【第60話】ならし任務①
「大臣との接触は、済んだか?」
「は。滞りなく」
薄暗い室内。よく磨かれ黒光りする重厚な机に座る老人へ、表情の乏しい、特徴のない男が短く答える。
「で、首尾は?」
「第二皇子を唆す事には成功したそうです。武器の供与も感謝しておりましたが、、、」
「が?」
「第二皇子が失敗した時の補償が欲しい、と」
その言葉にサクリは鼻白む。そんな心持ちで成功するものか。所詮は三下。簡単に他国に転がる男など、この程度が限界か。相手にするだけ時間の無駄だ。
しかし、サクリは思考とは全く別の言葉を口にする。
「良い。全て希望を叶えてやれ。貴殿の英断にゴルベルは可能な限りの支援をすると伝えよ」
「よろしいので?」
「構わん」ーーーーー失敗すればどうせ、死ぬ。そもそも、成功するとは思っていない。
「畏まりました。では、そのように」
表情に乏しい男は、消えるように部屋から出ていった。サクリは深く椅子へ背中を預ける。
「ま、失敗しようが気を引いてくれればそれで良いのだ」くんっ、と少し伸びをしてから、ぼそりと呟いた。そして考える。
少々予定が狂った。本来であれば今頃はルデクの北西部、エレンの村に橋頭堡を築き、南西部はリーゼの砦あたりまではゴルベルの手中にあったはずだ。
尤もサクリとて、全てがうまくいくとは思ってはいない。しかしどちらも失敗すると言うのは少々予定外であった。
レイズ=シュタインか。全くもって厄介な相手だ。
だが。。。。サクリは頭を切り替える。
ゴルベルはほとんど被害を出していなければ、損もしていない。ルデクが右往左往しているだけだ。
すでに次の一手は形になりつつある。
「次は、どのように動くのかのぅ、、、、」
会ったことのない好敵手、レイズに想いを馳せながら、サクリは密かに愉悦を覚えるのだった。
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「ならし任務ですか?」
「ああ、そろそろ騎兵の練兵も終わったであろう」
僕、リュゼル、フレインが揃ってレイズ様に呼び出され、顔を出すと開口一番、そんなことを言われた。
「は。確かにそろそろ頃合いかとは思います」答えたのはリュゼル。
「それで、出撃は何処へ?」フレインも続く。2人とも出陣する気満々だ。気持ちは分かる。様になってきた騎馬隊を試したくて仕方がないのだろう。
僕が一応大将だけど、僕の意見は、、、、と聞くのは無粋だよなぁ、、、
「三女神の泉付近に賊が出ている。どうもそれなりの人数が徒党を組んでいるようだ。本来なら第10騎士団が出るような案件ではないが、ちょうど良い内容かと引き取ってきた」
三女神の泉。泉というが、正確には3つの湖が並ぶ場所だ。それぞれに運命の女神、大地の女神、風の女神の名前がついている。
場所はリフレア神聖国との国境付近。豊かな森に囲まれた湖の街道に賊が出るという。
森に身を隠しながら人々を襲うというのであれば、通常なら騎兵には向いていない場所だ。それをあえて”手頃”というレイズ様。つまり、そのくらいの事はこなせ、と言っているのか。
いずれにせよレイズ様が引き受けてきた以上、実質決定事項みたいなものだ。
「、、、、分かりました。準備が出来次第出陣します」と伝える僕に、レイズ様は「今度はゴルベルの息はかかっていないようだぞ」と、口角を上げた。
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王都ルデクトラドから、三女神の泉まではそれなりの距離がある。
ルデクトラドは主要港であるゲードランドの港との連携を考えて、ルデクでも南部に位置している。
ロア隊が率いる部隊は全て騎兵とはいえ、到底一日でたどり着く距離ではない。また、今回出撃する1000の兵が町村に滞在するのは現実的ではない。
そのため少し迂回する旅程で、5つの砦を経由しながら三女神の泉へ向かう予定だ。
滞在する5つの砦のうち3つは小さな砦。普段は最低限の兵しかおらず、何かあった時のためや、主に今回のような一時滞在用となっている。
残る2つはルデクの北の要衝と呼ばれる大きな砦だ。
三女神の泉とルデクトラドの中間地点にあるのがホッケハルンの砦、三女神の泉に近い方がオークルの砦。
リフレア神聖国と同盟中のため、いずれの砦も常備兵は少なく、主に第二騎士団が時折滞在している程度と聞いている。
「上手くすれば第二騎士団と会えるかもしれないな」とリュゼルもフレインも楽しそうだ。
第二騎士団はルデクの騎士団の中でも唯一、全兵士が騎兵で構成されている。馬好きの2人としては憧れる部分があるらしい。
僕は盛り上がる二人の言葉をぼんやりと聞きつつアロウの背に揺られながら、とにかく何事もなく任務が終わるといいなぁと思っていた。




