【第352話】終わりの話② 北の女王
一瞬理解が追いつかず、僕はソファに沈んだままで、ポカンとサピア=ヴォリヴィアノを見た。
サピア=ヴォリヴィアノ?
サピア=ヴォリヴィアノ、、、、、それって、、、
「ツァナデフォル女王!?」
ようやく理解の追いついた僕。慌てて立ち上がって近くにあった小机に足の指を強打し悶絶する。
「左様、妾はツァナデフォルのサピア=ヴォリヴィアノである」
再度名乗るサピア女王。僕は痛みをこらえつつ、とにかく自分も名乗り、謝罪を口にした。
「ルデク第10騎士団が副団長、ロア=シュタインです。だらしのない格好で失礼致しました」
「いや、構わぬ。到着早々、お疲れの所を失礼したのは妾の方である。そろそろ出立しなければならぬのでな、無礼を承知で伺わせてもらった」
「そうだ。何故、帝都に?」
「その件でお主らと話をしたかったのだ。少し、時間を良いか?」
「ええ。もちろん。どうぞ」
改めて腰を落ち着かせ、テーブルを囲む僕ら。
「まずは、ロア殿、貴殿に礼を述べねばならぬ」
「あ、食料の件ですか? それはきちんと対価を頂いてますから、特にお礼などは、、、」
「いや、貴殿の意を汲んでやってきた、ニーズホックが色々と言っておった。全てはロア=シュタインの掌の上だとな」
「、、、、それは、大げさと言うものです」
「今更謙遜するでない。トゥトゥなどは、貴殿が持ち込んだものであろう?」
「あ、そういえばどうですか? トゥトゥの育成状況は?」
シュタイン領で育てたトゥトゥは問題なく育ち、既にもう一段階農場の拡張をするに至っていた。
まあ、凶作の一番危険な時期は乗り越えたので、トゥトゥ農場もこのあたりで止めておこうかと思えるくらいには順調だ。
僕の質問を受けて、我が意を得たりとばかりに頷くサピア様。
「お陰でな。貴殿の申した通り、我が国の気候に良く合っているようだ。国内消費どころか、先々は輸出も視野に入れることができそうだ」
「そうですか。それは良かった」
なら余計にシュタイン領の農場はここまでにしておいた方が良いな。トゥトゥは予定通り、ツァナデフォルの特産品として広めてもらうことにしよう。
「故に、今のうちに輸出の段取りを図るために、帝都にやってきておったのだ。帝国は広大ぞ。トゥトゥの需要はあるのか聞きにきた」
「なるほど。ルデクでも多少生産して、王都などで提供しましたが、味については概ね好評のようです。料理の幅も広いですし。ツァナデフォルで安定供給ができるようになれば、帝国もルデクも買い求めると思いますよ。なんならそのまま南の大陸との取引にも使えるかもしれません」
「全く、夢が広がるものだが、、、、貴殿はそれで良いのか?」
「良いのか? とは?」
首を傾げる僕に、サピア様は続ける。
「トゥトゥはルデクでも育つのであろう? ならば、国内需要も、南の大陸との取引も自国で賄えるはずだ。わざわざ金を払って我が国から仕入れる必要はあるまい」
「ああ、そういう意味ですか。実はですね、ルデクで採れるトゥトゥと、貴国で採れるトゥトゥでは味が違うんです」
「味が違う? 品種が違うのか?」
今度はサピア様が首を傾げる番だ。
「いえ、品種は同じなのですが、風土の違いがトゥトゥの味に影響を及ぼすようで、寒い地域の方がトゥトゥの旨みがより強くなるみたいなのですよね。同じものを作っても、ツァナデフォルの方が美味しいなら、そちらを食べた方が良いかと」
正確にはルデク産はルデク産であっさりした味わいになるので、チーズなど味の濃いものと合わせると、これはこれで悪くない。
だけど、総合的にはツァナデフォル産のトゥトゥの方が圧倒的に美味しい。だからこそ、トゥトゥは未来でツァナデフォルの特産となったのだ。
そうだ、シュタイン領で採れたトゥトゥは王家の祠の街にでも卸そうかな。ハローデル牛のチーズと合わせて、街のちょっとした名物にならないだろうか? 帰ったら王に相談してみよう。
「ふふ。ふはははははは!」
僕の思考が横道に逸れ始めたところで、サピア様が大声をあげて笑い始めた。
びっくりする僕らと、しばらく笑い続けるサピア様。
しばらくしてようやく落ち着くと、「いや、失礼。ロア殿、わざわざ出立時間を遅らせてまで、貴殿に会っておいて良かった」という。
「えっと、どう言う意味でしょう?」
「皇帝が言ったのだ「ロア=シュタインが来る。あの化け物には一回会っておいた方が良い。色々考えさせられるぞ」とな。確かにその通りであった。この会談、実に有意義で、同時に恐ろしい思いをしたわ」
「恐ろしい?」
「うむ。ロア=シュタインというのがどのような人物か良く分かった。ツァナデフォルは貴殿ら、ルデクとも長く友好関係を築きたいと改めて願う」
「それはもちろんルデクもですが、、、、」
「さて、ではあまり長居をしても申し訳ない。これでも妾は忙しい身でな。いずれ改めてルデクにも足を運びたいと思っておる。その時はよしなに頼む」
「あ、はい。もちろん。歓迎します」
僕の返事を聞くと、サピア様は颯爽と退出してゆく。
「、、、、、、、、なんていうか、嵐のような人だったね」
僕が目を丸くしていると
「あの女は私たちと同じだ」
「一度手合わせ願いたいな」
双子が妙に好戦的な目で、サピア様の出ていった扉を見ている。確かに、どことなく双子と雰囲気が似ていたかも。
まあ、それはともかく、ツァナデフォルも順調なようで良かった。
「さて、それじゃあ」
僕は部屋をぐるりと見渡す。
今回の突然の会談、あの腹黒おじさんの段取りであることがはっきりした以上、こんな楽しげなイベントを見逃すはずがない。
「皇帝陛下、どこかで見ているんでしょ? 出てきてもらって良いですか!」
僕が呼びかけると、少しして大時計の置かれた場所の、横の壁がぎいと開いた。
「なんだ、バレていたか」
そうして僕の予想通り、悪びれもせずに皇帝ドラクが現れたのだ。




