【第73話】災難の日③ 誘拐
ゲードランドの2日目。ザックハート様が所用で午前中動けないことを受けて、僕らはクゼルの村へ行くことになった。
クゼル。
僕の生まれ故郷だ。
僕が帰る理由は何もない、村。
両親はとうの昔に天に帰ったし、家も引き払った。元々大した財産があったわけでもない。
「本当に何もない小さな漁村だよ?」
「えーでも、せっかくだから見てみたい。ね、ラピーちゃん」
「そうね。どんな村で育ったらこんな変わった人間ができるのかは知りたいわね」
「私も興味ありますね。ロア殿の発想の一端を垣間見ることができるかもしれない」
と、3人揃って興味を示したのである。
「時間のゆっくり流れる良いところですよ」というのはべイリューズさんだ。3日間僕らの歓待を仰せつかっているらしい。
近くとは言え、徒歩ではそれなりに距離があるため、一旦馬を引き取りに馬屋へと向かう。
そろそろ、朝の仕事を終えた漁師たちの姿も落ち着いた頃。港にはこの時間特有のまったりとした空気が流れている。
のんびりと歩く僕らの先で、突然大きな叫び声が響いた!
「やめて!! やめてぇ!!」
声からして子供のようだ。
何事かと走り出した矢先、僕らの前で信じられないことが起こる。
叫ぶ少女を強引に持ち上げた男が、その娘を思い切り海に向かって投げたのだ!
「きゃああああああ!!」岸壁からなす術もなく海へと落下する少女。岸壁は船の停泊のために高さがある。とても女の子が自力で登れる場所ではない。
「貴様! 何をしている!!」べイリューズさんの怒声に一目散に逃げ出す男。
「女の子は僕が! べイリューズさんは男を追って!」そのように言い捨て、返事を聞く前に僕は走り出すと手頃な場所から海へと飛び込む。
これでも小さな頃から海で遊んでいたのだ。泳ぎに関してはそれなりの自信がある。幸い波は穏やかで、パニックになっている少女の元へすぐに辿り着いた。
泣き叫ぶ少女をとにかく宥める。
「安心して! もう大丈夫だから!」
それでもなおも暴れる少女を離さぬように気をつけながら、岸壁からこちらに声をかけているウィックハルトとラピリアに「ロープを! できれば浮き輪も持ってきて! 近くのお店に頼んで!」と伝えると、2人は慌てて姿を消した。
2人が戻ってくるまで、僕は海の中でひたすら少女を落ち着かせる。少女がようやく少し落ち着いた頃、僕の近くに浮き輪とロープが投げ込まれる。
少女に浮き輪をつけると、ウィックハルトに頼んで引き上げてもらう。その頃には騒ぎを聞きつけた住民も集まってきて、ちょっとした騒動になっていた。
ウィックハルトや住民の協力もあって、無事に引き上げられた少女に歓声が上がる。
それから少しして再び投げ込まれるロープ。
ロープを使って僕が岸壁によじ登ると、再び大きな拍手と歓声。少女にはケガもなかったようで、母親と思しき女性に抱きついている。たまたまこのあたりで遊んでいたところであんな目にあったみたいだ。
この娘を投げた男は一体何の目的で、とべイリューズさんの姿を探し始めた僕は、ふと、違和感に気づく。
「ルファはどこ?」
人混みの中で何度もルファを呼んだけれど、僕の言葉に応える声はなかった。
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「雁首揃えて何をやっておるのだ!!!!!」
急ぎ第三騎士団の詰所に戻ってきた僕らを待っていたのは、ザックハート様の落雷のような叱責。
ルファは見つからなかった。騒ぎで集まった人にも聞いたけれど、どうも人が集まった頃にはもういなかったみたいだ。ルファの外見は目立つ。誰も見ていないというのはおかしい。
状況的に一人でどこかに行くとは考えられない。なら、残された可能性は、誘拐。
なぜ、と考えている暇はない。娘を助けてくれたことに感謝する母親の対応もそこそこに、第三騎士団の詰所に駆け込んだのだ。
「ザックハート様、叱責は後でいくらでも、処分もお好きになさってください。ですが、今はそれどころではありません。少女を投げ入れた男を捕らえたところ、その者は金を貰って騒ぎを起こすように頼まれたそうです。これは、最初からルファ様を狙ったものかもしれません」
ザックハート様の激昂にも一歩も引かぬべイリューズさんが、淡々と報告する。
「その男に依頼した者の素性は?」凄まじい殺気を孕んだ視線のままザックハート様が問う。
「裏町の者としか」
「、、、、今までは、事情がある者もいるであろうと、、、、ある程度は目を瞑っていたが、、、もう、許さん。裏町は潰す。兵を集めよ。。。。。。」
「はっ!」
すぐに退出するべイリューズさん。
べイリューズさんが去ってから、ラピリア様が口を開く。
「ザックハート様。私たちは別行動をさせていただいて宜しいですか?」
「どういう意味だ?」
「誘拐犯は街を出ているかもしれません」
「、、、、なにか根拠があるのか?」
「、、、、今は申し上げられません。。。。。」
「この後に及んで、言えないことがある、、、と?」
「はい。ルファのためにも言えません」
睨み合うラピリア様とザックハート様。折れたのはザックハート様だ。
「、、、、街から逃げたのなら時間が惜しい。好きにせよ。だが、どちらに向かうかだけは言え」
「私の考えの通りなら、北」
北。
東でも、西でもなく、北。
僕の中で嫌な予感がよぎる。
北にあるのは、”あの国”だ。
「、、、、戻ったら必ず事情を話してもらう。良いな?」
「、、、、ルファに許可を取ってからであれば」
「ならば話すのと同義だ! 行け!」
ザックハート様の怒声に追い立てられるように、僕らはルファ救出のために走り出した!




