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【第348話】真実⑤ はじまりの物語(下)



 ムナールは目の奥にぐっと力を込めると、一つ一つ、噛み締めるように言葉を発する。


「俺は、今でもサクリが負けたとは思っていない。アイツの策は完璧だったと思う。なのに負けたのは、サクリのせいではない。無能なネロや、その取り巻きのせいだ」


「、、、、、」僕は何も答えない。


「あやつらは、ことあるごとに足を引っ張り、サクリの功績を横取りし続けた。それでもアイツはただ、名もなき軍師のまま、逆風の中で策を練り、それを形にし続けた。ルデクを滅ぼすための策だ、お前らにとっては不快な話だろうが、そこを敢えて聞く、逆の立場であれば、ロア、お前やレイズ=シュタインは同じ事ができたか?」


「、、、、、」


 できた、とは言わない。というか多分、僕には無理だ。レイズ様だったらどうだろう? レイズ様なら成し遂げてしまうかもしれないけれど、こればかりは分からない。



「おい」

「一体何が言いたい?」


 そろそろ双子が焦れ始めた。


「ロア=シュタイン、お前に頼みがある」


 ムナールは双子には目をくれず、僕だけをただ見つめている。


「なんだ?」



「サクリ=ブラディアは、おそらくこのまま歴史の中へ埋もれてゆくだろう。敗者の功績など、塵芥も同じだ。だから、お前だけでいい。お前だけに覚えておいてほしい。サクリ=ブラディアという軍師のことを。お前や、レイズ=シュタインより、あのサクリこそが大陸で最高の軍師であったということを」



「敗者がなにを言っている!」


 守備兵の一人が声を荒ららげ、ディックや他の守備兵もその言葉に同意する。微動だにしないのはラピリアとウィックハルト、サザビー、そして双子だけだ。



 兵士の罵倒は正しい。そして、大きく間違っている。



 本当は、サクリが勝っていたのだ。



 周辺国を巧みに動かし、ルデクの内部に反乱分子を根付かせ、あの夜、電撃的な侵攻作戦で王都ルデクトラドを陥落させた。


 レイズ様もなす術なく王都の炎の中に消え、残った騎士団も各個撃破され、ルデクは滅んだのだ。



 それをあの男は、サクリはこんな逆境の中で成し遂げたというのか。



 多分、サクリの本当の凄さを理解できるのは、この世界でただ一人。僕だけだ。



 孤高の軍師、サクリ=ブラディア。その動機は生涯許すことはできないし、盲目的な行動は愚かだと思う。けれど、それでも、、、、、



「、、、、、分かった。約束する。サクリ=ブラディアが至高の軍師だと、私の胸に刻んでおく」



「!?」



 陣幕内がざわつく。それはそうだ。本来であれば、勝者である僕がこの場でムナールにいうべき言葉はたった一つ、「自分の方が上だ」と宣言すべきところだ。


 みんなそれを望んでいるし、僕が宣言したところでムナールは否定を許されない状況にある。


 けれど、良いんだ。


 ムナールが言った通り、サクリの名前はほとんど記録に残らないだろう。


 各国とてサクリに踊らされたことをわざわざ残したくはないし、リフレアではサクリの功績は横取りされてなかったことにされているのだから。


 なら、せめて僕くらいは、この無名の天才軍師の名を心に刻もう。


「そうか、、、、感謝する」


 一度深く頭を下げ、体を起こした後のムナールの表情。相変わらずの無表情だけど、どこか微笑んでいるようにも見えた。


「では俺も、もう行く」


 続いて出たのは、そんなムナールの言葉。


「どこへ?」


「最初に言った通りだ。話を聞いて貰えば対価を払うと」


「、、、、、サクリの元に、戻るのか?」


「ああ。あの妄執がこびりついた本山を落とすには、老人一人では手に余る。面倒だが、俺も手伝ってやるしかない」


「死ぬぞ?」



 敢えて聞く僕に、ムナールは鼻で笑う。



「サクリは俺に言った。俺の好きに生きろ、と。なら、好きにさせてもらうだけだ」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ムナールが去った後の陣幕には、重苦しい空気が漂った。


「まさか、たった二人の兄弟がこのような事を」


 ウィックハルトの呆れと怒りのない交ぜになった言葉は、この場にいる全員の気持ちを代表しているようだ。


 妄想に取り憑かれた狂った兄と、その兄に褒められたいだけの壊れた弟。


 どこかで一つでも噛み合わなければ、簡単に潰えていたはずの暴走は、どのような運命の悪戯か、大陸を巻き込んだ大混乱を生み出した。


 ムナールが去ってからどのくらい経ったのだろう。


「教皇と純聖会を名乗る者たちが、本山を出て保護を願っております」との伝令がやってきた。


「保護しておけ」僕は短く命じる。


「会談を望んでおりますが、、、、」


「今は会うつもりは無い、適当な場所にまとめて軟禁し、逃げぬように監視を手厚く」


「はっ」



 無責任な為政者になど、今は到底会う気にはなれなかった。



「、、、外で、見る?」


「そうだね。そろそろかもしれない」



 ラピリアの勧めに従い、僕らは陣幕を出ると、ルデク兵に包囲された本山の巨大な建物を見やる。



「あ」



 誰かが小さく声を上げた。



 建物の下階の窓から、黒い煙が上がり始める。フェマスで見た煙と似ていた。



 それからはあっという間。




 各所の窓から黒い煙と共に炎が吹き出し、本山を包み込んでゆく。






 この日、この瞬間を以て、リフレア神聖国は滅んだのである。






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― 新着の感想 ―
[一言] へー岐視が。
[良い点] 2周目です。 何度読んでも面白い。 [一言] 22話の > ただ、本人の没後に「ゴルベルの影の頭脳だった」という話が、いくつかの私書に残された人物がいる。 > その名はサクリ。僕が生きた時…
[一言] ふと思ったが、ネロの母親の強硬を諫めず、ネロによる正導会の台頭を自由にさせ、指導者としての能力皆無で無責任な信仰心しかないのを次代の教皇に指名した前教皇。 諸悪の根元とまでは言わないが、元凶…
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