【第45話】漂流船騒動11 昔話の裏話
「ザックハート様。これまでのお骨折り、誠に感謝いたします」
深々と頭を下げるルルリアに、第三騎士団団長のザックハート様は「不作法な者が多く、ご不便をかけ申し訳なく思います」と答える。
その表情は極めて不機嫌そうだけれど、これがザックハート様の基本だ。
その様子を見ているレイズ様が、なんだか笑いを噛み殺しているように見えるのが気になる。こちらも極力無表情で厳格な雰囲気を醸し出そうとしているけれど。
「それからノースヴェル様も。私共の命をお救いいただきありがとうございました。この御恩は忘れません」
続いてルルリアにお礼を言われたのは、日に焼け真っ黒で髭もじゃ。背は低いけれど筋骨隆々の海賊、、、じゃなくて、海軍司令のノースヴェル様。
態度もふてぶてしく「おう。帝国に嫁ぐんだってな。次は俺たちの手で沈められないように気をつけろよ」などと、笑えない冗談を、、、冗談だよね?
「その時は私の乗る船がノースヴェル様の船を沈ませても、恨みっこなしですよ? でも、恩はあるので命は助けてあげます」と宣うルルリア。この姫様も大概だなぁ。
ノースヴェル様はルルリアの返答が甚く気に入ったみたいで、「おいおい、姫にしておくにはもったいねえな!」などと言いながら豪快に笑った。姫より上の職業ってなんだろ?
「名残惜しくはありますが、ルルリア様、そろそろ」さっきからなんか笑いを堪えている気がするレイズ様が出発を促し、ルルリア以下、漂流船に乗っていた者たちは、第10騎士団の護衛のもと帝国へ向け出発したのだった。
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ルルリア達を帝国へ送り届けるルートは、何度も帝国の侵入を拒んだヨーロース回廊だ。ルデクと帝国の間の峻険な山々が連なっている中でも数少ない、広い街道である。
広いと言っても馬車が2台並べば通り抜けるのが精一杯。ゆえに大軍が通過するにはあまりに狭い。ルデクはこの回廊を利用して、再三に亘り帝国の侵攻を撃退してきた歴史がある。
ゲードランドの港からヨーロース回廊までは、馬車を連れているから5日くらいかな。回廊を通過するのにも丸一日かかるから、余裕を見たら一週間くらいの道程だ。
それにしても、、、さっきのザックハート様、なんだったんだろう?
ゲードランドから出発する直前、ザックハート様は僕に声をかけてきた。
「おい、貴様。ロアと言ったな? お前だ」
「はい。なんでしょうか?」
「、、、、、いや、なんでもない」
それだけ言うとさっさと踵を返してしまう。そのまま呆気に取られている僕の方を振り返ることはなかったので、すごく気になっていた。
「どうした?」
思案顔に気づいたレイズ様が僕に声をかけてくる。
「あ、いえ。実は、、、、」と、先ほどの出来事を話す僕。初対面でも不愉快そうだったから、何か怒らせてしまったのかも。と、挨拶の時の話もする。
するといよいよレイズ様は肩を震わせ始めた。
「あのぅ。ゲードランドにいる時から、なんか笑うのを我慢してませんか?」たまりかねて聞く僕に、レイズ様は忍び笑いで返す。
「なるほど、これでようやく話がつながった。いや、これは面白いものを見せてもらった」
「僕は全然話が見えてこないのですが、、、、?」
「それはそうであろう。実はな、ザックハート様がずっとソワソワしていたので、何があったのかと思っていたのだ。あのようなザックハート様を見るのはかなり珍しかったからな。彼には悪いが、興味深く観察させてもらった」
「ソワソワしていた? あれでですか!?」あれでソワソワしていたのなら、逆に平時の状態が想像できない。
「ああ。最初はルルリア様に対しての複雑な感情の発露かと思ったのだが、、、」
「えーっと、つまり、敵国である帝国に嫁ぐ相手にどう対応していいのか迷っていた、と?」
「そうだ。だが、違った。ザックハート様が気にされていたのは、ロア、お前だ」
「僕ですか? 全然心当たりがないんですけど?」
「本人はそうだろう。正確に言えばロア、と言うよりもゲードランドや近隣の子供達にザックハート様はとても気を配っている。第三騎士団は長くゲードランドに居を構えている騎士団だ。ゲードランドや周辺の子供達をザックハート様は我が子のように思っている」
ああ見えて情の深い方なのだ。と付け加える。
「でも、ゲードランド出身の子供なんてたくさんいるでしょ?」
「そして、ザックハート様は意外に繊細な方だ」
、、、、、嘘でしょ?
「おそらく、最初につっけんどんにしたロアが、この街に縁のある子供であったと知って、密かに最初の対応を後悔したのだろう。ましてロアはルルリアの歓待をしっかりとこなしてみせた。気持ちの中では喜んでいたに違いない。だが、中々それを伝える機会を得られずにいた。そんなところか」
「ええ〜」
物語の中で語られるザックハート様と違いすぎる。乙女かな?
「そうがっかりするな。あのようなお方だからこそ、部下は慕ってくるし、先代をお叱りになられた時も、先代は耳を傾けたのだ。あのザックハートが言うなら、と」
確かに、びっくりはしたけれど。それで僕の中のザックハート様の評価が下がることはない。貴重な話を聞けたとは思うけど。
「へえ、面白いお話ね」
いつの間にやら馬車から顔を出していたルルリアが、僕らの話に口を挟んでくる。
「ルルリア、いつの間に?」
「結構最初から聞いていたわよ?」
レイズ様は涼しげな顔をしているので、聞き耳を立てていたのを気づいていたっぽいな。
「それで、ザックハート様が貴国の先王様をお叱りになられたお話も、ぜひお聞かせ願いたいわ!」
瞳を輝かせるルルリア。
帝国への道のりは始まったばかりだった。




