【第46話】漂流船騒動12 グリードル帝国
ルルリアを帝国に送り届ける道中は、恐ろしくスムーズに進む。
それもそのはず。ルルリア達を守っているのは第10騎士団だけではない。先に連絡を受けていた第五騎士団が露払いをしていたためだ。
第五騎士団はヨーロース回廊近隣を持ち場としている騎士団である。
対帝国が主な任務で、実際に何度も迫り来る脅威を凌いできた第五騎士団。ゆえに帝国へ嫁ぐルルリアに対する感情は、はっきり言って第10騎士団よりも複雑だ。
万が一暴走する部下が出る可能性に備えて、団長より直接的な護衛は辞退の申し出があった程。
その代わり、道中やヨーロース回廊では第五騎士団によって一時的に人の流れが止められ、僕らの隊列以外は全く人気がない徹底ぶりで守られていた。
「もう少しで帝国ですね」僕の隣で進むウィックハルトが言う。
帝国に行くのは久しぶりだなぁと思いながら、「そうだね」と返した僕の言葉に、ウィックハルトは少し不思議そうな顔をする。
「ロア殿、なんというか随分と落ち着いておりますね。もしかして帝国は初めてではないとか?」
しまった。僕が帝国に行ったのは、国が滅んだ後のことだ。この時代、普通の文官は帝国に行く機会などない。
「、、、、行くのは初めてだけど、書物の中では散々目にした国だからね。初めてと言う気がしないんだ」
「、、、なるほど。ロア殿の博識を考えれば、当然ですね」無駄に僕への評価が高いウィックハルトは、簡単に納得してくれる。
「そろそろ着くのかしら」と、馬車からひょっこりとルルリアが顔を出してくる。
危ないから馬車の中で大人しくしていて欲しいと願ったところで、大人しくする姫様ではない。自分も馬で進みたいなどと言い出さないだけマシとして、レイズ様もうるさく言うことはなかった。
「この辺りは道が悪いから、馬車も揺れるでしょ?」と僕が返事を返すと。「そうね。道は南の大陸の方が良いわ」と言う。
「南の大陸って、どんな道なの?」
「そうね、、、ちゃんとした街道なら、一度掘り返して、一番下に砕いた石を、その上に細かい砂を敷き詰めて、その上から土を乗せて押し固めるわね。それから滑らかにするためにタールで表面を整えたり、、」
「タールって?」
「知らない? ねばねばしていて上手く使えば色々なことに使える黒い土よ」
「へえ、初めて聞いた。詳しいね」
「それはそうよ、タールはフェザリスの特産品の一つなの。王女として自国の特産品の使い方くらいは知っておかないとね」
「タール、、、タールか、、、それ、北の大陸では取れないのかな? ウィックハルト、知ってる?」
「すみません。聞いたことはないですね」
「うーん。後でレイズ様に聞いてみようかな、、、」
「何、ロアは道路に興味があるの?」
「興味があるというか、ちょうど今、広い道を作れないかって話し合っているんだよ」
「それは良いことね。道が広くなれば人も集まってくる、物流が活性化すれば国は活気づくわ」
「でもなかなか難しくてね、、、その、タールっていうのも簡単に手に入らないかもしれないし」
「、、、、何言ってるの? ないなら買えばいいじゃない。私の国から」
「え? いいの? 君は帝国に嫁ぐのに」
「それとこれとは話は別。フェザリスが潤うなら普通に売るわよ? 帝国に着いたら取引できるように、祖国の大臣に手紙を書いてあげる。購入する気があるなら、その手紙を港にいるフェザリス人に渡せばいいわ」
「それは助かるなぁ。許可が降りるかは分からないけれど、是非、頼むよ」
「こちらこそ。良い商売になるように祈っているわ」
、、、意外なところで街道拡張の話になったな。王都に帰ったらドリューに相談してみよう。ドリューなら費用面について考えてくれるはずだ。
そんな風に僕が街道整備について思いを巡らせていると、いよいよ帝国の国境が見えてきた。
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ルルリア達の引き渡し場所は、ヨーロース回廊を抜けた先にある、グラデリオという砦の前で行われる。
遠くから見ても、既に帝国の部隊が砦の前に整列して待っているのが分かった。
「紺の旗色に四つ星の刺繍、、、、、」
「ロア、何処の部隊か分かるか?」と、不意に後ろから声をかけられた。声の主はレイズ様だ。
「あの旗印は分かりますよ。ガフォル、大剣のガフォル将軍ですよね」
「そうだ。まさかガフォルが出てくるとは、、、いや、その可能性はむしろ高かったか、、、」
少し面倒そうなレイズ様。それもそのはず。ガフォル将軍とは並々ならぬ因縁がある。
近年の帝国は北の強国ツァナデフォルとの戦いが本格化しており、ルデクへの攻勢はそれほどではない。
けれど、帝国がルデクへの侵攻に力を入れていた頃、その大将として良く軍を率いていたのがガフォル将軍だ。
対して、ルデクで対帝国の部隊を指揮した中心人物こそが、何を隠そうレイズ様だ。
再三に亘る帝国の侵攻、結果は現在も国境線が変わっていない事実が表す通りだ。後にヨーロースの大防衛戦と記される戦いは、大きな戦闘になった物だけでも実に7回にも及んだらしい。
結果的に帝国を跳ね除けたこの戦果によって、それまでは国内やゴルベルなど一部にしか知られていなかったレイズ様の名前は、一躍ルデクの名将として大陸中に勇名を馳せたのである。
つまり、逆を言えば今出迎えているガフォル将軍は、繰り返し煮え湯を飲まされてきたことになる。
今回は帝国の漂流船を助けたことに端を発した入国なので、突然取り囲まれて殲滅されるような心配はないと、、、、多分ないと思うけれど、それでも少し緊張してきた。
そして、対面。
ガフォル将軍はすぐに分かった。本人の背丈くらいの剣を背負っているから。
ガフォル将軍はレイズ様を見ると、少しだけ眉根を寄せたが、黙って微動だにしない。
代わりに、そのガフォル将軍の隣に立っていた青年が、一歩足を踏み出してきた。
「貴殿がレイズ将軍か? 此度は我が民を、そして我が妻への厚遇、感謝する。私はグリードルが第四皇子、ツェツェドラである」
ツェツェドラ、その名を聞いた時、僕は密かに息を呑んだ。
それからルルリアの乗る馬車へ視線を走らせる。
ちゃんと確認しておくべきだった。
第四皇子ツェツェドラ。
僕の知る歴史では、彼はこれから半年もせずに、若くしてその命を落とす。




