【第333話】フェマスの大戦19 双子の理屈
子供の頃からそうだった。
悪戯が見つかりそうになって逃げた後、両親が「あの子たちは妙に勘が良くて、、、」と謝る姿も日常茶飯事。
双子はその姿をいつでも不思議そうに見ていた。
ユイゼストもメイゼストも、両親が言うような、勘で動いたことなど一度もない。彼女達は彼女達なりに状況を判断して、「ここが引き際」と逃げるから悪戯をしても捕まらないのだ。
いつだって、それは変わらない。
山中で鳥が数羽飛び立った。鳥の鳴き声が高かったから、鳥達は多分慌てているのだ。ならそこに人がやってきたのだろう。つまりあの辺りに敵兵が移動してきた。なら、あそこを狙えば面白そうだ。
中央で火が上がった。風向きのせいで西の山にまで煙が届き、目にしみる。煙を嫌がり、山に潜んでいた兵士どもは、少し前がかりに平地にいる第七騎士団に攻め込むはずだ。なら、もう少し山中で待ったほうが、敵共の驚いた顔を見られて面白い。
彼女達の行動原理の根底には全て、”面白いか否か”が存在する。ロアの元にやってきたのも、ロアの元にいればもっと面白そうだという事を、彼女達の理屈で結論付けたからである。
ロアの下は実に面白い。常に私たちを飽きさせない。時として、双子の考えを平気で越えてくる。あいつは本当に面白い。
そんな双子だから、中央砦から瓦礫が崩れて通路を塞いだのを見た瞬間、すぐに思い至る。あれは、壁の北側で何かが起こった合図だ。皆が注目しているのは壁の向こう。ならば、西の砦や壁の上は”遊び場”に変わったと。
実際に双子の考えの通りだった。サクリをもってしても、ここから戦いを決めるのは罠に嵌めた壁の北側だと考えていた。
第一騎士団以外の味方兵士を炎に巻き込む訳にもいかないため、西の塁壁の役割は現段階では概ね役割を完了している。
次に必要になるのは、万が一、第七騎士団が西のリフレア兵を打ち破って攻め寄せてきた時のみのはずであり、今のところその心配はない。
故にサクリは北側の決戦に向けて、最低限の兵士を残して、砦の北へと兵士を動かした。
無論、ルデク兵の動きは常に警戒はしている。まさか、砦の守備兵に対して、単身乗り込んでくるような、規格外の狂人がいるとは想定できなかったのだ。
だがそれはあくまで常識の中にいる人々の感覚であり、双子にとってはちゃんとした理論立てのある襲撃である。
双子はこの時点でラピリア達が窮地に陥っていることなど知る由もない。
ただ、西の砦が手薄そうで、あの塁壁から敵は燃える水を投げていた。なら、まだ燃える水が残っているのなら、逆にあいつらに投げつけて燃やしてやろう。それだけの事。
しかしこの双子の行動は、その後の戦況に大きな影響を及ぼすこととなる。
少なくとも、ラピリア達にとっては、とても大きな影響を。
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背後で立ち上る黒煙を見て、聖騎士団指揮官のショルツはまずいなと思った。
ショルツが隠し砦を出る寸前の戦況からすれば、信じ難いことではあるが、あの場所で炎が立ち上っていると言うことは、西の戦場が大きくルデク優位に傾き、砦が占領された可能性があるのだ。
その場合、今いる場所でうかうかしていると、退路を絶たれて包囲されるのはショルツ達と言うことになる。
今この場には、壁の北側に温存していた兵士の大半がいるため、多少の包囲は突破できるとは思うが、そもそも包囲されるような状況にならないほうが望ましい。
ショルツはすぐに判断を下す。
「炎がこれ以上広がる前に、退路を確保し戦況を確認する! この場にいる兵の半数を率いて西へと移動するぞ! 良いな! 急げ!」
指示を受けた兵士は「ですが、孤立したルデク兵はどうされますか?」と確認。
「あれらの全滅はもはや時間の問題。残した半分でも十分に対処できよう。それよりも西だ! 移動準備を急げ!!」
ショルツの命令で、聖騎士団は急ぎ移動の準備を始めた。
万が一西のルデク兵が西の砦を抜けていたとしても、疲労困憊なのは間違いない、流石に我々リフレア軍の方が圧倒的に優位だ。
砦を占拠したルデク兵を撃破してから、必要があれば、再度この場所に戻ってきても間に合うはず。
この時のショルツの考えは、指揮官として危機回避の判断としては、決して間違いではない。
ただ一点、燃え盛る炎の原因が、たった三人の仕業であるという事実を除けばだが。
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僅かな、ほんの僅かな綻び。
その一瞬をラピリアは見逃さない。
「今だ!! 死力を尽くして前へ!!」
ラピリアの喝に呼応して、手負の獣達が咆哮を上げながらリフレア兵へと喰らいつく。おそらくこれが最後の好機、それは孤立したルデク兵全てが分かっていた。
これで駄目なら、覚悟を決める、と。
そんな決死の覚悟のルデク兵に対して、予期せぬ場所から広がる黒煙に動揺するリフレア兵。
ついに、敵陣が突破される。平地へと躍り出たラピリア達は戦える場所を広げようと奮闘。どの兵も、もはや額から流れているのが汗なのか血なのか、血だとしたら自分のものなのか返り血なのかもわからぬまま、ひたすらに武器を振り回す。
一時的なものとはいえ、一転押され気味となったリフレアの指揮官が、焦れたように叫んだ。
「ひ、怯むな! 敵はもう死にかけだ! 押し戻してや、、、、!!」
だが指揮官は最後まで言葉を発する事なく、地面へと転がり落ちる。
「リフレアの弱兵共! これ以上は好きにはさせん!」
レゾールが気合とともに指揮官を切り飛ばし、続けて第二騎士団が敵陣へ雪崩れ込んだのだ!
その勢いは凄まじく、一兵一兵が悪鬼のごとく。戦術も陣形もあったものではない、自分の命も顧みぬような強引な突撃である。虚をつかれたリフレア兵はその命を散らしながら、なす術もなく道を開けてゆく。
そして第二騎士団は、勢いそのままにラピリアの前に。
「ラピリアちゃん! ごめんなさいね! 思ったより遅くなってしまったわ!」
「ニーズホック様!」
ほんの少しだけ表情を緩めたラピリア。その左腕がだらりと垂れ下がったままなのを見て、ニーズホックは「大丈夫?」と、顔を歪めた。
「少々油断しました。ですが、まだ、戦えます」
「ダメよ。あとはアタシたちに任せなさい」
「でも」
「ロアにもう一度会うために、大人しくしてなさい」
戦場にそぐわぬ優しい表情で諭されたラピリアは、僅かに頬を赤くする。
それを見て柔らかく微笑んだニーズホック。
2人が会話している間にも、第二騎士団はラピリアたちを守り包み込むように、着々と防御陣形を整えてゆく。当然リフレア兵も抵抗するが、実力差以上に、気迫が違った。
そして陣形が整うと、ニーズホックはゆっくりと攻め寄せるリフレア兵の方を振り向き、大きく息を吸って、一喝。
「てめえら!!!!! アタシの恩人の恋人にこんな傷を付けて、無事に生きて帰れると思うなよ!!! 全員ぶち殺してやるから覚悟しやがれ!!!!」
レゾールですら驚くほどのニーズホックの怒りが、地鳴りのように戦場に響き渡った!!




