【第347話】真実④ はじまりの物語(上)
サクリの兄、ネロ=ブラディアの母は、ブラディア家のご令嬢だ。父は婿入りしてブラディア家を継いだらしい。
ネロの母親は気位の高い女だった。特に、自らが北の大陸の始祖と言われるガロードの血筋の人間であり、選ばれし人間だと信じて疑っていなかった。
そんな頭のおかしな輩が、富裕層には一定数いた。そいつらが作り出したのが正導会だ。
あれらは自らの正当性を立証するためという理由付けをして、自分たちの嗜虐性を満足させるために愚かな遊びを生み出す。
自分たちの血筋をさらに昇華させると言って、生贄という名の虐殺を始めたのだ。
その贄として定められたのが、自分たちとは全く違う容姿を持つサルシャ人。俺やサクリの母は、生贄のために南の大陸から連れてこられた。
ほう、生贄のことを知っているのか? ならば話が早いな。その悪魔のような儀式を生んだ中心人物こそ、ネロの母、レブルだ。
ネロの父は、度の過ぎた行為を何度も諌め、夫婦の関係は冷えてゆく。父親は別邸で過ごすことが多くなり、そこに愛妾を囲って暮らしていた。
幼少のネロはほとんど父親の顔を見ることなく、レブルの教育の中で育っていったらしい。
そしてネロが15歳になったある日、この愚かな家族に大きな事件が起こる。
或いはそれは、レブルに対する夫の当てつけだったのかもしれない。生贄として攫ってきたサルシャ人を別邸に匿い、あろうことか孕ませていたのだよ。
そうだ、その妾から誕生した男児が、サクリ=ブラディア。
ネロの父は母子を別邸に隠し続けた。その期間は実に10年に及ぶ。10年の間、母子はほとんど外に出ることも許されず、軟禁に近い状態にあった。サクリはただひたすらに、本を読んで日々を過ごしていたと言っていた。
その時の知識が、今のサクリの基礎を成したのであろうな。
だが、そんな日々は終わりを告げる。サクリの母が病に倒れた。10年も軟禁されていれば、心も弱まる。体調を崩してからはあっという間だったそうだ。
ここに至りネロの父も隠し切ることができなくなり、10年の裏切りが発覚。事実を知ったレブルは、発覚してから僅か数日後に行方不明となり、別邸の少し離れたところにある崖から身を投げている所を発見される。
サクリの話では、プライドの高いレブルは、夫の事が許せず、ほとんど衝動的に身を投げたらしいと言っていたが、、、、まあいい。とにかく、ネロはサクリという弟を連れて本邸に父親が戻ってくると同時に、自身のよりどころであった母を失うこととなったのだ。
そしてそれから僅か1年後、兄弟の父も死んだ。
死んだのはレブルが身を投げたのと同じ場所であった。
そしてこの死は事故ではない。
ネロとサクリが、父を、殺した。
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「実父を?」眉根を寄せるラピリアに、ムナールは無表情で「そうだ」と答える。
「サクリ本人が言っていたから間違いない。サクリが初めて策を弄したのはこの時だと。そして、初めてネロがサクリを認めてくれたのだと」
「それじゃあ、サクリはネロに認めてもらうために、実父を殺したのか?」
「いや、正確には、サクリは計画を練っただけだ。実行犯はネロだ」
「それにしたって、、、、」ウィックハルトがそこまで言って絶句する。
ムナールの話の通りなら、ネロは15歳。サクリは10歳程ということになる。まだ子供と言っても良い2人が共謀して父親を弑するとは、、、、
「サクリはここにくる前、「思えばあの時既に、兄上は狂っていた」と言っていた。俺も同感だな。あの、ネロという男は普通ではなかった」
「けれど、正導会の中心人物なのだろう?」
そんな人物に部下が付き従うものだろうか?
