【第344話】真実① 対面
「ゼウラシア王! ネルフィア様がご到着なさいました!」
「来たか。すぐに主だったものを集めよ、ネルフィアにはそれまでしばし、休息を、と伝えるのだ」
「はっ!」
「ゼランドやシャンダル王子、リヴォーテ殿、エンダランド公にも知らせるのを忘れるな」
「畏ってございます!」
ネルフィアの王都帰還を受けて、城内はにわかに慌ただしくなる。王に呼び出された者達は、即座に仕事を捨て置いて、謁見の間へと急いだ。
「まあ結果など聞くまでもないがな」
そんな風に悪態をつきながら、エンダランドと歩調を合わせて進むリヴォーテ。
「いや、分からんぞ。場合によってはすぐに帝国へ戻らねばならんかもしれぬ」
あえてその様に返したエンダランドであったが、その表情に緊迫感はない。
「しかしリヴォーテよ、今回は大人しくしておったのは意外じゃの」
エンダランドが話題を切り替え、リヴォーテはふいと顔を逸らしながら答える。
「流石に此度は、勝っても負けても、私が安易に参加して良い戦いではないというだけです」
「、、、、まあ、そうじゃの」
エンダランドもようやく表情を引き締めて、謁見の間の扉を開くのだった。
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「ネルフィア、ご苦労であった。では、報告を聞こう」
居並ぶ重臣も固唾を飲んでネルフィアの言葉を待つ中、ネルフィアは一礼してゆっくりと話し始める。
「第10騎士団副団長、ロア様の想定通り、我らルデク軍とリフレア軍はフェマス地方で激突。リフレアはほぼ彼の国の総兵力を集結し、我々の前に立ちはだかりました」
「、、、やはりそうなったか、一筋縄では行かぬとは思っていたが、、、」
ゼウラシア王の言葉に、ネルフィアは「はい」と答える。
「ルデク側の被害は、死者5300名。重傷者を合わせると、戦闘不能者は1万800名に上りました」
「1万だと!?」
「帝国との戦いでも、一度の被害でそのような人数は聞いたことはないぞ」
「では、我が軍は、、、」
「どうするのだ? 第五騎士団を呼び寄せるか?」
想像以上に大きな損害を受けて、重臣達がざわめき、口々に懸念や唸り声を上げるも、王が手をあげ、それらを押し留めた。
「ネルフィア、続けよ」
「はい。我が軍の被害も甚大ではございましたが、リフレア兵は3万以上の死傷者を出しております」
今度は誰も口を開かない。
誰かのゴクリと喉を鳴らす音が聞こえるほどの沈黙を持って、ネルフィアの次の言葉を待つ。
「軍師、ロア様より、王にご報告申し上げます。リフレア聖騎士団はフェマスの地において壊滅。我らはこのまま宗都レーゼーンに進軍する、と。此度の戦い、ルデクの勝利でございます」
「「「「おお!」」」」
勝利の報告に沸き立つ重臣達の中で、王は勝利を噛み締めるようにゆっくりと目を閉じた。
「勝ったか、、、、それで、大軍師、ロアは他に何か?」
ネルフィアは先ほど、ロアのことを副騎士団長ではなく、あえて”軍師”と呼んだ。
言外に、一連のリフレアとの戦いに対する、ロアの功績の大きさを称えたと察したゼウラシア王は、こちらも”大軍師”と呼び、ネルフィアへの返事とした。
実はこれ、王とネルフィアが報告の際によく行う言葉遊びなのだ。
もちろん普段は、このような公の場では行わない。2人もまた、どこかで戦いの勝利に気分が高揚していたのだろう。
「大軍師、、、」
「おお、まさしく」
「王のおっしゃる通りですな」
2人がしまった、と気づいた時には時すでに遅し。ロアの与り知らぬところで、「大軍師ロア」の異名は急速に広がってゆくこととなる。
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「包囲、完了しました」
その報告を聞いて、僕は大きく頷いた。
宗都レーゼーンにある教会の総本山。高台に建てられた呆れるほど巨大な建物は、僕らルデクの兵士によって完全に包囲されるに至っている。
レーゼーンの手前では小さな戦闘があった。フェマスや近隣の砦から逃げ遂せた者や、宗都の守備兵らが集まったであろう、最後の抵抗。
残念ながら彼らの意地は、僕らにさしたる打撃を与えることなく潰える。
戦闘はたったこれだけ。その後、リフレアはただ沈黙し、こちらが部隊を展開するのを眺めているばかりだった。
後はしばらく威圧した後、降伏勧告の使者を送る。一応教皇を助命する約束があるので、そのための交渉だ。
ただし、リフレアが跳ねつけたらそこで終了。教皇の使い道はあるけれど、ここで死ぬならそれでも良いと思っている。
使者の返答次第で総攻撃を開始。それで、終わりだ。
使者派遣の最後の打ち合わせを行なっている僕やラピリア、ウィックハルトの元へ、第二騎士団の伝令が慌てた様子で飛び込んできた。
「申し訳ありませんが、ニーズホック様より火急の連絡です!」
「ホックさんから? 何かあった?」
「そ、、、それが、サクリと名乗る老人が、「指揮官と話をさせてくれ」と、たった二人で、第二騎士団の陣営に、、、、」
「サクリだって!? 本人なのかい?」
「いえ、、、誰も本人か確認はできていないのですが、、、、」
あのサクリが、使者として? けれど、なぜ?
僕は少し考えて、それからラピリアとウィックハルトを見る。
僕の視線を受けて、ラピリアが小さくため息を吐いた。
「本人かも分からず、何をしでかすかも分からないような相手、本当は代理の人間に任せたいところだけど、会ってみたいって顔してるわね。ディックや双子も呼んできて、万全の態勢にしなさいよ」
「分かった。ありがとう。聞いた通り、守りを手厚くするから、そのまま少し待ってもらっていいかな」
「はっ、ではその様に伝えます!」と言い残して戻ってゆく伝令兵。
それから安全を確保できる状況を整えて、サクリを呼び寄せた。
陣幕の中に入ってきたのは、フードを被った小男だ。隣に護衛のように痩身の男が侍っている。
「貴殿がサクリか?」
僕の問いに、サクリはゆっくりとフードを跳ね上げ、すると、白髪の老人の姿が顕になる。
「如何にも。私がサクリ=ブラディア。そして隣の者はムナールと申す」
サクリに紹介されたムナールは、トール将軍のように、特徴的な赤い目と、赤い髪。
そしてサクリもまた、燃える様な赤い瞳で、僕を見ていた。




