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【第356話】終わりの話⑥ 婚儀(上)


 その日、カムナルの町はかつてないほどの喧騒に包まれていた。


 普段は閑散としており、盛り上がるのは王家の祠の儀式がある時だけ。そのはずの町には今、物々しい警護のもと、各国の要人が集まっている。


 それぞれが護衛を連れてきたため、カムナルはさながら各国の兵装の見本市のような状況だ。


 事情を知らぬものが見たら一体何事かと目を剥くような光景ではあったが、今、この町に立ち入ることのできる者は関係者に限られている。


 周辺一帯を第10騎士団が閉鎖し、それこそ犬一匹通さぬ気構えで厳戒態勢を敷いていた。


 なぜこのような状況にあるかと言えば、ロア=シュタインとラピリア=ゾディアックの婚儀の会場に、カムナルが定められたためだ。


 理由はこの町の特殊性にある。


 もとより建物の大半が宿泊施設で、住まう住民も大半が宿泊施設の関係者であること。そして、王の儀式のためだけに存在している町だけあり、要人を迎えるだけの施設と人材が揃っていたから。


 それでもこの小さな町では、各国の全ての護衛を受け入れることは不可能で、町の周辺には無数の天幕が設営されているような状況にあった。


 式が行われる会場に揃った顔ぶれは、そうそうたるものだ。


 主だったところではまず、ルデク王国の国王、ゼウラシア=トラド王夫妻および、正式に後継者指名をされたばかりのゼランド=トラド王子。


 グリードル帝国より、皇帝ドラク=デラッサに加え、第四皇子ツェツェドラ=デラッサ、ルルリア夫妻。


 ゴルベル王国からは若き統治者、シーベルト=アベイル王と、実子であり現在はルデクに預けられているシャンダル=アベイル王子が揃って座っている。


 そしてもう一人、ツァナデフォルの女王、サピア=ヴォリヴィアノもまた、この場にあった。


 豪華、という言葉が陳腐に感じるほどの顔ぶれである。しかも、大物達が待っているのは王族でもなんでもない人物であるのだから、もはや異常な光景と評しても大袈裟ではない。



 フェマスの大戦、リフレアの滅亡から既に3年の月日が流れていた。



 あの年、大陸全土を襲った未曾有の凶作は既に過去の物だ。ルデク王国とグリードル帝国の尽力により、各国の人々が茶飲み話にできる程度にまで落ち着いている。


 もはや各国への食糧支援の必要はなくなり、自国内で賄える状況だが、同時に未だにルデクとグリードルには頭の上がらない状況にあった。


 ドラクの予想通り、大陸の富は一時的に両国へと集中することとなり、そこからドラクが打った手は、実にいやらしい物だったためだ。


 吸い上げた金を、今度は各国へとほぼ無利子に近い形で貸付に回したのだ。


「うちが儲かるのはいいんだが、他の国に金がねえのもあまり芳しくないからな」とは皇帝の談。確かに他国で金が回らなければ、大陸全体の動きが鈍る。


 ルデクもこの提案に乗り、どの国も多かれ少なかれ両国から借金を背負う羽目に陥った。


 これにより、借金を返し終えるまでは、いずれの国も両国と敵対関係をとることは難しくなったのである。


 万が一敵対しようものなら、周辺国も両国の命を受けて攻め込んでくるだろう。リフレアという滅亡国家の前例がある以上、軽々しく取れる選択ではない。


 またルデクやグリードル以外の国と揉めるのも難しい状況にある。ルデクとグリードルの判断一つで、大陸の悪名を一身に背負う恐れがあるのだ。その行き着く先は説明するまでもなかった。



 結果的にルデクとグリードルの関係が良好であれば、北の大陸で戦いの火が起こる可能性は当面なくなったといえる。


 そして、この婚儀は大陸の半分の国の元首が集まることで、平和の象徴となる式典として利用されたのである。


 この思惑はルデクだけではなく、参加する各国の王たちの共通認識だ。


 つまり、僕らの婚儀は各国の首長の日程や意思統一のために遅らされ、ようやく今日という日を迎えたのである。


 したたかというか、ちゃっかりしているというか。王という人間はどの国でも一筋縄ではいかないよなぁ。


 まあ、利用されることに関しては別に文句はない。色々なことを乗り越えて、ようやく辿り着いた平和だ。各国の首長が、周辺国を刺激せずに集まるのに適当だと考えるのであれば、どうぞご自由にという感じ。


 いや、本当はちょっと大袈裟すぎて嫌なのだけど、錚々たる面々に説得されれば、僕らに選択権などないのでもはや開き直っている。


 ただ一つだけ、これだけはなんとかしてもらえないかと思っていることはある。


 “大軍師”ロアの婚儀。


 気がつけばこの呼び名が定着していた。誰だ、最初に言い始めたの?


 前にネルフィアだったら何か知っているかと思って聞いてみたら、そっと目を逸らされた。


 この呼称だけは本当に勘弁してほしい。僕は間違っても大軍師などではない。それを名乗る資格を持っているのはおそらく、レイズ=シュタインと、あともう一人の軍師だけだ。


 なので、何度か呼称の撤廃を試みたのだけど、結局そのまま本日に至っている。



「ロア殿、ラピリアの準備ができたみたいですよ」


 ウィックハルトが僕に告げた。


 ベルトンさんとリウラさんに手を引かれて僕の前にやってきたラピリアは、普段の何倍も美しい。



 いや、いつも素敵なのだけどね。



「綺麗だよ」



 素直に溢れた僕の言葉。




 ラピリアは少し顔を赤らめて、「ありがとう」と微笑んだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] その笑顔…ほじくり倒してぇなぁ〜
[良い点] お幸せに。 [気になる点] ここで物語開始から6年目くらいですよね。 新郎新婦は今何歳ぐらいでしょうか?
[一言] このサミットに出て帝国の他の後継者候補に一歩差を付けたかも 次はルルリアの時代だね
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