【第61話】ならし任務② 瓶詰め、世に出る
結局、行き道で第二騎士団に出会うことはなかった。
三女神の泉に一番近いオークルの砦に到着した僕らは、早速砦を預かっている守備兵長に話を聞く。
盗賊たちは随分と派手にやっていたらしく、僕らロア隊が到着する頃には、既に寝ぐらの大まかなあたりも付いていた状況だった。あとは殲滅するだけ。というお膳立てが済んでいたのだ。
ここまで泳がせていたのは、ひとえにリフレア神聖国との国境だったからにほかならない。同盟国とはいえ、国境付近で兵を動かすのは互いに相応の配慮が必要となる。
「しかし、思った以上に簡単な任務だな。1000は不要だったか、、、、」リュゼルが拍子抜けした声を上げながら首を回した。
「ああ。連れてきた中から騎乗に不足がある兵を半分もつれていけば十分だな。ロア、リュゼルは一足早く休暇にしてくれ」とフレインがいう。
実はレイズ様から討伐任務が終わったら、数日は三女神の泉で休暇として良い、と仰せつかっている。前回の演習で僕らだけ西軍で働いたご褒美だそうだ。三女神の泉周辺は観光地としても有名だから、ありがたく遊んでから帰ろう。
ちなみに盗賊が出ているのは、観光地から少し離れた国境ギリギリの街道。狙いはゲードランドから運ばれてきた、南の大陸の輸入品。
どうやらこの国境付近は良く野盗が湧くらしい。国境付近だから、両国がすぐに兵士を差し向けないという点を利用しているようだ。
悪党が考えることは似通っているのか、それとも捕り逃した盗賊が味を占めて再びやってくるのか。いずれにせよ迷惑な話だ。
「流石に先に休暇を取るつもりはないが、俺たちは砦でゆっくりさせてもらう。ロア、それでいいか?」
「うん。いいと思うよ」
ロア隊とはいうが、僕が一番経験が少ない。「必要と感じたときは判断を仰ぐから、細かいところは任せておけ」という2人の言葉に甘えさせてもらっている。助かるなぁ。
「簡単とはいえ、民のことを考えれば早いに越したことはないな。早速出撃する。ロア、許可を」
「分かった。フレイン隊の出撃を許可する。頼んだよ」
「任された!」自分の両手を打ち付けて気合を入れたフレインは一足先に作戦室から退出してゆく。
「留守番の僕らはどうしようか?」
「問題ないとは思うが、万が一に備えて出撃準備を調えて待機でいいだろう」
「そうだね。折角だから瓶詰め食材の料理でも試そうか」
「それは悪くないかもしれないな」
僕らの会話に「噂の瓶詰めですか? 良ければ私にも味見をさせていただけませんか?」と加わってきたのは、砦の守備兵長だ。
瓶詰めは満を持して半月ほど前に大々的に発表された。
最初は国内の軍備、および冬の庶民の保存食として。それから一部が南の大陸へ輸出品として販売される。ただし、南の大陸に関しては先々の技術提供も踏まえたライセンス制だ。
大体一年をめどに最初は商品のみを提供し、その後粗悪品が出回る頃を見計らって、ルデクから人員を派遣してちゃんとした作り方を指導する。その後10年間は技術使用料としてルデクに費用が支払われる仕組み。考えたのはもちろん、奇人、ドリュー。
現在のところ、北の大陸では技術提供は行わない。軍事使用される懸念を踏まえてのことだ。
最初は南の大陸の中でも、特にルデクと交流の盛んな2つの国と試験的に取引きされる予定だったけれど、そこにもう1国加わった。
その国とはルルリアの祖国、フェザリス。
タールの輸入についてルルリアの手紙を添えて連絡をとったところ、すぐに大臣が海を渡ってやってきた。
その時期がタイミング的にちょうど瓶詰めの発表時期と被ったため、フェザリスの大臣が興味を持ったのだ。「必ず王から許可を取り付けるから、うちにも技術提供をしてくれ。その分タールの価格についても勉強させてもらう」とぐいぐいと参加を表明して帰っていったフェザリスの大臣。
ルルリアといい、かの国の人は商魂逞しい。
フェザリスは南の大陸でも小国だと言っていた。その辺りの事情があるのかもしれないけれど、こちらとしてもタールが安くなる上、技術提供の利益も得られるのならなんの文句もない。
「先に製造体制が整えばそれだけ大きな利益になるから、あの大臣、先見の明があるよね」と珍しくドリューも感心していた。
ともあれ、瓶詰めは世に出た。
まだ一般市民からの注目度は低いけれど、長期保存が効く輸送方法として商人や軍事関係者からは早くも熱い視線が注がれている。
冬になれば市民からの注目度もあがるだろう。野菜の育たぬ季節に、新鮮な野菜が食べられるというのは大きい。
「これが瓶詰めですか、、、、使用後は、この瓶を回収する、と?」
リュゼルから手渡された瓶詰めを守備兵長は上から覗いてみたり、下から透かしてみたりとまじまじと見つめている。
瓶は回収制とした。単純に普通の瓶よりも手間がかかるため回収して使えるものは再利用するのだ。
また、行軍時の瓶詰めの輸送方法であるけれど、こちらもドリューが「輸送中に割れるのは、要は瓶同士がぶつかり合うからでは? ならば個別に袋に入れて、馬の背にでも吊るしておけば良いのでは? それから木箱などで大量に持ち歩くなら木屑ではなくて、布を隙間にしっかりと詰めて、瓶が動かないようにすればだいぶ違うと思いますよ?」とあっさり解決してくれた。
言われてみれば、なんだそんなことかと思うのだけど、木箱には木屑の緩衝材というのが当たり前であり、恥ずかしながら全く思いつかなかった。先入観とは恐ろしい。
今回は馬の背にそれぞれ4つの瓶詰めを吊るした状態でやってきた。なるべく馬が嫌がらないようにと、吊るすのにも工夫を凝らしている。その工夫の中心となったのがリュゼルとフレインだ。さすが馬好き。なので今回の行軍は、瓶詰めの騎馬輸送の試験運用でもあった。
結果的に言えば1頭につき瓶詰め4つならなんの問題もなく輸送できた。多分6つくらいまでは問題なさそうだ。アロウにも乗せていたけど、道中特に気にしている様子もなかった。戦場に着いたら下ろしてまとめておけば良い。
味見を逸る守備兵長を宥めつつ、その日は瓶詰めの料理練習を行いながら過ごす。日が暮れる前にはフレイン隊も帰還した。問題なく任務完了。
夜、僕はあてがわれた部屋で一人、今回の行軍で気になったことに頭を巡らせていた。
もしかしたら、もしかしたらだけど、第一騎士団以外に裏切った騎士団がいるかもしれないということに。




