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【最終話】名も無き英雄

最後まで本作にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

読んでいただいたすべての方に万感の思いを込めて、最終話、お楽しみくださいませ。


 僕らは石碑に向かって静かに祈りを捧げていた。



 どれ位そうしていただろう。




「ああ、やっぱりここにいらっしゃいましたか!」


 慌てた様子のレニーが、僕らの名前を呼びながらやって来る。


「あれ? もしかして探してた?」


「もしかしなくてもですよ。今日の主賓が行方不明で、みんな大慌てで探しています!」


「ごめんごめん。でも、ここにいるってルルリアに伝えておいたのだけど?」


「そのルルリア様も行方不明です! 街を見学に行ってしまったみたいで、、、、」



 非常に困惑しているレニー。うん。伝達役の人選を間違えた。



「ゼランド王子より、流石にそろそろ始めないと市民が暴れ出しそうだと、、、、」



「大袈裟だなぁ。まあいいや、また後で来ることにして、そろそろ行こうか」



 尚も膝を折って祈りを捧げていたラピリアに手を差し出すと、ラピリアは「そうね」と言いながら、僕の手をとって立ち上がる。



 そしてもう一度だけ石碑を見て、今度こそ踵を返し、麓へ向かって歩き出す。



 僕らがその場を離れるのを見送るように、供えた花がそよ風で小さく揺れていた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 かつて、この地にはウロボロと呼ばれた古代都市があった。



 ウロボロが滅んだのち、この地から人々は消え、ただ、建物だけ残された。



 ゴルベル領の時代にあっては、打ち捨てられ風化に任せるだけだったのだが、ルデク王国の統治下に入ると、その様相が一変することとなる。


 大軍師ロア=シュタインはこの地の遺跡群に目をつけ、まっさらな状態から街を造り、大陸の人の流れの中に組み込もうとしたのだ。


 計画は壮大なものであった。まずは道を整備し、同時進行で都市計画にも着手。


 この街道はのちにアロウ街道と名付けられ、今もなおルデクから繋がる大陸の大動脈である。


 なお、アロウというのは大軍師ロアの愛馬の名だ。ロアがアロウの背に乗り、完成した街道をぐるりと巡ったのが、アロウ街道の由来とされている。


 街道の起点は発展し続ける巨大貿易港、ゲードランド。


 道はゲードランドよりそれぞれ北、東、西へと伸びている。北は王都ルデクトラドを経て、そこからさらに枝分かれする。


 東はヨーロース回廊を抜け、グリードル帝国へ至る。


 そして、西はゴルベル王国の王都を経由し、遺跡群の麓に造られた街へと続き、さらに先へ。


 麓の街の設計については、時の帝国皇帝、ドラク=デラッサによるものとされている。


 ドラクは帝都デンタロスや商業都市ドラーゲンの建設にも手腕を発揮しており、都市設計の名手としてもよく知られる人物だ。



 こうして10年計画で進められた麓の街こそ、今では北の大陸はもちろん、海を渡った南や東の民さえ足を運ぶ一大観光都市「イレ・リサ」である。



 余談ではあるが、イレ・リサの名付け親も、計画発案者であるロア=シュタインである。しかし不思議なことに、名前の由来は一切明かされていない。



 当時の記録によれば、ロア=シュタイン本人に名前の由来を聞いても、ただ柔らかく笑うばかりであったという。



 イレ・リサの見どころといえば、何をおいてもウロボロの遺跡群。


 麓のイレ・リサから頂上付近まで居並ぶ建造物は、誠に圧巻である。街から見るのも良いが、できれば整備された順路に沿って、一番上まで足を運んでもらいたい。



 頂上では、さらに素晴らしい光景を目にすることができるからだ。


 晴れていれば、ヒースの砦辺りまで見渡せる絶景が広がっている。ゆえにイレ・リサに訪れた人間は、一度は頂上を目指すのである。



 なお、頂上を目指すにあたり、花を一輪、手にして登ることをお勧めしたい。



 これもまた、ロア=シュタインが推奨したという話が伝わっている。



 かの大軍師の気持ちになりながら、頂上からの風景を楽しむのも一興だろう。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「ふう、、、ふう、、、、」


「おじいちゃん! 早く! 早く!」


 元気よく斜面を駆け上がっていった孫が、頂上から祖父を急かしている。


「ああ、もう少しで着くから、待っていなさい」


 老人は一歩一歩、整備された階段を踏みしめるように登ってゆく。


 流石にこの歳で山を登るのは堪えるが、せっかくイレ・リサに来たからには、頂上からの景色を拝みたい。


 老人にとってイレ・リサへの来訪は2度目。おそらくはこれが最後の来訪になるであろうという思いで、こうして孫を連れてやってきたのである。



 ようやくのことで頂上に辿り着いて振り向けば、期待どおり絶景。思わずため息が出た。顔を撫でる風が、額を伝う汗を冷やし、心地よい。



「すごい! すごい!」


 はしゃぐ孫の頭に手を乗せ、風景を目に焼き付けるようにしばし堪能。苦労して登ってきた甲斐があったというものだ。



「さて、では、向こうに行こうか」



 老人は孫の手を引いて、頂上の一角にある場所を目指す。人混みができているので、久しぶりの来訪でも場所はすぐに分かる。




 そこには一つの石碑が建っていた。



 石碑は遺跡よりも新しく、見ようによっては簡素にさえ思えるのだが、ここもまた、イレ・リサの特別な観光地として知られている。




 目的の場所に辿り着くと、麓から持ってきた花を供え、孫にも真似するように言いながら祈りを捧げる。周辺には老人と同じように祈る人々の姿があった。



「おじいちゃん、ここは何?」


 祈り終えた孫が、祖父に問う。

 

「、、、、この場所では昔、大きな戦いがあったのだよ。ルデクと、ゴルベルのな」


「ルデクとゴルベルが? 仲が悪かったの? 嘘だぁ」



 不思議そうに首を傾げる孫。彼にとって両国は仲の良い隣人であり、その2国が戦ったということが想像できないようだ。



「昔の話さ。そしてここには、その戦いで命を落とした兵士の魂が眠っているそうだよ。大軍師ロアがそう言ったんだ。今の平和を作った人が、ここに眠る、と。さあ、もう一度祈りを捧げてから行こうか」



 その石碑には、



「名もなき英雄の碑」



 と刻まれている。






 石碑の前は、いつでも、いつまでも、花と祈りが絶えることはなかった。




ー完ー



ロアの最後の仕掛けでございました。


本日はこの後、後書きと、ささやかなおまけのお話を更新いたします。

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― 新着の感想 ―
レイズ様で〆るの、あまりにも綺麗な終わり方で感慨深くなってしまいました……最高でした! 素敵な物語をありがとうございました!!
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偉大なる恩師と宿敵の碑、か。いつまでもこの2人がロアの前に立ちふさがるんだろうな。自分はまだまだだと
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