【第36話】漂流船騒動② 歌姫
不思議な歌声だった。
歌い出しはまるで少女のよう。それがいつの間にか声変わり前の少年に変わり、そうかと思えばハスキーで重厚感のある声が耳に届く。
これが一人の声だというから驚きだ。そして、声の変化に全く違和感がない。背後で掻き鳴らされる異国の楽器の音曲と相まって、まるで、歌姫という名前の楽器を鳴らしているような錯覚に陥るほど。
「すごい。。。。」ルファが年頃らしい表情で目をキラキラさせながら、歌姫を食い入るように見入っている。
「ルファ、あんまりバルコニーから乗り出して落ちないようにね」
僕がわざわざ注意するのは建物の二階だから。舞台を上から見渡せる特等席だ。確かにここなら人混みに揉まれることなく歌を楽しむことができる。
庶民の僕はこういうお祭りは、人が多い場所の方が楽しい気がするけれど。
歌姫が率いる旅一座、ル・プ・ゼア。大陸を廻り興行で糧を得る旅一座はそれなりにいる。それぞれに特技があり、軽業を家業としている者もいれば、演劇を得意としている一座も多い。歌と音楽、軽業、演劇は旅一座の定番演目だ。
彼らがやってくると街は盛り上がる。旅人が集まってくるし、住民のいい息抜きにもなるから、領主は喜んで受け入れる。
別に決まっているわけではないけれど、領主は宿と食事を提供し、お金は芸事に対して観客が払うのが通例だ。
腕のいい旅一座は行く先々で十分な旅の資金を得られるし、その逆の場合は早晩立ち行かなくなる。ル・プ・ゼアはルデクにもよく来る旅一座ということもあるだろうけれど、結構有名な方だと思う。
税も払わず気ままに生きている彼らだけど、各国を渡り歩く自由が許されるために、芸事とは別に、大切な役割がある。
各国で聞いた噂話を、その土地の領主や王に話すという役割だ。
興行を終えて酒が振る舞われる頃こそ、彼らのもう一つの仕事時間。各国で見聞きした酒の肴を手土産に、市民の輪の中にするりと入り込む。
そして真偽定かならざる情報を集めるのだ。たかが市民の噂話と侮るなかれ。数が集まれば信憑性の高い話も浮かび上がってくる。時に、その国にとって隠したいことなども。
身近なところで例えるならば、ウィックハルトの一件がわかりやすいかな。公式な発表がどんなものであれ、事情を知る兵士から家族へ、家族から知人へ、話はゆっくりと広まってゆく。
そんな情報を集めてみたら、ウィックハルト辞任の真実が浮かび上がる、、、、、なんてこともある。
僕がなぜこんなことに詳しいかというと、未来で放浪していた際、旅一座に同行していたことがあるからだ。
本当に一時的なものだったけれど、「このまま一緒に旅をしないか」と誘われる程度に気の合う奴らだった。
彼らは元気だろうか、、、いや、元気なのは間違い無いだろう。ずっと先の未来で出会うのだから。もしかしたらまだ、旅一座を立ち上げてもいないかもしれない。
僕の思考が遠い未来へ飛んでいると、今日一番の大きな歓声が僕を現実に引き戻す。
どうやら最後の演目が終わったみたいだ。
ダメだな。途中からほとんど歌が頭に入ってこなかった。過去に戻ってきて以来、こんな風に思考の海に沈むことが多くなった気がする。レイズ様の影響かな?
「どうですか? 素晴らしかったでしょう?」と我が事のように両手を広げる領主さん。
聞けばル・プ・ゼアとは懇意にしているそうで、このルエルエの街に定期的にやってきてくれるのだと言う。
年に2回やって来るル・プ・ゼアを市民も楽しみにしており、話を聞き付けてやって来た旅人や近隣住民も多い。
外から来た客が多ければ、街の実入りも多い。ゆえに領主も通常よりも鼻息荒く力をいれて準備をするのだと。なるほど、そんな事情があっての先ほどの言葉に繋がるのか。
「これから歌姫ゾディアと会食の予定なのです。よろしければご一緒されませんか?」との領主様の誘い。
元々は外で適当に食べるつもりだったけれど、ルファの顔がパッと輝いたのを見てしまっては断りづらい。結局、誘われるままに僕らはお言葉に甘えることにした。
「ゾディアです。どうぞよろしくお願いします」
“しゃなり”という音が聞こえてきそうな蠱惑的なお辞儀と共に名乗るゾディア。こちらも名乗るとウィックハルトの名前に反応する。
「ウィックハルト様? まさかとは思いますか、第六騎士団の蒼弓のウィックハルト様でいらっしゃいますか?」
「ええ、ですが王に側近に、と、請われて第六騎士団から移籍しましたので。現在は第10騎士団に所属しています」
「、、、、そうなのですか。では、本日は任務でこちらへ?」
「そうですね。内容は言えませんが」と、そつなく答えるウィックハルト。絵になる二人である。
それから会食はつつがなく進む。ゾディアの旅の話や、ウィックハルトの当たり障りのない軍部の話を中心に盛り上がり、程よく酔いが回ってきた頃、領主が「そうだ」と手を叩く。
「ゾディア殿は歌も一級品ですが、占星術も見事なのです。余興、、、と言ってはゾディア殿に失礼ながら、どなたか占っていただいてはいかがですか」と言った。
「へえ」とウィックハルトが言い「ルファ、どうだ?」と水を向ける。
先ほどまで楽しそうにしながらサンドイッチをはむはむしていたルファだったけれど、そのままの体勢でぴたりと止まり、少し考えてからフルフルと首を振った。
「そうか、では、ロア殿はいかがです?」ウィックハルトは自分が見てもらうつもりはないようだ。
「え? 僕なんか見てもつまらないと思うけど?」と、僕も辞退しようとしたところで、「貴方は、、」とゾディアが何か言いかけた。
「はい?」
「あ、いえ、、、、頼まれてもいないのに、占うのは礼を失した行いです」
「え? そんな簡単に占いってできるんですか?」僕の問いに少しだけ首を振る。
「正確に言えば、占う前の下準備のようなものでしょうか。占いを頼まれる前は、つい癖で意識的に相手を見てしまうもので、、、、」
「へえ」素直に感心する僕に、ゾディアは少し悩んでから、思い立ったように口を開く。
「あの、、、不躾なお願いですが、貴方を占わせていただけませんか?」
ゾディアの熱をはらんだ視線に見つめられた僕は、思わず言った。
「え、、、ちょっと遠慮します」
、、、、、だってなんか怖かったんだもん。




