【第79話】戦の気配 ・大陸地図
ルファが正式に第10騎士団に加入した翌日。僕は一人、王都の郊外にある高台にいた。
ここは先日レイズ様と戦った演習場。本陣は引き払われているので、ただ盛り土があるだけの場所だ。
別にこの場所でなくても良かった。単に一人になれる場所を探していただけ。
アロウから降りて、少し周辺を見渡す。閑散とした演習場に見えるのは、僅かばかりの枯れ草だけだ。
息を吐くと、ほんの少し白いものが混じる。
「もうすぐだな」
誰にも聞かれぬ僕の言葉が、白い息と共に空に溶けてゆく。
もうすぐ、大きな戦いが起こる。
僕の知る未来であれば。
対するはゴルベルだ。第六騎士団に大打撃を与え、ルデク南西部を制圧しつつあったゴルベルは、この冬、ルデクとの戦いに大きな楔を打ち込むべく大軍を起こす。
後にゼッタの大戦と呼ばれる戦いの舞台は、エレンの村からほど近いゼッタ平原だ。ゴルベルとルデクの国境線の中で、最も大きく開けた場所にあるこの平原は、攻め込むには最も適していると同時に、両国から最大限に警戒される場所であった。
ゼッタ平原に3万の兵を動員したゴルベル軍。ルデクは第四騎士団、第10騎士団の投入可能なほぼ全軍、1万8千で迎え撃った。
圧倒的寡兵に防戦一方だったルデク側だったが、東部にいた第二騎士団の援軍が間に合い、どうにか戦況を盛り返すと、最終的に両軍に大きな被害をもたらしながらも決着はつかなかった戦いだ。
第10騎士団はこの防衛戦の損害と、翌年の大きな戦いによって、熟練の兵や、優秀な将を多数失うことになる。
あの夜、王都が第一騎士団によって燃やされた夜。第10騎士団が万全であったのなら、また違った運命が待っていたかもしれない。
ゼッタの大戦が今回も起きるかは分からない。前回とは条件が違うからだ。
僕の知る未来でゴルベルが大軍を起こしたのは、ハクシャの戦いに勝ち、ルデク南西部に押し出すことに成功したという点も大きい。第六騎士団がほぼ壊滅状態で、戦線が手薄な今のうちにという考えは、わからなくもない。
今回、ハクシャの戦いは僕らが勝った。第六騎士団は前線から下がったけれど健在。ハクシャ周辺には第七騎士団がしっかりと睨みを効かせている。
と、そこまで考えたところで小さな疑問が湧いた。
「そういえば、第二騎士団はなんで東部にいたんだろ?」
この前、第二騎士団に会いにいった時は、ゴルベル寄りのユフェの砦を拠点としていた。
東部に出張らなければならない理由、、、帝国で何かあったと考えるのが自然。
考えられるとすれば、ツェツェドラ皇子が巻き込まれる第二皇子の乱。タイミング的にはまさにそれだろうけど、帝国からルデクに情報が流れてくるには早すぎる気がする。
帝国とは交戦中な上、ただでさえ峻険な山に遮られているので人の往来が少ない。つまり情報が入ってき難い。ルルリアとツェツェドラ皇子の結婚ですら、一般の人達には風の噂程度なのだ。
第二皇子の乱などという、醜聞であり帝国の弱みでしかない情報が、すぐに出回るのは不自然だ。誰かが情報を流したとしか考えられない。
その情報をもとに、不穏な状況の帝国の備えとして第二騎士団が東へ動いた。
まさかとは思うけれど、ゴルベルの軍師、サクリが第二皇子の反乱に加担して意図的に情報を流した? それは考え過ぎか?
けれど、結果的にルデクは第二騎士団の到着まで、少数でゴルベルの兵を抑えなければならなくなった。たまたまと言うには都合が良すぎる。
「ルルリア達はどうなっただろう、、、、」
僕は東の空を見る。
僕の手紙を信じてくれて、第二皇子の反乱を止めないまでも、巻き込まれていなければ良いのだけど、、、
それこそ手紙でも送って確認したいけれど、中々難しい。いっそルルリアの実家に手紙を送って、そちらから送ってもらおうか。それなら届くかな? 試しにやってみよう。
もしも帝国の動きにもサクリが関係したとして、さらに第二皇子の反乱が阻止された場合でも、サクリは、そしてゴルベルは攻めてくるのだろうか?
