いささかガッカリしましたな。注意深く観察すれば、人数が少ないことは分かりそうなもの。そもそも、周辺も確認せずに兵を動かすとは愚かにも程がありますな」
「でも!」ウラル王子が何か言おうとするけれど、レイズ様のひと睨みですくんでしまう。慣れない人にレイズ様の氷の視線は大変怖い。
「このような稚拙な、戦術とも呼べぬ児戯で負けなしとは、、、、」
その言葉にびくりとしたのはゼランド王子だ。けれど、レイズ様の次の言葉は別の方向へ向けられる。
「王よ。これは、側近の責任が大きいようですな。修練の場ではわざと手を抜いているか。それとも本当にこの程度の者に勝てぬ無能か。いずれにせよ由々しき問題です」
その言葉を聞いたウラル王子の側近たちが、青くなったり赤くなったりしながら抗議の声を上げるが、レイズ様が「今回は実戦さながらでしたな? この場にいると言うことは、実戦を覚悟したと言うこと。敗者の定めとして、何人か斬るか」と言った瞬間に沈黙。
「うむ。しかし、今まで尽くしてくれたものたちだ。斬るのは無慈悲というものであろう?」
再び安堵の息を漏らす側近たち。
「しかし、レイズの言うことも尤もであるな。この者たちに王子の教育係は荷が重かったようだ。早々に首をすげ替えよう」そこまで言ってから、王はゼランド王子の取り巻きにも視線を走らせる。
「当然、ゼランドの取り巻きに関しても、無能であると言うことがはっきりした。無能な策しか講じられぬ者相手に、まともに戦う方法すら教えられないのだからな」というと、幾人かはうめき声と共にそのまま地面に膝をつく。
、、、、、、、この茶番。王とレイズ様の狙いは”これ”か。
項垂れる王子の側近達を尻目に、僕はいいように使われた説明はしてもらえるんでしょうね? という思いを込めてレイズ様を見ると、レイズ様はほんの少しだけ口角を上げた。




