【第40話】漂流船騒動⑥ 自由な王女様
「それで、何が聞きたいの? 話せないことは話せないと言うけれど、できる限りは話すわよ」
僕らが入室してから、さして時を置かずにそのようなことを言い放つルルリア。ルルリアから情報を引き出さなければと気負っていたルファを始め、僕らは少し毒気を抜かれたように立ち尽くす。
「そんなところでぼうっと突っ立っていないで、お座りなさいな。あ、そこの将校さんは私の隣ね。貴方のような人が隣でお茶をしてくれたら眼福だわ」
誘われるままに席に着くウィックハルトに続いて、僕らも困惑しながら続く。何というか、ずいぶんと印象が、、、、さっきの優雅さ、どこいったの?
「ルルリア様、また、そんな言葉遣いをなされて」
「いいじゃない。見たところ貴方たち、私から情報を聞き出すために来たのでしょ? 正直言って、もう、飽き飽きしているの! 何日こんな部屋に押し込むつもりなのかしら?」
どうも随分と鬱憤が溜まっているみたい。元々こういう性格なのだろうけど。
「ただし、私が話すには条件があるわ」一方的に話を進めてゆくルルリア。
「条件とは、どのような?」ご指名で隣に座ったウィックハルトが問うと、ルルリアはにんまりとする。
「それは、もちろん、、、、」
「もちろん、、、?」誰かがごくりと喉を鳴らす。
「この国の、大陸の美味しいものを教えてくれるかしら?」ルルリアの言葉に僕らは拍子抜けする。
「えっと、、、そんな話で良いのですか?」と聞くルファに、ルルリアが大きく手を広げて首を振る。
「あら、そんな話なんてことはないわ。もしかすると私、このまま祖国へ強制送還されるかもしれないのでしょう? 漂流までして、やっとの思いで海を渡ってきたのに、この有様よ!? せめて名物くらい口にしたいじゃないの! そのための事前調査よ!」
「えっと、、、別に話したからって、食べられるとは、、、」ルファの言葉に、先ほどよりも大きく首を振る。
「いいえ。そこだけは譲れないわ。どうせ貴方たち、上官に報告するのでしょう? なら、必ずこのように伝えて。ルルリア=フェザリス=バードゥサは、この国の美味しいものを食べなければ意地でも動きません。って」
「お嬢様!」側仕えの人が語気を強め、ルルリアは少しだけしまったという顔をする。
「フェザリス、、、、貴方はフェザリス王国の?」ルファの質問に舌を出したルルリアは
「やっぱり同族には気付かれるわよねぇ、失敗失敗」と笑う。
「、、、フェザリス? どこかで聞いた記憶が、、、あ! 名軍師ドランのいた国か」
思わず口にした僕の言葉に、ルルリアは目を丸くする。それからやおら立ち上がると、僕の方へとやってきて、上から下まで見てから、僕を覗き込むように視線を向ける。
「、、、、どう見てもサルシャ人、、、じゃないわよね。あなた、何者かしら? なんでドラン様の名前を知っているの? 名前は? 南の大陸に来たことがあるの?」
あれえ、おかしいな? さっきウィックハルトやルファと一緒に名乗ったはずだけど?
「えーっと、名前はロアです。南の大陸に行ったことはないですが、ドラン様の噂はルデクにも届いていますよ?」
「嘘ね。ドラン様が優秀なのは事実だけど、彼の方の采配で大きな戦いに勝ったのはつい一月前よ。とても、北の大陸まで伝わっているとは思えないわ」
、、、、しまった。活躍した時期を知っているだけに、ついつい伝わっていると答えたけれど、僕らの大陸に軍師ドランの噂が届くのはもう少し後だったか。
僕がどんな言い訳をしようかと考えていると、ウィックハルトが口を挟む。
「僭越ながら、ロア殿は我が国の誇る名将、レイズ=シュタイン様自らが乞うて、第10騎士団に引き入れたほどの御仁。私が忠誠を誓ったお方でもあります。その知識が海を越えていても何ら不思議はありません」
「ウィックハルト、それは言い過ぎじゃあ、、、」
「いえ、ロア殿、言い過ぎではありませんよ。貴方は先程も、旅一座の者しか知らぬような挨拶すら存じておられた。その知識の広さに私は密かに感嘆していたのですよ」
なんか、ウィックハルトの思い込みが止まらない。
「え、、、? そこのイケメンが貴方に忠誠を誓っているの? 貴方に???」
ルルリアが改めて僕をまじまじと見る。
、、、、まあ、言いたいことは分からなくもない。
「お嬢様、、、」側仕えの人に注意されて、ルルリアは漸く
「あ、これは流石に失礼でしたね。お詫びいたしますわ。ほほほ」などという。今更そんなお嬢様ぶられても、、、、もう、何だか面倒臭くなってきた。流れで聞いてみよう。
「あのう、、、僕のことはともかく、その、ルルリアは何しに帝国へ向かっていたんですか?」
「え、私? 帝国の皇子と政略結婚するためにここまで来たのだけど?」
、、、、、え? その情報以外に言えない事とか、なくない?
「、、、それ、言っちゃっていいんですか?」流石にどうかと思ったのか、ルファがやんわりと聞くも、ルルリアは気にもしていない。
「問題ないわよ。どうせ、強制送還になるなら関係ないから」
開き直っているなぁ。この人。
「ん? って事は、ルルリアって、、、、」
「ええ、フェザリスの第三王女よ。あ、口調はそのままでお願いね。私、こう見えて堅苦しいの嫌いなの」
うん。どう見ても、堅苦しいの嫌いでしょうね。
「他に聞きたい事はある?」
「えーっと、、、王女なのに、側仕えの人、1人だけなんですか?」
「違うわよ? 他の護衛は別の部屋に連れて行かれたけれど?」
、、、なるほど。明らかに粗雑に扱ったらマズそうなルルリアだけ隔離したのか。
「他に聞きたい事は?」
ルルリアの質問に、僕とルファとウィックハルトは顔を見合わせる。
目的も身分もはっきりしたんだけど、他に聞くこと、、、、無くない?
僕らの質問がなさそうだと判断したルルリアは、「じゃあ私の番ね!」と椅子に座り直す。
そうして一呼吸置いてから「さ、この国の美味しいもの、たっぷり聞かせてもらうわよ!」と高らかに宣言した。