「ああ。一見する分にはおかしな様には見えない。ネロは、策謀を巡らすのはさほどでもなかったが、人心を掌握するのは異常なほど長けていたからな。若い頃から正導会の中心に居座ったほどだが、、、、俺からすれば、感情や人として大切なものがいくつか抜け落ちているように思えたな。それに、敵対するものには容赦がなかった。俺も何人もの始末を命ぜられたものだ」
なるほど、ムナールから漏れ出す隠しきれない血の気配は、それが理由か。
「ネロは自分が高貴な血筋であるという、レブルの呪いの様な言葉に執着するようになった。北の大陸を導くのは、ガロードの純血を持つ自分たちでなくてはならないと思い込み始めた。元々金と権力はある奴らの集まりだ。ネロの人心掌握と、サクリの謀略によって、瞬く間に正導会は大きくなっていった」
ああ、なるほど、ようやく分かった。
そういうことか、ルデクを狙ったのは。
「ネロは、、、、様々な人種が暮らすルデクを目の敵にした。だからルデクを滅ぼして、他人種を追い出そうとした、、、それが、ルデク侵攻の理由なのか?」
僕はそう口にしながら、まだどこかで信じられない気持ちで、いや、信じたくない気持ちでいた。
けれど、ムナールの返事は是。
「ああ。そのためにネロがサクリに命じて、帝国をけしかけ、ゴルベルへ入り込み、ルシファルや王の伯父を誑かした」
「そんなことのために、ルデクを滅ぼそうとしたのか!」ラピリアがムナールを怒鳴りつける。今この場にザックハート様かトール将軍がいたら、既にムナールの首は胴から離れていたかもしれない。
ラピリアの言う通りだ。まさに、そんなことのために、多くの血が流れたのか。
「、、、、お前らの気持ちは分からんでも無い。だが、ネロにとって、他人種がのさばるのはそれほどまでに許されざる事だったのだ。それはルデクに限らん。帝国であっても同じだ」
「帝国?」なぜ今、帝国の名が出る?
「帝国は南の大陸から第四皇子の嫁を取っただろう。ネロはそれが気に食わなかった。だからサクリを使って、帝国を内乱で分裂させようとした」
「第二皇子の内乱、、、、」
「ああ。上手くいったと思ったのだがな。流石は皇帝ドラクか、見事に裏をかかれた。ロア、お前は皇帝と親しいらしいな。何か言っていなかったか?」
「、、、、、」僕は何も答えない。
僕に答える気がないと見ると、特にこだわることもなくムナールは続ける。
「あとはお前らの知っての通りだ。まさか、リフレアが負けるとは思ってもみなかった。今でもなぜ負けたのか、俺には分からん」
「一つ聞きたい」
「なんだ?」
「今の話を聞く限り、サクリはリフレアの頭脳で、重要人物のはずだ。なぜ、長期にわたってゴルベルに?」
「簡単な話だ。ネロは純粋なガロード人以外、人として見ていない。サクリはあの通りの出自だ。嫌われていたのだよ。実の兄に、徹底的にな」
「嫌われていたのに、策謀は練らせた?」
「ネロがレブルから呪いを受けたように、サクリにネロは呪いをかけた。父親殺しという呪いを。そして、残された家族は自分だけと刷り込んでおいて、便利な使い捨ての駒として使った。ネロのサクリの扱いは正導会では周知の事実だったからな。ネロの取り巻きもサクリを軽んじ、虐げ、貶めた」
「、、、、、それでもサクリは、、、、ネロのそばに?」
「サクリは言っていた。策が上手くゆき、報告に行く時だけ、ネロがサクリを褒めるのだと。それが嬉しいのだ、と」
、、、、、たったそれだけ、サクリは、たったそれだけの事を望んで、、、、
「なんて歪な、、、、、」
「ああ。あの一族は、ずっと歪だ。呪いというのであれば、レブルが他者を生贄にするような行為をした時点で、ブラディアという家には救いようのないほどの呪いがかかっていたかもしれんな」
少しの沈黙が続く。誰も言葉を発しない。
僕の知りたかったこと、ルデクが何故リフレアから目の敵にされたのか。なぜ、サクリはゴルベルにいたのか、それらは分かったけれど到底スッキリしたとは言えない、最悪の気分だ。
「、、、俺の話は、そろそろ終わりだ。最後にロア、お前に聞いてほしいことがある」
そう言い置いたムナールは、僅かに居住まいを正し、真剣な顔で、僕を睨むように真っ直ぐに見つめるのだった。




