【第331話】フェマスの大戦17 ラピリアの決断
「随分と手をかけたものね、、、」
中央砦と塁壁の間の道を抜けてみれば、そこには少々呆れるような光景が広がっていた。
ラピリア達のいる場所は、すり鉢を半分に割ったような形状の土地の底の部分だ。斜面の上の方は、土盛りに囲まれて確認できない。
元々あった地形というには余りに出来すぎている。つまり、わざわざ人の手でこのような地形を作り上げたのだ。
ロアがコラックの砦で、第二騎士団に対して地形を使って進行を遮ったことがあった。だけどこれは規模が全く違う。馬鹿馬鹿しいほどの地形変化と言える。
今の所、すり鉢の縁に敵兵の姿は見えない。しかし、どう考えても向こうに潜んでいるのは間違いない。
斜面を駆け上がり確認するのも一仕事だ。このすり鉢の底で戦いたいとは思わないけれど、かといって闇雲に駆け上るのも考えものであった。
いずれにせよ部隊が揃ってから、、、そうね。東の壁側に向かってみようかしら? 壁を背にすれば守りやすそうだし、、、、
そんなことを考えながら、警戒しつつ先発部隊が揃うのを待つ。
「そろそろかしら?」
先発部隊が揃い、ラピリアが視線を斜面前方に移したすぐ後のことだ。中央に積まれた瓦礫が瞬く間に崩れたのは。まさに、一瞬の出来事だった。
「ラピリア様!」
ラピリア隊の隊長の一人、サーグが駆け寄ってくる。しかしこの場面はサーグと相談するまでもない。
「皆の者! 瓦礫を乗り越え、撤退する! 直ちに退け!」
壁を乗り越えるよりは現実的だ。おそらくこちらの撤退に合わせて敵兵が群がってくるだろう。殿をどうすべきか。
ラピリアがすぐに撤退を決断し、サーグ隊、ジュノ隊、カプリア隊の全てが後退を始めようとしたところで、再び異変が起きる。
「炎が!」
兵の誰かが叫んだ。
信じられぬことに、瓦礫の山からもうもうと火の手が上がっている。
「あれは、、、燃える水は石の上でも燃えるの?」
ただでさえ足場の悪い瓦礫の上に、炎の壁とあっては来た道を戻るのは無理だ。
火が消えるのを待っても、2度、3度と同じことをしてくる可能性も充分にある。下手に瓦礫を越えた撤退にこだわれば、敵と炎に挟み撃ちされかねない。
「どうしますか?」
他に退路を確保するなら、東へ向かい、崖を下って川へ降りるのが一番近い。
けれどここまで準備している相手が、簡単に逃げ道を用意しているとは思えない。私ならむしろ一番多く兵士を配置して待ち構えるところだ。
なら西、、、多分、西側の通路も、同じように瓦礫に塞がれたと考えた方が良い。すると一番西の山沿いまで敵陣を突破し、山を迂回して第七騎士団と合流する?
残る選択肢は、この場で凌ぎ、助けが来るのを待つ。
今採れるのはこの3つくらいだ。
「ラピリア様、周囲から敵兵が!!」
瓦礫が道を塞いだのを待っていたのだろう。盛り土のヘリから次々と敵兵の影が現れる。
迷っている暇はない。
「決めた。良いか! 皆の者、これより我々はーーーーーーーー」
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軍師殿の策が見事にハマったな。
隠し砦のある山の斜面から、西側の瓦礫が崩れるのを確認したショルツ。
位置的に東側は確認できないが、東からも黒煙が上がっているところを見て、同じく道は封鎖され、サクリの狙いが成功したことを確信した。
「まず、分断した部隊を叩く。そ奴らを少し残して餌にすれば、おそらくどこかしらから援軍が来るであろうから、各個撃破してゆく。これでルデクの被害は全軍の半数に届くであろう。被害が半分に届けば、流石に自国まで撤退するはず。あとは一気呵成に追い立て、そのままの勢いでオークルの砦を奪うのだ」
サクリの言っていた言葉を思い出す。
「大した軍師だ」
軍師が首脳陣から軽んじられていることから、或いは机上の空論を操るだけの御仁かとも思ったが、蓋を開けてみればどうだ。ここまで充分な成果を上げ、その策は最後の詰めに入ろうとしていた。
「ツァナデフォルが援軍に来れば、完全に勝負を決することができるのだが、、、」と悔しそうではあったが、来ないものは仕方ない。
「さて、我々もそろそろ出るとするか」
ショルツは隠し砦に残っていたほぼ全軍をもって、壁のこちら側に孤立した部隊の殲滅戦への参加を命じられた。
サクリにはこの隠し砦の守備が手薄となる懸念を伝えたが、「ここが攻められる可能性は低かろう、、、いや、ここを攻められるような状況になれば、我らの負けぞ」と不敵に笑う。
サクリの言う事も尤もだ。そんなところまで押し込まれるようでは、撤退するのはこちらの方だ。
しかしもはや、その心配は不要かもしれんがな。
「ショルツ隊、出るぞ!!」
サクリの描いた戦場は、いよいよその完成に向かって動き出すのであった。
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「撃て!! ありったけの矢を放ち、落ちてきた矢もすぐに回収して、可能な限り壁を撃て!!」
フレインの号令と共に、巨大弓から次々に壁に向かって巨矢が放たれる。壁に直撃するたびに、大きな音と共に壁面が崩れるが、未だに破壊するきっかけは掴めない。
「まだだ! 急ぎ、矢を回収しろ!!」リュゼルも鬼気迫る表情で部下を叱咤する。
誰もが必死になって壁を破壊するために動いていた。
ジリジリした時間が続く。
ラピリア、、、そして第二騎士団はどうなっているのだろう。
壁の向こうから戦いの声はする。そこから少なくとも戦いが継続していることだけは分かった。けれど、状況は全くわからない。
とにかく早く、早く、壁よ、壊れてくれ!!
爪が食い込み、血が滲むほどに拳を握って状況を見つめていた僕の耳に、背後から鎧が擦れる音が聞こえた。
音の方を振り向けば、第三騎士団がこちらへ駆け寄ってくるのが見えるのだった。




