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【第328話】フェマスの大戦14 壁の向こう。


「ロア? お前が来たのか?」


 進軍してきた僕らを、少々驚いた顔で出迎えたのはフレインだ。フレイン達はホックさん達と打ち合わせをしている最中だった。


「うん。実はね、、、、」


 僕は各所の状況を伝えつつ、ここに出張ってきた理由を伝える。


「燃える水、、、そんな物があるなら厄介ね」


 嫌そうな顔をしたのはホックさんだ。火は動物が嫌がる最たるものだ。馬も当然該当する。どれだけ訓練された軍馬であっても、完全に制御するというのは現実的ではない。


「しかし、みすみす敵の撤退を眺めているわけには行くまい。現に、ロアはそのためにここに来たのだろう?」


 リュゼルの言葉に僕は頷く。少なくとも戦場の東側は僕らの優勢でことが進んでいる。ここでなんとかして、様子の分からない壁の向こうに楔を打っておきたい。


「軍師であり、この戦いの大将であるロア殿がそのように言うのであれば、いつでも出撃いたしますよ?」


 レゾールさんは軽く言うけれど、壁の向こうは死地かもしれない。それこそ、燃える水を使って火の海にされ、逃げ道もないまま焼き殺される可能性だってある。


「、、、それなら私の隊の出番じゃない?」


 そんな風に名乗りを上げたのはラピリアだ。


「どの部隊が出ても、危ないと思うけど?」


 僕が疑問を呈すると、ラピリアはやれやれと首を振る。


「単純に考えれば良いのよ。第二騎士団はもちろん、フレイン中隊も騎馬部隊でしょう? ニーズホック様が言ったように、馬に火は何が起こるか分からないわ。その点私の隊は歩兵が中心だからある程度柔軟に対応できると思うけど?」



 ぐうの音も出ない正論である。だけど壁の向こうの状況が見当もつかない以上、あまりラピリアに任せたくない。


 指揮官としては、ラピリアの提案が正しいことは分かっている。けれど、個人の感情は違う。


 有り体に言ってしまえば、僕はラピリアに危険な場所に行ってほしくないのである。戦略としては間違っていなくても、だ。


 これが多少の危険であったら、僕もそこまで拘泥することはなかっただろう。


 けれど、ここまでの状況を考えれば、ほぼ間違いなく、この戦場にサクリがいる。会ったこともない相手だけど、あの男は危険だ。それは、燃える水の一件だけでも嫌と言うほどに感じている。





 、、、、僕は、ラピリアが好きだ。




 気まぐれな猫みたいで、ジャムを入れた紅茶が好きで、年の離れた妹弟を大切にしていて、負けず嫌いで、僕の足を蹴るのが好きで、少しお酒に弱くて、意外に人に気持ちを伝える方法が不器用で、強がっているけれど、結構泣き虫で、けど、、、、、芯の部分はとても強い、彼女が。



 誰がなんと言おうと、僕はラピリアが傷つく姿を見たくない。



 でも、僕がそれを口にしてはいけないことは、この場にいる誰よりも知っている、僕は、この戦場にいる全てのルデク兵の命を背負っている。いや、ルデクという国そのものを。



 ああ、僕は今、本当の意味でレイズ様の気持ちを実感している気がする。


 レイズ様は個人の感情を外に置き、常に正しい選択をして来たのか。あの人は、本当に、本当に英雄だった。あんな場所で命を落とすことがなければ、僕など不要な程に。



 僕に、その決断はできるのだろうか?



 もう、良いのではないか。そんな気持ちがむくむくと首をもたげる。


 ルデクの滅亡は多分、回避できたのではないか? ここで我儘にラピリアの提案を却下して、なんならオークルの砦まで撤退し、睨み合いに持ち込んでも良いのでは? 時は僕らの味方だ。きっと誰も僕を非難しない。





 、、、、、でも、、、、、、





 でも、そうしたら、リフレアの民はどうなるのだろう。



 時間が経つほど、リフレアは飢える。そしてルデクからの支援はあり得ない。リフレアで沢山の人が死ぬ。僕の、たったひとつの我儘によって。




 それは本当に、僕の望む未来なのか?




 不意に、フレインと目が合った。



 その時僕の中で記憶が甦った。僕がまだ、誰の信頼も得ていなかった中で、たった一人、フレインだけが僕を信じて口にした言葉。



ーーー「だが、もしお前の策が採用されるとして、お前が献ずる策は、あまり人が死なない方法だろ?」ーーーーーー




 フレイン、君は狡い。



 思えば、君がいなければ僕は、この場所に立っていることもできなかったかもしれない。悪いけど、僕は精一杯の感謝と共に、君を、恨むことにするよ。




「分かった、、、、、ラピリア隊を出そう」



 僕の決断にカプリア隊長が「我が部隊も出撃させて頂きたいです。我が隊も歩兵が中心ですからな。本来であれば副騎士団長(ロア)を守らねばならぬ立場ですが、ここにはフレイン中隊もいる。警護に関しては何ら問題ないかと」と、ラピリアと共に進軍を希望した。


 選択肢としては悪くないと思う。フレイン中隊がいれば、僕の方はなんの心配も要らない。


「カプリア隊長の提案も、ありがたく受けます。それじゃあ、壁の向こうに進むのはラピリア中隊とカプリア隊。カプリア隊に代わってフレイン中隊を暫定の本隊とし、ホックさんは壁のこちら側で状況を見ながら必要に応じて支援。異論はありますか?」



 誰からも発言はない。




 こうして僕らは壁の向こうに挑むことになった。



 この判断が、良くも悪くも、戦況に大きな影響を及ぼす事となる。





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― 新着の感想 ―
ラピリア死亡フラグにしか思えなくてこの先読むのためらう。
[良い点] 昔読んで、1週間くらいでここまで読み返してきました ふと数えてみたら、ロアがラピリアの好きなところをちゃんと10個言ってることに気づいて、大戦の最中なのに気持ちの半分くらいがニヤけてしまい…
[一言] もうね、読者諸兄の感想読んだだけでお腹いっぱい(笑)
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