【第349話】真実⑥ いつでも、そばに。
炎に包まれた教会の総本山。
建物と運命を共にしたであろう、ネロ、サクリ、そしてムナールの事を考えながら、僕はただ、ぼんやりと燃え落ちる建物を見ていた。
かつて見た、未来の記憶。夜の闇の中で、王都ルデクトラドが同じように炎に包まれていた。そして今、その運命を担ったのはリフレアだ。
「今度こそ、本当に終わったの?」
ラピリアも同じように、燃えさかる炎を見ながら呟く。
そうだね。多分、全てが終わった。ルデクが滅亡の危機にさらされる可能性は、少なくとも数十年は無いと思う。
「長かった」
僕の口から思わず溢れた言葉。
未来で絶望の40年を過ごし、42年前に帰ってきた。そこからレイズ様の信用を勝ち取り、ゴルベルと戦い、帝国と交渉し、沢山の仲間たちを得て、裏切り者であるルシファル=べラスを討ち果たし、リフレアを滅ぼした。
終わってみれば、なんて呆気ない幕切れか。
ここまでの道のりが去来し、僕の心に様々な気持ちが渦巻いては去ってゆく。その中にはライマルさんの顔もあった。ハクシャの戦いで、僕らを逃すために命を落としたライマルさんは、僕にとってはとても印象深い人だ。
そして最後に、レイズ様の顔が浮かんだ。
レイズ=シュタイン。あの人がいなければ、僕は到底ここまで来ることはできなかった。レイズ様が僕を見出してくれた。ただの文官だった僕を。そして色々便宜を図ってくれた。大切な人達とも引き合わせてくれた。
そして、自らの命をも利用して、ルデクを守ってくれた。
「ロア。その涙を止めて、とは言わない。でも、みんなの前に立つときは、切り替えて」
ラピリアに言われて僕は、初めて自分が涙を流していたことに気づく。
「、、、、ラピリアだって」
見れば、ラピリアも涙を止められずにいた。
「私は良いのよ。勝鬨を上げないから」
「それはずるいよ」泣き笑いの僕に、ラピリアも泣き笑いで返してきた。
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幸いなことに、勝鬨を上げる前には僕の涙も止まっていた。
僕の勝鬨に対して、兵たちが勝利の雄叫びを上げる。
祝杯を上げる時に至って、僕はそういえば教皇と対面していなかったことに気づく。いや、本当に完全に忘れていた。なんならサザビーに突っ込まれなければ、翌日まで放置していたと思う。
流石にこのまま一晩放置はまずいよなぁ。
面倒だけど、会っておくか。
対面に相応しい場を整えると、そこに教皇リンデランデが純聖会の者たちとやってきた。なので取り敢えず牽制をしておく。
「私は教皇のみ呼んだはずだが?」
僕の言葉を受けて、リンデランデの取り巻きが慌てて言い訳を始める。
「わ、私どももロア様にお礼を、、、、」
「不要だ」
みなまで言わせず、即拒否。
「純聖会の者達を助命したのは、アレックスとの約束があったからだ。だが、今後、教皇の元にいることは許さん。下がれ」
有無を言わさず、リンデランデ以外は追い出す。
残ったリンデランデ。思ったよりも若い。歳の頃は僕より少し上くらいに見える。
「貴殿がリンデランデか」
「はい」
「この度のこと、どのように責任を取るつもりだ?」
厳しい視線を向けると、リンデランデは小さく首を振る。
「心の底から、謝罪いたします」
その返答を聞いて、僕は諦める。こいつは、本当に為政者としてはダメだ。交渉の必要はないな。しっかりと責任をとって、リフレアの民の不満を一身に受けてもらおう。
僕は早々にリンデランデとの会談を切り上げる。これ以上は時間の無駄だと思ったから。
そして大きくため息を吐くと、同席していたラピリアと目があった。ラピリアも随分と呆れた顔をしてながら、「お疲れ様」と労ってくれる。
そんなラピリアを見て僕は、「後で時間、もらえる? 大事な話があるんだ」と口にした。自分でも唐突だったけれど、なぜだか今、自然と言葉が出たのだ。
「ロア殿、すぐに人払いを致しますよ」
ラピリアより先に言葉を発したのはウィックハルト。ウィックハルトはあっという間に、自分を含めた全員を陣幕から追い出してゆく。
そして残った、僕とラピリア。
全部、終わった。だからここで、約束を果たそう。
「ラピリア」
「うん」
「平和になったよ。ルデクは、もう大丈夫だと思う」
「うん」
「僕の願いも、君の願いも、今日、成就したんだ」
「うん」
「けれど、僕はこの先も、ラピリアに、僕の横にいてほしい。ずっと、一緒にいてほしい。君と共に、この先の人生を、生きたい」
「はい。私も、貴方と共に、生きてゆきたい」
僕はラピリアを抱き寄せた。
この瞬間、僕はようやくはっきりと、戦いの終わりを実感したのだった。
やっとここまで、来ました。