仮にサクリがエレンの村、ハクシャ、そして帝国の第二皇子反乱までの全てを、ゼッタ平原の大戦のために謀を描いたのだとすれば、とんでもない話だ。
けれど、それら全てが失敗した時、それでも攻めてくるのか?
分からない。
そもそも帝国の事にまで関わっているかどうかすら、僕の予想でしかない。むしろ普通に考えたら無関係だ。
けれどなんとなく、なんとなくだけど、ゼッタ平原の大戦は起こるような気がした。
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「第二皇子が逃げてくる!? 事前に露見したとはどう言うことだ!?」
よく磨かれ、黒光りする重厚な机の置かれた部屋の主人である老人は、その人物にしては珍しく激昂していた。
その老人、サクリの罵声を浴びているのは、表情のない配下、名前をムナールという。
「報告の通りです、第二皇子の企みは第四皇子、ツェツェドラの手によって暴かれました。大臣は捕縛され、第二皇子フィレマスは船に乗って逃走、助けを求めて現在我が国の沿岸に待機しています」
「ツェツェドラという皇子はそれほどの人物なのか?」
「いえ。私の評価は平凡なお坊ちゃんです。年もまだ若く、取り立てて目を見張る功績があるわけでもない。気性も穏やか。地方の領主としてなら適当ではないかと」
「そんな平凡な餓鬼が、私の策を見破ったというのか?」
「策を講じたのはサクリ様ですが、実行したのは今、海上に漂っている間抜けどもです。フィレマス本人あたりから漏れたのではないですか?」
「あり得るな、、、、あの間抜けが、、、、まっすぐに逃げてきたのでは、我が国が加担していると喧伝するようなものであろう? そのまま船ごと沈めてしまおうか?」
「沈めますか?」
ムナールはフィレマスと約束した保険のことなど、まるでなかったかのように言う。
「、、、、いや、捕縛した、と言う形が良い。帝国にもそのように打診せよ」
「引き渡しを要求されたら、フィレマスは全て話してしまうのでは?」
「帝国が引き渡しを要求してきたら、了解してから適当なところで殺せ」
「畏まりました」
ムナールが部屋を出ると、入れ違いに派手な将がノックもせずにサクリの部屋に入ってきた。
「やあ軍師殿! ご機嫌はいかがかな!?」
サクリは密かに苦虫を噛み潰したような顔をした後、その将、ローデライトに笑顔を見せる。
「これはこれは勇者ローデライト様、どうされたのですかな?」
「いや、もうすぐ我らの武威を示す戦であろう? 楽しみで楽しみでな。ところで、妙な噂を聞いた。出陣を先延ばすかもしれんと。そんなことないであろうな?」
ニコニコ笑っているが、その言葉には棘がある。
何もわかっていない戦闘狂が。。。。。
ハクシャの攻略に失敗した段階で、サクリはゼッタ平原の策について、作戦中止も視野に入れ始めていた。
帝国の内乱が起これば十分に勝機はあると踏んでいたが、念のため、作戦中止についてもそれとなく噂を流しておいた。
それがローデライトに伝わったか。
ローデライトは戦いがしたいのだ。どんな小さな戦いにも顔を出したがる。なまじ民草に人気があり、発言力が大きいだけに厄介だ。
ゼッタ平原への侵攻に関しても、内密に進める予定だったものを、ローデライトが「俺が大軍を率いてルデクに止めを刺す」と公言してしまったがために、多くの将がその気になってしまっている。
先年、フランクルトがルデクの第六騎士団長を屠ったことや、ハクシャではほぼ被害なく第六騎士団を後方へ下げさせたことが、悪い意味で戦いの流れを作ってしまった。
やはり、中止は無理か、、、、
「出陣にあたって、兜を新調しようと思うのだが、、、」
心の底からどうでも良い話を一方的に話すローデライトに適当に相槌を打ちながら、サクリは心の中で深いため息をついた。




