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【第44話】漂流船騒動10 ロアの港町ガイド


 ルルリアがレイズ様から外出を勝ち取った翌早朝、僕らはゲードランドの街中にいた。


 漁師の朝は早いので、街にはすでに活気がある。この朝の喧騒が終わり、昼が近くなると街を彩る主役たちが入れ替わるのがこの街の大きな特徴だ。

 漁師に代わって商人や観光客でごった返すのである。


 海に面した一等地の商店は、主に後者に対して商売しているので、まだこの時間は開いていない。それでもルルリアは興味深そうに店構えを覗いたりしている。


「ね、どのお店も必ず階段がついていて、入口が少し上にあるけれどなぜかしら?」


「ああ、ルルリアの母国で見たことない? 海が荒れた時に浸水しないように、少しでも高い場所に入口をつけているんだよ」


「へぇ〜、そうなの。フェザリスは内陸部の国だから、こうして港町を見るのはこれで二回目よ。一回目は出発の時だったから、ほとんど馬車から出してもらえなかったし。。。。」


 それもそうか。普通はこれから帝国に嫁ぐ姫を港町で遊ばせはしないよなぁ。


「それにしても、やっぱり大きな港ね。向こうの方まで船が並んでる。こんなの初めて見たわ!」


「そりゃあ、北の大陸でも一番大きな港だからね。こう言ってはなんだけど、この港を見てから帝国の港を見ると少しがっかりするかもよ?」


「それなら私が大きな港を作るから問題ないわ!」


 、、、、、なかなか野心的なお姫様である。あのレイズ様を言い負かした辺り、本当にやりかねない気もする。僕の知る未来ではどうだったかなぁ? そもそもこの港も灰塵に帰したからなぁ。


「そうだ! お店が開くまでに、私、見てみたいものがあるんだけど」と、ぽんと手を叩くルルリア。


「何を?」


「馬を見たいのよ! できれば軍馬!」


「馬? なんで?」僕らの会話を聞きながら、黙ってついてきていたリュゼルがピクリと反応する。


 ルルリアの説明によると、南の大陸の馬は北の大陸の馬よりも一回りか、二回りくらい小柄なのだそうだ。故に、荷物を引いたりが主な仕事で、騎馬隊というものは大陸を通してほとんど見かけないらしい。


 言われてみれば南の大陸の戦闘に関する書物で、騎馬部隊に触れている物は少なかった気がする。


「だから北の大陸に来たら一度は近くで見てみたいと思っていたの! 馬車とかじゃなくて大きな軍馬を!」


 それは帝国に行けばいくらでも見ることができそうだけど。いや、姫ともなれば簡単に馬屋に行くこともないのかも知れないな。


 ふと気配を感じて振り向けば、リュゼルが何か言いたそうにすぐ近くまで来ている。うん。言いたいことは分かっているし、ここは任せよう。


「ルルリア、リュゼルは第10騎士団の騎馬隊を率いている部隊長なんだ。だからすごく立派な馬に乗っているんだよ」


 僕の言葉に目を輝かせるルルリア。


「本当に!? 素敵ね! ぜひ見せていただけないかしら」


「頼むよ、リュゼル」僕もお願いすると。


「、、、、確かに、大陸広しといえど、スタンリーは五指に入る名馬と言えるでしょう。分かりました。ルルリア様たっての願いとあらば、私の愛馬をお見せいたしましょう。馬屋はこちらです。私の後についてきてください」とリュゼルは俄然張り切って先頭へ躍り出る。


 しかし、大陸で五指とは大きく出たなぁ、、、、僕はこの場にフレインがいなくて本当に良かったとしみじみ思うのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「素晴らしい馬だったわ! 素敵な体験だわ!」


 リュゼルの愛馬、スタンリーを見て大興奮のルルリア。愛馬をすごく褒められて気をよくしたリュゼルが、ルルリアをスタンリーの背に乗せてあげて、少し周辺を散歩なんかしたものだから大変ご機嫌である。


 その様子を背後から見ていたルルリアの侍女、ゾーラさんは顔を青くしていたし。少し遠くで僕らを見守っていた護衛の兵士も慌てているようだったけれど、とりあえず何ごともなく乗馬体験は終了した。


「少しお腹減ってきたわね」


 お昼には少し早いけれど、早朝から動き回っているのだ。ルルリアの言葉に呼応するように、ルファのお腹も「くう」と鳴って、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「そろそろ開けるお店も出てくる時間だから、お昼にしようか? ルルリアは何が食べたい?」


 南の大陸の船が多くやってくるこの街では、様々な料理を目にすることができる。ルデクの民の場合、南の大陸の料理を楽しみにやってくる観光客も多い。もちろん、南からの客向けにルデクの料理を出す店もある。


「そうね、、、ねえ、ロアは幼い頃からこの街をよく知っているのよね」


「うん。話した通り、近くの漁村の生まれだからね」


「なら、観光客向けじゃないのでお勧めはないかしら? こう、穴場的な」


「ええ!? そりゃ、あるにはあるけれど、味はともかく本当に普通のものしか出ないよ?」


「そういうのがいいんじゃない。そういうお店のポージュを食べてみたいわ!」


「表通りのお店に比べれば、店構えもボロいけど、、、」と言いながら、ゾーラさんに視線を走らせると、ゾーラさんはこくりと頷く。乗馬に比べればどうということはないという認識か。


「じゃあ、ちょっと細道に入りますから、護衛の人たちにも伝えてくるよ」と僕は遠巻きにしている兵士さんの元へ。


「あんまり無茶しないでください」と少し泣きの入っている護衛の人たちに謝罪しつつ、僕らは細道へ滑りこむ。


「へえ〜これはこれで趣があるわね」


 細道は階段のように細かい段差があり、両側は背の高い建物がひしめき合っている。僅かなスペースに花壇があったり、ほんのささやかな広場では地元の子供たちが遊んでいた。


「あ、あった。開いているかな?」


 僕が子供の頃からある食堂だ。当時すでに老齢の夫婦がやっていたので、閉めてしまっていないか心配だったけれど、店には開店の札が掛かっている。


「こんにちは」声をかけながらドアを開けると、僕の記憶にあるままの老夫婦が出迎えてくれた。んん? この店、時間が止まっているのかな?


 と思ったら、昔はいなかった息子夫婦が手伝っているのを見て少し安心する。


「いらっしゃい。どうぞ」


 ものすごくキョロキョロしているルルリアを始め、他の人たちも興味深そうに店を見渡しながら店内へ入る。


 内装は昔ながらの港町の食堂。落ち着くなぁ。


 出てきたポージュは昔と変わらず絶品だった。


 ルルリアは「これは、、、、究極ね」と真剣な顔でポージュを見つめていた。随分とポージュを気に入ってくれたみたいだけど、帝国に嫁入りするのにお気に入りがルデクの家庭料理というのは、大丈夫だろうか?


「さあ! お腹いっぱいになったら、もっと色々観て回るわよ!」


 僕の頭をよぎった一抹の不安など気づくはずもなく、元気よく宣言するルルリアの言葉に、店の老夫婦が優しく微笑むのだった。





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